第22話 社交界デビュー?
王立学院に入学してから、早いもので一ヶ月が経とうとしていた。
三十人の精鋭瞬殺やら魔導学科の天才リサとの奇妙な共同研究と、僕を取り巻く環境は、かつての暗い地下室が嘘のように目まぐるしく、そして光に満ちたものへと塗り替えられていた。
僕は放課後、部室――リサの研究室と表現した方がより正しいかもしれない――で、山積みになった古い魔導書の整理をしていた。
「ミト、ちょっといいかしら?」
扉を開けて入ってきたエマは、いつも以上に背筋をピンと伸ばし、手には金縁で彩られた豪華な招待状を携えていた。その顔は、期待と少しの緊張で上気している。
「これ、見て。来週末、王都エテルナの最高級ホテルのレガーレ・アステリアで、大公爵家が主催する晩餐会が開かれるの。で、私も招待されていて・・・・・・私、同伴者を一人選んでいいことになっているのよ」
エマは僕の目の前にその招待状を差し出した。それから、意を決したように口を開く。
「・・・・・・ミト。私と一緒に、来てくれないかしら?」
僕は招待状の重みを感じながら、少しだけ眉を寄せた。
「……僕が?でもエマ、僕は貴族じゃないよ。ノルディアス家は形式上はこれまでの被差別階級としての扱いは撤廃されたけれど、世間から見ればついこの間まで『ゴミ箱』として忌み嫌われていた家だ。そんな僕が大公爵の晩餐会に出たら、エマにも、エマの家の評判にも傷がつくよ」
自分に自信がないわけではなかった。ただ、社交界という場所は、実力以上に「血筋」や「格式」が重んじられる魔窟であることを、僕はこれまでの浄化で吸い取ってきた貴族たちの記憶からよく知っていた。
「そんなこと、誰が言わせるもんですか!」
エマがテーブルをバンと叩いて立ち上がる。彼女の碧い瞳に、強い光が宿る。
「ミト、あなたは何も分かっていないわ。いい?あの晩餐会に集まる貴族たちは、みんな間接的にあなたに命を救われているのよ。彼らは毎日、贅沢に魔法や魔導具を使い、体内に魔毒を溜め込んでいる。それを聖女たちが『浄化』という名目で吸い取ってきたけれど、その毒の行き先はどこだった?・・・・・・あなただったでしょレ」
一息にまくし立てると、エマは僕の手をぎゅっと握りしめる。
「彼らが優雅にドレスを着て笑っていられるのは、その後始末をすべてあなたが引き受けてきたからよ。そうでしょ?彼らは自覚していないかもしれないけれど、ミトは王国全貴族の・・・・・・『債権者』なのよそのことを、みんなに分からせてやる、いいチャンスだと思わない?」
エマの主張は、極めて正論だった。
聖女リリアニアが吸い取った、この国の特権階級たちの不浄な澱を、僕
が処理し続けてきたからこそ、この国の貴族社会はこれまで、その美しさを保つことができていたのだ。
彼らが吸っている空気も、飲んでいる水も、使っている魔法も。
その清浄さは、僕の犠牲の上に成り立っている。
「・・・・・・確かに、そうだね」
僕は招待状を閉じ、エマを見つめ返した。
「分かったよ、エマ。謹んでお受けする。スプレンディアス家の騎士に、恥をかかせないような振る舞いを約束するよ」
「ええ!それでこそ私のミトだわ!」
エマは弾けるような笑顔を見せ、僕の首に抱きついた。
「準備は私とクレアに任せて。ミトが誰よりも輝く主役になれるように、最高の用意をするわよ!」
そうして晩餐会への出席を決めた、その日の帰り道。
夕焼けに染まる街道を歩きながら、エマは僕の腕をいつも以上に強く抱き寄せていた。
「ねえ、ミト。当日はきっと、心無い言葉を投げかけてくる人もいると思う。ノルディアスという名を聞いて、不快を露わにする人も、いるでしょうね」
「覚悟はできているよ」
「ううん、覚悟なんてしなくていいの」
エマは立ち止まり、僕の正面に回って、騎士としての誓いを立てるかのように僕の胸に手を当てた。
「何かあったら、私が全力であなたを守るから。あなたがこの一ヶ月で見せてくれた強さは、私が一番よく知っている。でも、社交界という戦場では、私の剣があなたの盾になるわ。ミトはただ、堂々としていればいいのよ。私たちが、この国の真の恩人であることを証明するために」
彼女の言葉は、ただの励ましではなかった。その口調からは、共に戦うパートナーとしての、深い信頼の証が感じられた。
「頼もしいね、エマ。・・・・・・でも、僕も君を一人にはさせないよ。もし君に不躾な視線を向ける者がいたら、僕が吸い取ってきた『記憶』を使って、二度とそんな真似ができないようにしてやる」
「ふふ、それは怖いわね・・・・・・でも、嬉しい」
僕たちは夜の闇が降りてくる中、固い約束を交わした。
「さあ、ミト。まずは歩き方の練習からよ!エスコートの仕方がなってなかったら、私が特訓してあげるんだから!」
「あはは・・・・・・お手柔らかにお願いするよ、エマ」
賑やかな笑い声と共に、僕たちは未来へと続く一歩を踏み出した。




