第29話 ミトのさらなる潜在能力、そして波乱の予感
嵐のような晩餐会から一夜明け、学院にはいつも通りの時間が流れていた・・・・・・はずだった。
だが、僕——ミト・ノルディアスを取り巻く環境は、一変していた。先日の三十人抜きのとき以来、何かとちやほやされる状態だったが、それが更に加速したような感じだ。廊下を歩けば、昨日まで蔑みの視線を送っていた生徒たちが慌てて道を空け、遠巻きに畏敬の念を込めた囁き声を交わしている。
僕が王族のロザリア様の命を救ったという噂は、一夜にして学院中に広まっていたようだ。
「・・・・・・あー、もう! どこへ行っても視線が刺さって落ち着かないよ」
珍しく愚痴をこぼす僕に、隣を歩くエマが声をかけてくる。
「いいじゃない、ミト。それだけあなたのすごさが知れ渡ったんだから。でもま、変な虫が寄ってこないように、私がしっかりガードしてあげるけどね」
エマは、どこか誇らしげに胸を張っている。 そんな僕たちが足を踏み入れたのは、すっかりお馴染みとなった魔導解析学科、リサの研究室だ。
「遅かったわね、ミト。貴重な検体が勝手に動き回るせいで、私の解析スケジュールが遅延しているわ」
白衣を翻し、充血した目で魔導モニターを見つめるリサが、挨拶もそこそこに僕を解析台へと促す。彼女にとって、僕が王女を救った英雄だろうが、ゴミ箱と蔑まれる少年だろうが関係ない。僕はあくまで、彼女の知的好奇心を刺激する最高の試験体なのだ。
ある意味特別だけれど、ぞんざいな扱い。それが今の僕にとっては、とてもありがたいものだった。
無数の魔導コードに繋がれ、僕の体内の魔毒やマナの循環がモニターに可視化される
「これはすごいわ・・・・・・ミト、あなたの潜在能力は私の予想以上のものよ」
リサが興奮を隠しきれない様子で声を震わせる。彼女の眼鏡の奥で、膨大な計算式が流れていく。
「リサ、何がわかったの? ミトの体に異常があるんじゃ・・・・・・」
「逆よ、エマ。異常なのは、この生成効率・・・・・・いい、二人とも。ミト、あなたの体内の魔毒はいまや、世界で最も純度の高い、新薬開発の宝庫でもあるのよ」
「新薬の、宝庫?」
僕とエマは、同時に顔を見合わせた。ゴミ箱と呼ばれた僕の体が、今度は薬箱だというのだろうか。
リサはモニターの一点を指差した。
「そもそも、毒と薬は紙一重なのよね。成分そのものは同じでも、その濃度、純度、そして魔力的な極性によって、人を殺す牙にもなれば、命を繋ぐ雫にもなる。……例えば、ミトが晩餐会で受けた毒・・・・・・これは神経を麻痺させる最悪の毒だけど、適切に精製して特性を利用させれば、既存のどんな麻酔薬よりも副作用の少ない究極の鎮痛剤に転換できる可能性がある」
リサはさらに、解説を続けた。
「ミトの体には、これまで収集してきた、あらゆる種類の魔毒が貯蔵されている。それはつまり、新薬開発の宝庫ということでもあるのよね」
「毒の貯蔵庫が・・・・・・薬の宝庫?」
エマが、いまひとつ呑み込めないといった様子で首をかしげる。
「つまり、ミトは『人間ゴミ箱』じゃなくて、『移動式の超精密魔導製薬プラント』と言えるわね。あなたの血一滴で、不治の病に苦しむ一都市が救われるかもしれない・・・・・・ふふ、素晴らしいわ、ミト! あなたの価値は、もはや国家予算数年分に相当するわよ!」
「ちょっと、リサ! ミトを金貨袋みたいに言うのはやめて!」
エマが慌ててリサを制するが、リサの予言はさらに不穏な方向へと進む。
「・・・・・・ただ、この事実を嗅ぎつけるのは私だけじゃないわ。特に、最近王宮からの予算削減に喘いでいる、私たちの学院の魔導薬学科の連中が黙っていないはずよ。彼らは、伝説の万能薬・エリクサーを創薬するためには、手段を選ばないからね」
「魔導薬学科・・・・・・騎士学科や僕たちの魔導解析学科とは、また別のコースだね」
「ええ。近いうちに、彼らのうちの誰かが、ミトを独占しようとやってくるかもしれないわね」
リサの言葉に、僕はうっすらと背筋が凍るような感覚を覚えた。魔導薬学科って、そんなに魔窟だったのか・・・・・・
「・・・・・・ミト。大丈夫よ、私が絶対に守るから」
エマが僕の手を強く握る。その目は、新たなライバル(?)の出現を予感して、既に戦う気満々だった。
「誰が来ようと関係ない。ミトの体も、心も、一滴の血だって、誰にも渡さないんだから!」
「エマ、心強いけど・・・・・・顔がちょっと怖いよ」
僕がそう言ったとき、研究室の扉が、不意に、ノックもなしに静かに開いた。
そこに立っていたのは、深い紫色のローブをまとった一人の少女だった。
彼女は長い前髪の間から、異様なまでに澄んだ瞳で僕を見つめ、陶酔したような笑みを浮かべた。
「・・・・・・見つけた。これが、数千の毒を・・・・・・薬を内包する・・・・・・至高の素材……」
新たな波乱の予感が、研究室の空気をピリつかせる。
僕の平穏な日々は、どうやらまだまだ遠い先の出来事になりそうだった。




