第27話 頼みたいことがあるの
刺客が取り押さえられ、静寂が支配する会場の中で、王族の一人であるロザリア・フォーレスは、ゆっくりと僕の前へ歩み寄った。
彼女は、猛毒の吹き矢が刺さっても平気な僕を、瞬きもせずに見つめてくる。
「・・・・・・あなたがミト・ノルディアスなのね」
その声には、先ほどまでの刺客への怒りはすでになく、深く、重い響きがあった。彼女は僕の顔を真っ直ぐに見つめ、それから会場にいる全ての貴族たち、そして自分自身に言い聞かせるように言葉を継いだ。
「これまで、この王国が享受してきた清浄さが、どれほどの代償の上に成り立っていたか。・・・・・・ノルディアス家が魔毒を押し付けられ続けていたのを、我々王族も、貴族たちも、皆知っていながら見て見ぬふりをしてきた」
ロザリアは、一歩僕に近づくと、深く頭を下げた。そこには王族としての矜恃は微塵もなかった。
「ミト・ノルディアス。王族の一人として、そして一人の人間として、あなたに心から謝罪します。私たちの繁栄は、あなたの痛みを糧にした歪んだ収穫物だった・・・・・・本当に、申し訳なかったわ」
周囲の貴族たちから、どよめきが漏れる。「ゴミ箱」と蔑まれてきた者に、王族が謝罪するなど、この国の歴史上、一度もなかったことだ。
彼女の言葉に嘘がないことは感じ取れた。 ロザリアは顔を上げると、次に僕の隣で剣の柄を握りしめていたエマへと視線を移した。
「そして、エマ・スプレンディアス・・・・・・あなたのことも、以前から聞き及んでいました。王国中がノルディアス家を『不浄の輩』『ゴミ箱』と呼び、石を投げつける中、あなたの家だけが一貫して彼らを差別せず、騎士としての礼節を尽くし続けた」
「・・・・・・っ!いえ、そんな・・・・・・恐縮です、ロザリア様。私はただ、ミトが・・・・・・ミトという一人の人間が、誰よりも高潔であることを、間近で見ていて、知っていただけです」
エマは顔を赤らめ、少し戸惑いながらも、誇らしげに胸を張った。ロザリアは優しく微笑み、エマの肩に手を置いた。
「そんな『当たり前』を貫くことが、この国ではどれほど困難であったか。あなたの揺るぎない態度があったからこそ、ミト殿は絶望に飲まれず、今日ここで私の命を救ってくれたのでしょう。スプレンディアス家の気高さ、しかと見せてもらいました」
エマは深くお辞儀をした。彼女にとって、自分が信じてきたことが、王族という公的な立場から全肯定されたことは、大きな自信となったのかもしれない。
会場の混乱が少しずつ収まり、大公の指示で警備が強化される中、ロザリアは僕たちを会場の奥にある談話室へと誘った。
重厚な扉が閉められ、完全に密室となった場所で、彼女の表情は一変して険しいものとなった。
「・・・・・・ミト殿。今回の暗殺未遂について、包み隠さずお話ししましょう。恐らくこれは単なる暴走ではありません」
ロザリアは、先ほどの刺客が持っていた吹き矢の残骸を見つめた。
「今、王宮は激しい権力闘争の渦中にあります。現国王・・・・・・私のいとこにあたる陛下から王位を簒奪して、権力を奪取しようという不埒な輩どもがいるのです」
「それは・・・・・・聖女派の方々ですか?」
僕の問いに、ロザリアは首を横に振った。
「リリアニア殿たちは、あくまで表面的な権威に過ぎません。しかし、その裏にはさらに過激な『新王国創世派』と俗に呼ばれる一派が潜んでいます。彼らは、王家の支配を終わらせて、周辺諸国を武力で支配することで究極の帝国を築こうとすることをもくろむ者たちです。この黄金郷の平和を終わらせるつもりなのです」
エマが息を呑む。
「周辺諸国を・・・・・・武力併合する? そんなこと、正気の沙汰じゃありません!このアルヴェニア王国の価値は、何よりもその平和という状態そのものにあったはずです。・・・・・・それが、ミト一人に不浄を押しつけた、いびつなシステムに支えられていたとしても」
エマの怒りの混ざった言葉に、ロザリア様は悲しそうな表情をする。
「ええ。だからこそ、彼らにとって、国王陛下のいとこである私は、最大の障害なのです」
ロザリアは、僕の手を両手で包み込むように握った。その手は、少しだけ震えていた。
「差し出がましいのは分かっています。これまであなたを虐げてきた国のために、力を貸してほしいと言うのが、どれほど厚顔無恥なことか・・・・・・ですが、もし彼らが革命を成し遂げれば、この国は、そして世界には戦乱が吹き荒れて、本当の地獄となるでしょう」
彼女の紫の瞳が、必死に僕の意思を問うている。
「ミト殿。どうか、私たちの・・・・・・いいえ、このアルヴェニア王国の未来のために、力を貸してはもらえないでしょうか。こんなことを言う資格がないのは百も承知ですが・・・・・・あなたしか、頼れる人はいないのです」
僕は、黙ってその言葉を咀嚼した。
復讐する機会はいくらでもあった。この国を捨てて、どこか遠くへ逃げることもできただろう。
けれど、僕の隣には、僕の未来を信じて共に歩んでくれるエマがいる。
そして、これまで吸い取ってきた数え切れないほどの人々の記憶が、僕に語りかけていた。救える力があるなら、その力を使うのが、この重みを背負った者の責任だ。
僕はゆっくりと、けれど確かな力強さで、ロザリアの手を握り返した。
「・・・・・・分かりました、ロザリア様。僕は、この国が大好きだとはまだ言えません。でも、エマや僕の家族が笑って暮らせる場所を守りたい。それは本心から思っています」
エマが僕の横顔を見て、嬉しそうに、そして覚悟を決めたように頷いた。
「もし、僕の力が革命を阻止し、この国に平和を取り戻すために必要なら、喜んで協力します」
「感謝します、ミト殿。あなという希望を得られたこと、生涯の幸運としましょう」
ロザリアは安堵の微笑みを浮かべた。
こうして、一介の「ゴミ箱」だった僕は、王国を救う使命を帯びることになった。
晩餐会の煌びやかな光の裏側で、アルヴェニア王国の運命を懸けた、より深く、より激しい戦いの火蓋が切って落とされたのだった。
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