第23話 晩餐会にふさわしい服を選ぶわよ
週末の王都は、抜けるような青空と活気に満ちていた。
大公爵家主催の晩餐会に出ることが決まり、僕は、エマとクレアの二人に連れられて、王都エテルナの一等地に店を構える高級テーラーショップ『エトワール』へとやってきていた。
「いい?ミト。貴族の夜会っていうのは、言葉を交わす前から勝負が始まっているの。着ている服、その仕立て、色使い・・・・・・それらすべてが『私は何者か』を雄弁に語る名刺になるんだから」
エマはいつになく真剣な表情で、店内に陳列する最高級の生地を指先でなぞった。彼女はスプレンディアス家の令嬢として、こうした社交の場での作法や、衣装の持つ戦略的意味を叩き込まれている。
「エマの言う通りよ。あんたは今や、ただの浄化官じゃない。膨大な魔毒を力に変えた、この国の実質的な守護者であり、底知れない財力を持つ新興勢力・・・・・・それを正しく分からせてやる必要があるわ」
クレアは瞳の奥で、黄金色に輝く万能鑑定眼を輝かせていた。
店内には、シルク、ベルベット、カシミアといった贅を尽くした反物が並んでいる。
僕が何気なく手に取った深紅のベルベットのジャケットに対し、クレアが即座に数値を弾き出した。
「【鑑定結果:深紅の騎士礼装】
金銭的価値: 1200000メルク
威圧感補正: +40%
貴族の反感度: +75%(「成り上がりの誇示」と判断されるリスク大)
結論: 却下。今のあんたが着ると、ただの血の気が多い若造に見えるわ」
「……厳しいな」
「当然よ。あんたが今回目指すべきは圧倒的な品位よ。騒がしい貴族たちが思わず声を潜めてしまうような、そんな気品が必要なの」
エマが次に持ってきたのは、雪のように白い、銀糸の刺繍が入ったロングコート風の礼装だった。
「これはどうかしら? ミトの髪の色にも合うし、清潔感があって素敵だと思うんだけど!」
エマが期待に満ちた目で僕を見る。僕も鏡の前で合わせてみたが、クレアの鑑定眼は容赦なかった。
「【鑑定結果:純白の聖教礼装】
好感度補正(市民): +60%
聖女派からの警戒度: +100%(リリアニアへの対抗心と見なされる)
結論: 悪くないけれど、政治的に火種を撒き散らしすぎるわ。エマ、あんたが隣に並ぶなら白と白で、色がぶつかっちゃうしね」
「うう・・・・・・ファッションって、剣術より難しいわね・・・・・・」
エマが頬を膨らませて唸る。
一時間ほど試着を繰り返しただろうか。
エマとクレアは次第に、理想の僕を形にするために熱を帯び始めた。
「ミトは今までずっと暗い地下室にいたから、光を反射するような派手な色は避けたほうがいいのかな。でも逆に、すべての光を吸い込みつつ、内側から輝きが漏れ出すような、そんなイメージ」
エマが店主に命じて奥から持ってこさせたのは『ミッドナイト・ネイビー』と呼ばれる、黒に近い深い青色の生地だった。それも、ただの生地ではない。最高級の魔力糸が織り込まれており、動くたびに星屑のような微細な輝きを放つ。
エマは確信に満ちた表情で、服をクレアに見せる。
「これよ・・・・・・!クレア、見て見て!」
クレアが再び瞳を光らせる。
「【鑑定結果:深淵の星界礼装(カスタム案)】
金銭的価値: 2500000メルク
貴族の評価予測:畏怖と高貴さへの羨望の混在。
エマとの親和性: 120%(エマの銀の甲冑を最も美しく引き立てる)
結論: 採用。これで完璧ね」
それからさらに数時間の調整を経て、ついに僕の晩餐会用衣装が決まった。
上着は、深海を思わせるミッドナイト・ネイビーのダブルブレスト。襟元と袖口には、控えめながらも複雑な幾何学模様の金色の刺繍が施されている。これは僕が吸収した古代の防御術式の紋様だ。
胸元にはトパーズをあしらったブローチ。
靴は漆黒の竜革を磨き上げた、音もなく歩ける最高級品。
試着室から出た僕を見て、エマは言葉を失い、顔を両手で覆った。
「・・・・・・ミト・・・・・・どうしよう、かっこよすぎて、他の女の子に見せたくなくなっちゃった」
「ふふふ、エマが選んでくれたんだから、自信を持つよ」
クレアも満足げに頷き、手帳に何やら数式を書き込んでいる。
「計算上、この衣装を着たあんたが会場に入った瞬間、会場の空気の80%はあんたに支配されるわ。エマ、あんたのガードが相当忙しくなりそうね」
「望むところよ!私の隣にこれほど相応しい人は他にいないって、全身で証明してあげるんだから!」
エマは誇らしげに胸を張り、僕の腕に自分の腕を絡めた。
鏡に映る自分は、もはや「ゴミ箱」と呼ばれていた頃の影を微塵も感じさせない。
「ありがとう、二人とも。……この服に見合うだけの振る舞いを、本番で見せてくるよ」
「ええ。あんたの背中には、私たちと、そしてノルディアス家の数百年の誇りがかかっているんだから・・・・・・さあ、最後は靴を調整しましょ!」
賑やかなショッピングは、日が暮れるまで続いた。
僕たちは、手に入れた最高の一着を手に、決戦の地である晩餐会への準備を完璧に整えたのだった。




