第34話 刺客、登場
僕たちは、リサの研究室を後にした。
人の気配が途絶えた学院の庭を、僕たちは足早に通る。
それは音もなく現れた。
木々の影から染み出すように、音も無く現れたのは、漆黒の装束の五人の男たちだった。 彼らの放つ空気は、一般の生徒や並の騎士とは明らかに異なっていた。鼻をつくような、不快で鋭い毒の匂い。僕には分かる。
新月団だ。僕はそう直感する。
「ミト・ノルディアス。王女を救った奇跡も、ここまでだ」
リーダー格と思われる男が、低く濁った声で告げる。
彼らは僕が毒に強いことは聞き及んでいるはずだ。
だが、その顔には「自分たちの毒は別物だ」という、長年磨き上げてきた毒の暗殺術への過剰な自信が張り付いていた。
「君たち、わざわざ学園の中まで入ってきて大丈夫なの?」
「死人は告発せぬ・・・・・・ゆけ!」
男の合図と共に、四方から同時に風切り音が響く。
ぼくに向けて放たれたのは、魔導吹き矢――ロザリア暗殺未遂事件で使われていたものより、強化されているようだ。一撃で象すらすら心停止させる即死毒。それが連射されて十数本、逃げ場のない角度で僕の急所へと殺到する。
だが、いまや覚醒した僕にはそれらがスローモーションのように見えていた。
リサの施術とシエラの万能薬により限界まで強化された反射神経と感知能力。そして旧来の魔毒耐性。
回避する必要は一切ない。
「ほい」
僕はその場から一歩も動かず、猛スピードで向かってくる毒矢をすべて素手でつかみ取る。
プスリ、と小さな音が掌の内で響くが、それだけだ。
「な・・・・・・!? 受け止めただと!?」
「そんな馬鹿な・・・・・・!!」
「ああ、当たったよ。でも、少し薄味かな」
僕は毒針を、ポキリと折ってみせた。
暗殺者たちは驚愕に目を見開き、たじろぐ。僕が強力な毒耐性を持っていることは彼らも知っていただろう。だけれど、そんな僕にもきっと効く毒があると確信していたのだろう。だけれど、その確信は毒矢と一緒にいま折られた。
「化け物め・・・・・・ならば、これならどうだ!!」
男たちが一斉に懐から複数の薬瓶を取り出し、地面に叩きつけた。
地面に激突した瓶が割れ、中から粘り気のある、濃厚な紫色の毒ガスが噴き出す。それは瞬く間に辺り一帯を包み込み、視界を奪う。
「エマ、下がって!!」
僕は思わず叫ぶ。毒耐性の僕にとってはどうってことはないが、エマにとってこれは致命傷になる。
エマは、慌てて僕の言われたとおりにする。よし、あそこまで逃げたなら大丈夫だ。
さて、ここから反撃だ。
僕は毒の霧の中から、静かに歩み出る。
傷一つない状態で現れた僕を見て、リーダーの男は腰を抜かした。
「ば、バカな・・・・・・! このガスは我ら新月団が微量の毒を毎日摂取して耐性をつけ、十年以上の訓練を経てようやく扱える代物だぞ! なぜ・・・・・・なぜ、そんなに平然としていられる!?」
男の叫び。それは毒の専門家としての誇りが砕け散った悲鳴だった。
僕は男の目の前まで歩み寄り、冷たく、そして哀れむ視線を向けた。
「物心ついた時から十数年、この国中の凝縮された魔毒を、来る日も来る日も無理矢理体内に流し込まれ続けてきたんだ・・・・・・いまさら新月団ごときの毒なんて、霞みたいなものだよ」
僕は男の胸ぐらを掴み、至近距離で告げる。
「君たちの十年以上の訓練なんて、僕の耐えてきた日々の、一日にさえ及ばない」
僕は掴んだ男の胸元から、魔毒と、そして記憶を吸収する。
「あ、が・・・・・・あ、あああああ!」
男の持つ魔毒を吸い取り、彼の潜在意識にある情報を強制的に引き出す。
暗い水路の奥。
立ち並ぶ不気味な薬草の温室。
新王国創世派の神官と密談する、仮面の男。
そして――王都の地下下水道、北区第三工区の奥にある隠し扉。
「・・・・・・見つけた」
僕が手を離すと、男は意識を失い、地面に崩れ落ちた。他の四人も、僕から放たれた威圧感によって、戦意を喪失して気絶していた。
距離を置いて状況を見守っていたエマが僕に駆け寄ってくる。と思うも間もなく。木の背後からリサとシエラも姿を現す。
「ミト! 無事なのね・・・・・・! 良かった・・・・・・!」
エマは少し涙ぐみ、僕の体を隅々までチェックする。
「何の騒ぎかと思って駆けつければ・・・・・・ミト、予想通りの力を発揮したみたいね。いや、予想以上だわ。シエラ、あなたの万能薬ブーストが完璧に機能したわよ」
リサが冷静に分析する傍らで、シエラも満足げにうなずく。
「ええ、ミト・・・・・・。素晴らしいわ。まさか、私があなたの体内の魔毒から生み出した薬が、ここまでの効果を発揮するなんて・・・・・・」
「リサさん、シエラさん、ありがとう。二人の・・・・・・いや、エマも含めて三人か・・・・・・とにかく、みんなのおかげだよ。そして、遂に場所が分かった」
僕は北の夜空を指差した。
「王都の地下。彼らの総本山にして、新王国創世派の不正の証拠が眠る場所。新月団のアジトだ。今夜、ここを潰しに行く」
「いいわ。ロザリア様に連絡して、近衛兵の包囲網を敷いてもらいましょう」
エマの言葉に、リサが反論する。
「いいえ、エマ。今新月団のメンバーを討ち取ったことは、すでに先方にも伝わっているでしょう。包囲網が完成するのを待っていたら、証拠を隠滅されて逃げられる・・・・・・ここは、私たちで乗り込みましょう」
リサの強い主張に、エマは剣を抜き、その白銀の刃に月光を反射させた。
「そうね。ミトという究極の存在もいるし・・・・・・私も少しは力になれる。新月団なんて、ただの害虫駆除よ」
エマが不敵な笑みを浮かべる。
僕は頷いた。
「そうだね、エマ。場所は分かるから、今から教えるよ・・・・・・」
僕は新月団の本拠地の場所を皆に伝える。
「行こう・・・・・・僕たちの手で、この国の澱みを掃除するんだ」
月明かりの下、彼らは静かに、けれど圧倒的な力を持って、この国の大きな闇へと一歩を踏み出した。




