第31話 ロザリア邸へ
王都の喧騒から少し離れた、静謐な森の奥に佇む邸宅。
そこは、王族ロザリア・フォーレスの私邸であり、現在は厳重な近衛兵たちの警護下に置かれていた。
晩餐会での衝撃的な暗殺未遂事件から数日。 僕たちは、ロザリアからの直々の招待を受け、その門をくぐった。そして、なぜか「面白そうだから」と、万能鑑定眼を持つクレアも当たり前のように同行していた。
さすがに部外者のクレアを連れて行くのは無理だろうと思ったが、先方に連絡をいれるとあっさり了承が降りた。クレアって何者なんだろう・・・・・・?
通された応接室は、過度な装飾を排した、気品溢れる空間だった。
ロザリアは、晩餐会のときのような煌びやかな礼装ではなく、落ち着いた深い黒のドレスに身を包んでいた。彼女は、僕ら三人が席に着くのを待って、重い口を開いた。
「・・・・・・まずは、改めて礼を言わせてください。ミト殿、あの夜、あなたが身を挺してくれなければ、私は今頃この世にはいなかったでしょう」
「いえ、体が勝手に動いただけですから」
僕が謙遜すると、ロザリアの視線は鋭さを増した。
「単刀直入に申し上げます。私を暗殺しようとしていた連中の詳細が判明しました。この前も、お話した『新王国創世派』・・・・・・彼らは直接は手を下しません。毒暗殺専門集団『新月団』に命じて、私の暗殺を謀ったのです」
その言葉に、エマが身を乗り出した。
「新月団!? あれって都市伝説のたぐいじゃなかったんですか?」
「残念ながら・・・・・・彼らは実在したようです」
ロザリアの説明によれば、彼らはロザリア以外にも数多くの要人暗殺を計画しているらしい。
「そこで、ミト殿。あなたに、この新月団のを秘密裏に調査していただきたいのです」
ロザリアは真摯な瞳で僕を見つめた。
「もちろん、見返りは約束します。多額の報奨金に加え、ノルディアス家の名誉回復、そしてあなたの立場の完全な保証を、私の名にかけて約束しましょう。あなたはもう『ゴミ箱』と呼ばれることはなくなるのです」
ここで、これまで沈黙を守っていたクレアが、口を差し挟んできた。
「ちょっと待って。今、その言葉に偽りはないか鑑定するから」
クレアは瞳の奥で黄金の光を明滅させた。
「【鑑定:ロザリアの言霊】
誠実度: 98%
切迫度: 95%
報酬の実現可能性: 85%(諸事情により変動の可能性亜里)
結論: 嘘はないわ。でも、支払われる代償に対して、リスクが釣り合っているかは別の話ね」
クレアがそう告げる。それを聞いたロザリアは、表情を緩める。
「・・・・・・クレア殿のお墨付きをいただくなんて、恐縮ですね」
「あの、クレアと知り合いなんですか?」
僕の質問に、ロザリアはゆっくりと首を振る。
「いえ。直接お会いするのは初めてですけれどね・・・・・・我々王族は、直接的にせよ間接的にせよ、クレア殿に恩義がありますからね」
「クレア、君はいったいどういう・・・・・・」
「その話はまた後で聞かせてあげるわ。それよりミト、どうするの? この依頼、引き受けるの?」
僕は小さく頷いた。
「分かりました。ロザリア様。その依頼、改めてお引き受けいたします」
「・・・・・・っ! 待って、ミト!」
鋭い制止の声を上げたのは、エマだった。
エマは椅子から立ち上がり、ロザリアを真っ直ぐに射抜いた。その瞳には、騎士としての誇りと、怒りが宿っている。
「ロザリア様、今の依頼は、ミトに対してあまりにも都合が良すぎるのではありませんか?」
「エマ、何を・・・・・・」
「ミトは今まで、この国のために何十年分もの魔毒を一人で背負わされてきたんです! 誰からも感謝されず、家畜以下の扱いを受けてきた・・・・・・それを、今度はご自分の命を狙われたから、こんな依頼をするのですか? 立場の回復? そんなの、最初からミトに与えられて然るべき権利のはずです」
エマの声が震える。
「この国が彼にしてきた仕打ちを考えれば、見捨てられても文句を言えないでしょう? ミトがあなたを救ったのは、彼が優しいからです。でも、その優しさに甘えて、これ以上の荷物を背負わせないでください!」
沈黙が部屋を支配した。
ロザリアは反論することなく、ただ静かに目を伏せた。
「・・・・・・返す言葉もありません。エマ殿の言う通りです」
「・・・・・・エマ、ありがとう。僕のために怒ってくれて」
僕はエマの腕を優しく掴み、座り直すように促す。そして、ロザリアに向かって穏やかに、けれど断固とした口調で告げた。
「ロザリア様。僕は、義務や強制で引き受けるわけじゃありません・・・・・・ただ、これを放置しておくと、多くの罪のない人々が、苦しむことになる。それを救う力があるのなら、僕は僕として、頑張っていきたい。それだけのことです。それが、僕がこの国で胸を張って生きるために、必要なことなんです」
僕は決然と、そう宣言する。
「・・・・・・ミト。あなた、本当に変わったわね」
エマは溜息をつき、肩の力を抜いた。
「分かったわよ。そこまで自信満々に言われたら、私が止められるはずないものね。だったらもう、私が助ける以外にはない。どこまでもついていくからね」
「うん。ありがとう、エマ」
僕らのやり取りを見届けたロザリアは、目元を拭い、力強く頷いた。
「感謝します、ミト殿。そしてエマ殿、クレア殿。あなた方に、どうかこの国の未来を賭けさせてください」




