第35話 新月団のアジトに殴り込み
月光さえ届かない王都の北区の地下。そこには、王国の歴史の裏側で暗躍し続けてきた暗殺集団・新月団の総本山があった。
腐敗した下水の臭い、それ以上に鼻を突く濃縮された毒臭。普通に息を吸うだけで肺が爛れるようなその場所に、僕は一人で足を踏み入れた。
「ミト、本当に行くの?」
下水道の入口で見送るエマが、心配そうに僕の手を握った。
「ああ。連中を倒すには、僕が一番速い。でもエマには、ちょっとこの悪臭は耐えられないだろうし・・・・・・」
「うん・・・・・・」
エマは残念そうに肩を落とす。僕と一緒に、新月団に殴り込むつもりだったのだけれど、この毒に満ちた下水はさすがに危険だから、ここで待機してもらうことになったのだ。
「・・・・・・力になれないのは悔しいけれど、頑張って」
「エマ。どれだけエマが僕の力になってくれたと思っているんだい?」
「そう・・・・・・? ありがと」
エマは少し表情を緩める。
僕はリサが開発した特殊な通信機を耳に装着し、みんなといつでも連絡できる。
「ミト・・・・・・ちょっと待って」
エマは僕の肩を抱いて引き寄せると、そっと口づけをしてくる。甘く濃いキスの時間。
「・・・・・・どう? 少しは能力値は上がった?」
「・・・・・・限界まで上昇したよ。ありがとうエマ。行ってくるよ」
「気をつけて、ミト!」
僕はエマの声援を背に受けて、下水道へと入っていく。
内部に入った瞬間、四方八方から仕掛けられた罠が発動した。
壁の隙間から放たれる無数の吹き矢。床から噴き出す猛毒の蒸気。
だが、今の僕にはそんなもの効くはずもない。
「――【加速】」
リサの神経回路適切化とシエラの万能薬がもたらした効果で、僕は爆発的な推進力を与えていた。
横っ飛びに迫る吹き矢を、空中で掴み取った。針先に塗られたの致死毒は、僕の肌に触れた瞬間に吸収されていく。
「な、なんだアイツは!? 矢が当たっているのに倒れないぞ!」
「毒ガスを吸い込んで平気とは・・・・・・バケモノか!」
通路に現れた暗殺者たちが絶叫しながら、剣を振り下ろしてくる。
僕はそれを最小限の動きで回避し、掌底を彼らの胸に叩き込んだ。
ドォォォン! という衝撃音と共に、男たちが壁まで吹き飛び、意識を失う。
達人たちから吸収した僕の格闘術は、無駄な動きは一つもなく、最短距離で敵を無力化していく。
「死ねえええ!」
更に出現した二人の暗殺者が、猛毒を付与した鎖鎌で僕を絡め取ろうとする。
僕は逃げも隠れもしない。逆に鎖を素手で掴み、一気に引き寄せる。
「ごちそうさま」
彼らが長年練り上げられた鎖に塗られた毒が僕の腕を伝い、マナとして僕の核へ流れ込む。
握った鎖鎌をぶんと振るう。二人を激突させて、一瞬で回廊を沈黙させる。
「さて、先に進みますか」
奥へ進むほど毒の濃度は上がり、罠の質も凶悪になっていく。けれど、それは僕を疲れさせるどころか、逆に僕の身体能力を加速させるための燃料に過ぎなかった。
遂に、アジトの奥と思われる広間へと出た。 そこには、一団の長と思われる初老の男が、信じられないものを見る目で僕を凝視していた。
「ミト・ノルディアス・・・・・・! 貴様、我が一族が数百年かけて磨き上げてきた『死の芸術』を、これほどまでに蹂躙するとは!」
男の周りには、精鋭と思われる暗殺者たちが十数人、抜刀して構えていた。
しかし、彼らの手は微かに震えている。道中に張り巡らされた毒の罠と刺客たちの刃を受けても、ダメージを受けるどころか、むしろ活き活きとしている僕を見て、動揺しているようだ。
「『芸術』ね。そんな言葉で、誰かの命を弄んできた罪を誤魔化さないで欲しいな」
「黙れ! 全員で行け! 毒が効かぬなら、首を撥ねれば済むことだ!」
首領の号令と共に、暗殺者たちが一斉に飛びかかってくる。
僕は深く息を吸い、体内に溜まった魔毒を一気に放出した。
「【黄金の波動】」
僕を中心にして、円形状に黄金の衝撃波が広がった。
それは魔毒を触媒として、暗殺者たちが体内に蓄積していた自身の耐性毒を強制的に活性化・暴走させる技だった。
「ぎゃああああ!」
「ぐ、うあああ・・・・・・!!」
僕に触れることさえできず、精鋭たちは一瞬で悶絶し、床に転がった。
広間に立っているのは、もはや僕と首領の男だけだった。
「・・・・・・バカな。まさか・・・・・・これほどの力とは」
首領は崩れ落ちるように膝をついた。
彼は自らの敗北を悟り、震える手で懐から一本の小さな薬瓶を取り出した。
「我が一族の誇りにかけて・・・・・・貴様の手には落ちん。生きて虜囚の辱めを受けず。この薬は、魂さえも消滅させる究極の毒薬。さらばだ、バケモノめ」
男が薬瓶を口に流し込もうとした。
だが、僕は目にも止まらぬ速さで近づき首領の喉元をつかむ。
「死なせないよ。君が抱えている『毒』、全部僕がもらうから」
「な・・・・・・が、はっ!?」
彼が手にした自決薬を奪い、僕は呑み込む。それだけではない。彼が己の体内で蓄積してきた、毒もすべて吸収する。
「あ・・・・・・毒が、吸い取られて・・・・・・!?」
同時に、僕は彼の深層心理までの記憶も強引に呑み込む。
彼が見てきた景色、交わした密約、受け取った報酬。暗い神殿の奥。背を向けた、豪奢な法衣をまとう老人。
「見つけた。これが新王国創世派の黒幕か」
首領は精神的な衝撃により、魂が抜け落ちたように白目を剥いて気絶した。
静寂が戻った広間。
僕は耳の通信機に手を当てた。
「エマ、みんな。終わったよ。全員無力化した。それと、新王国創世派の黒幕の名前も分かった」
『ミト! 無事なのね!?』
エマの安堵した声が響く。
『誰なの? 新月団を動かしていたのは』
リサの冷静な、けれど緊張を含んだ問い。
僕は、読み取ったばかりの記憶の中で見た、あの老人の名を口にした。
「大司教バルナバス」
通信の向こうで、みんなが息を呑む音がした。
大司教バルナバス。それは現国王さえも軽んじることのできない、聖教会の最高権力者だ。
「彼は、現国王一派を全員追い落とし、近々クーデターを起こすつもりみたいだ。それもこれも、自身の権力の更なる強化のためだ」
僕は広間に転がる暗殺者たちを見渡し、拳を強く握りしめた。
「もし奴のクーデターが成功すると、僕の立場は以前以上に悲惨なものになるだろうね。地下の独房で、ひたすら魔毒処理の器として、ただゴミ箱として送る毎日・・・・・・」
「そんなこと、絶対させないわ!」
エマの怒りの声が、通信機を通して聞こえてくる。
「エマ、みんな。僕たちの戦いは、ここからが本番だ」
僕には、もう迷いも恐怖もなかった。
大司教バルナバス。いまこそ、決着を着けるときだ。




