第33話 ミトの限界突破覚醒
ロザリア邸での密談から明けた、翌日の放課後。
学院内。リサの根城である研究室には、いつになく緊張感と、異様なまでの熱気が立ち込めていた。
「新月団・・・・・・まさか、お伽話だと思っていたけれど、実際にいたなんてね」
リサが端末を叩きながら、冷徹な声を響かせる。
その隣では、魔導薬学科のシエラが、不気味な紫色の蒸気が立ち上る大釜をかき混ぜながら、クスクスと狂気を含んだ笑い声を漏らしていた。
「最高だわ! 新月団が数百年かけて究極の毒! それがミトの中に飛び込んできて、私の薬学理論とリサの解析データで更なる至高の境地に達しているわ! ミト、あなたは本当に、私をゾクゾクさせる天才的な素材ね! さて、この毒を上手く転用すれば、至高の薬に・・・・・・」
「シエラさん、顔が怖いよ・・・・・・」
僕は解析台の上で、無数の魔導センサーに囲まれながら苦笑いした。
シエラさんは、僕の体内に残っていた僅かな毒――新月団の攻撃を受けたときに摂取したものだ――を抽出して分析、新月団の情報を解析してくれる・・・・・・はずだったんだけれど。なにやら、天才的な調合のアイデアが閃いたらしく、さきほどからこの調子だ。
エマは傍らで剣を抱え、いつでも僕を守れるように、シエラに鋭い視線を振りまいている。
「よし、準備完了と。これからミトの内部に眠る記憶を、より明瞭かつ整理されたものにするわよ。脳内に蓄積された記憶のを強制解放するわ」
リサは、僕の体内にある無秩序な情報を整理し始める。
僕の意識の奥底で複雑に絡まり合い、混沌とした状態の記憶の数々。正直言って、必要なときに必要なだけ引き出せる状態ではなかった。
「ミト、あなた魔毒と共に吸収してきたこれまでのあらゆる記憶を、再編成するわ。無駄なノイズをカットして、より記憶同士が連携するように、プロトコルを最優先でリンクさせる」
リサは複雑な数式を空間に投影した。【最適化プロトコル:ゴールデン・ソート】と題された下に、ごちゃごちゃと色々書かれている。
「・・・・・・っ、頭の中が、なんだかクリアになっている・・・・・・!」
僕の脳内で、バラバラだったピースが、リサの解析によって統合されていく。それは、ぼんやりとした霧が凄まじいスピードで晴れていくような快感。意識の視界が明るくなる。
「すごいっ、すごいよリサ・・・・・・!」
僕は素直に、感嘆の念を漏らす。
「ミトの体内に蓄積されたあらゆる魔毒。そして記憶。それらの組み合わせを、より合理的な配置にしたのよね。いうなれば、お洋服でごちゃごちゃに散らかった部屋を綺麗に片付けて、すべてクローゼットに収納した、といえば分かりやすいかしら。そしてこれをミトのマナ回路に組み込めば・・・・・・」
リサはポンポンと軽快に、ボタンを押していく。
一方、怪しげな鍋と格闘していたシエラは顔を上げて、快哉を叫ぶ。
「よし、完成よ! さあミト、これを飲みなさい。私が作り上げた、至高の一品、あなただけのために特別に調合した万能薬よ」
鍋の中はいつの間にか黄金色に輝く液体となっている。シエラは、それをおたまでひとすくいすると、コップに注いで、僕に差し出す。
「これ、本当に大丈夫なの・・・・・・?」
「もちろんよ!」
自信満々に言い張るシエラ。そんな彼女を、エマはジト目で睨む。
「シエラ。ミトに何かあったら、ただじゃ済まないからね!」
カチャンと剣を鳴らすエマ。だがシエラはそんな警告をまったく気にしない。
「さあミト。グビッと一気にいきなさい!」
「了解」
僕は恐る恐るそれを飲み干す。
「ん・・・・・・?あああああ・・・・・・! 体が、熱い・・・・・・!」
「ミト! 大丈夫なの!?シエラ、あんたなにしたの!?」
エマが剣を抜こうとするが、僕は慌てて止める。
「待ってエマ・・・・・・なんだか、全身の感覚が、拡張されていくような・・・・・・」
脳内に続いて、僕の全身で、何かが大きく生まれ変わっているような気がした。
「エマ・・・・・・ちょっとそばにいてくれるかな?」
「ええ、もちろんよ」
剣を収めたエマは、僕にそっとよりそってくれる。
「ありがとう、エマ」
僕はしばしエマに抱かれるような状態になる。
数分後。
体内で吹き荒れていた嵐のようなマナの奔流が収まった。
僕はゆっくりと目を開ける。
「ミト・・・・・・?」
僕への抱擁を解いたエマは、不思議そうな表情でこちらを見てくる。
僕は、己の精神と肉体が大きく変貌を遂げていることを感じた。
「・・・・・・すごい・・・・・・僕の内部で渦巻いていたあらゆる記憶が、技術が、まるで澄んだ水みたいに見える」
魔毒と共に吸収したあらゆるものが、いまでは自分のものになっていた。
「信じられない・・・・・・マナ出力は約400%まで向上している。しかも神経反応速度は限界値突破・・・・・・その他、すべての数値が振り切れているわね・・・・・・が私の記憶解放施術と、シエラの調合したエリクサーが悪魔的合体をして、驚異的な相乗効果をもたらしたというわけね」
リサがモニターを見つめながら、驚きを隠さずにつぶやく。
「ふふ、これでもうミトを討つことなんて不可能よ」
シエラは満足げに、僕を見つめてくる。
「ミト・・・・・・本当に、凄いわ。さっきまでとは、身にまとうオーラが全然違うわ・・・・・・」
エマが震える手で僕の腕に触れる。
「そうかしら?」
「見たところ、あまり変わっていないような気がするけれど・・・・・・」
「あなたたちは、ミトと知り合ってからまだ日が浅いから分からないのよ。幼いときからミトのそばにいた私には、分かるのよ」
「どう、見直した?」と言わんばかりに胸を張るエマ。
「これなら、どんな敵が来ても大丈夫ね。でも、忘れないでねミト。その力は、あなたの優しさを守るためのものだってこと」
「うん、分かっているよ、エマ。リサさん、シエラさん、みんなありがとう」
僕は三人に深い感謝の意を示す。
立ち向かう相手がどんなに強大だろうと、いまの僕にとっては敵ではない。そういう確かな自信が、僕の中にどっしりと生まれていた。




