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魔毒喰らいのミト~「ゴミ箱」と呼ばれた魔毒処理師、実は最強の知識とスキルを溜め込んでいました~  作者: いおにあ


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第30話 魔導薬学科のマッドサイエンティスト、登場


「――いた、いたわ! 私の、私の究極の素材!」


 研究室の重い扉を開けて、突如姿を現した少女はそう叫んだ。


 引きずるほど長い白衣、ボサボサの薄紫色の髪を振り乱した姿。彼女の瞳は寝不足によるクマで縁取られているが、その奥にある瞳は、獲物を見つけた飢えた獣のようにギラギラと輝いている。


「ちょっと、誰よあなた! ここは許可のない立ち入りは――」


 エマが剣の柄に手をかけようとしたが、少女はその横をすり抜け、驚異的な速さで僕の目の前に詰め寄った。


「はぁ・・・・・・この匂い。間違いないわ。数百種類の魔毒が絶妙なバランスで熟成され、黄金のマナという名の奇跡の溶媒で濾過されている……。ああ、素晴らしい。今すぐあなたを煮詰めて、一滴残らず抽出したい!」

「わ、わわっ! 近いよ!」


 少女は僕の首筋に鼻を押し付け、深呼吸をするように匂いを嗅ぎ、さらには僕の手首を掴んで脈拍を確認し始めた。その手は冷たく、けれど指先は熱病のような熱を帯びている。


「シエラ・ド・ユリシス。あんた、薬草の温室に引きこもっていたんじゃなかったの?」


 リサが忌々《いまいま》しそうに眼鏡を押し上げ、新入生――シエラと呼ばれた少女を睨みつけた。


「リサベル・フォークナー。解析学科の冷徹女と名高いあなたが、この至宝を独占していると聞いて、飛んできたのよ。データを並べるしか能の無いあんたに、何がわかるの?」

「なんですって!?」


 リサのひたいに青筋が浮かぶ。


「奇人変人の巣窟と名高い魔導薬学科の中でも、特にイカれた天才として知られているあなたに、そんなこと言われる筋合いはないわね」

「あら? あなたこそ、孤独な解析狂ではなくて?」


 バチバチバチ・・・・・・二人が視線をぶつけ合い、火花が飛び散るようだ。


「こんな最高級の、伝説級の素材、黙って放っておけるもんですか。解析なんてまどろっこしい真似をしていないで、今すぐ私の研究室に連れて行くわ。彼を魔導分離機にかければ、医学は一気に五百年進歩する!」


 シエラは強引に僕の腕を引っ張る。華奢きゃしゃな体からは想像もつかないような、ものすごい力だった。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 ここで、黙っていられなくなったエマが割って入った。彼女はシエラの手を僕から引き剥がし、僕を自分の後ろに隠す。


「ミトは物じゃないわ! 解析だの素材だの、勝手なことばかり言わないで! 彼は私の・・・・・・私たちの仲間なんだから!」


 シエラは初めてエマを視界に入れたようだった。彼女は面倒臭そうに鼻を鳴らし、ふところから奇妙な色をしたフラスコを取り出した。


「うるさい騎士様ね。筋肉と鉄の匂いが邪魔だわ。・・・・・・ねえ、ミト。私の研究室に来てくれたら、毎日最高級の猛毒カクテルを飲ませてあげるわよ? ロザリア様を救ったあの程度の毒矢なんて、私に言わせればただの清涼飲料水。もっと濃厚で、官能的な毒の世界を教えてあげるわ・・・・・・」

「そ、それは・・・・・・魅力的・・・・・・じゃなくて、怖いよ!」


 僕は突っ込む。いやマジでこのシエラさん、ちょっと狂気を感じるな。


「断るなら無理矢理にでもよ――【麻痺毒煙霧パラライズ・ミスト】!」


 シエラがフラスコを振りかざした瞬間、紫色の煙が部屋に広がった。


「くっ・・・・・・体が・・・・・・!」


 エマの動きが鈍くなる。騎士といえど、不意を突かれた魔導薬の攻撃は防ぎきれないようだ。


「さあ、ミト。行きましょう? 二人きりで、毒と薬の深淵を覗き込みましょう。抵抗しても無駄よ。この【麻痺毒煙霧パラライズ・ミスト】は、私の開発した耐性薬を飲んでいないと、さしものあなたでも動くことは・・・・・・」


 シエラが恍惚こうこつとした表情で僕の手を引こうとしたとき、僕は、部屋に充満した紫色の煙を、思い切り吸い込む。


「あら?・・・・・・」


 シエラが、意外な表情をして目を丸くする。 僕はそんな彼女の手を優しく、けれど強く握り返した。


「シエラさん。これ、美味しいね。でも、エマやリサを困らせるのはやめてほしいな」


 シエラの動きが一瞬止まる。自分が自信を持って精製した最高級の麻痺毒薬を、あろうことか「美味い」と一瞬で吸収されたことに衝撃を受けたのだろう。


 しかし、あなどってもらっては困るな。物心ついてから今日まで、僕がどれだけ魔毒を喰らい続けてきたと思っているかな?


 でも、衝撃は束の間だったようだ。瞬く間に、彼女の瞳に、狂気にも似た愛情が灯った。


「・・・・・・素晴らしい! やっぱり本物だわ! 私の毒を、私そのものを食べてくれるなんて!」

「いや、そうじゃなくて……」

「決めた! 私、これからあなたと一緒に添い遂げるわ! ミト、あなたは私の運命のパートナーよ!」

「はぁぁぁ!? なに言ってるのよこの女!」


 麻痺から回復したエマが絶叫して、慌ててシエラを僕から引き剥がす。


「ミトの体内は、まさしく宝の山よ・・・・・・これからどんな薬が調合できるのか、想像しただけでもうたまらない・・・・・・」


 よだれを垂らさんばかりに舌なめずりをするシエラ。そんな彼女を見て、リサは降参したように肩を落とす。


「分かったわよ、シエラ・・・・・・あなたの創薬、あるいは創毒にわたしも協力するわよ。ミトを分析すれば、まだまだいろいろなものが出てくるでしょうしね」

「ちょっと!? ミトの意思はどうなるわけ!?ミトもなにか言ってやりなさいよ!」


 エマが憤懣ふんまんやるかたないといった風に声を荒げる。


「あ、うん・・・・・・」


 僕は二人の少女を見る。

 純粋な、知的好奇心に突き動かされる二人の天才。これまで僕の接してこなかったタイプの人間だ。


「いいよ。・・・・・・僕でなにかお役に立てることがあれば協力するよ」

「やった!それじゃ早速ミト、あなたのバイタル値と魔毒濃度の相関関係について、データを取得させて!・・・・・・」

「ちょっと待ってリサ。それより、さっき吸収した【麻痺毒煙霧パラライズ・ミスト】が、彼の体内でどういう風に変化しているのかの解析をお願いするわ!」

「・・・・・・ミト。絶対に、絶対に浮気しちゃダメだからね! 毒にも、薬にも、女にも!」

「え・・・・・・でもエマ、公認の上で浮気はオーケーって言ったじゃん・・・・・・」

「それはミトの能力が上がるときだけよっ!!」


 エマの必死な訴えと、二人の天才の高揚した声が、研究室に響く。


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