第20話 ハーレム学園生活の始まり!?
かつて、僕の周囲には「忌避」という名の無形の壁があった。人々は僕が通るたびに衣を翻し、穢れを恐れ、距離を取った。
けれど、現在の王立学院において、僕の周りにあるのはそれとは正反対の種類のものだった。
「ミト様!あの、この後の講義、お隣よろしいですか?」
「ミト様、こちらの魔導論文で分からないところがあって・・・・・・お教えいただけないでしょうか」
「ミト様、今度の剣術実技の試験、良かったらご一緒に・・・・・・」
登校するなり、廊下を歩いていると、女の子たちから、こんな声をかけられ続ける。物陰からは、話しかけるほどの勇気は持ち合わせていない女子生徒たちが、頬を染めてこちらを伺っている。
剣術科の精鋭を三十人瞬殺したという武勇は、瞬く間に学院に轟いた。それに加えて、リリアニアさえ逆らえないほどの圧倒的な影響力。それらの二つが合わさり、いつの間にか学院で最も注目されるまでになっていた。
「はいはい、そこまで!ミトの隣は私が終身契約済みよ。用があるなら、まずは私を通しなさい!」
鋭い声と共に、僕と女子生徒たちの間に割り込んでくるのはエマだ。彼女は愛剣の鞘をカチャリと鳴らし、騎士特有の鋭い眼光で周囲を威圧する。
「エ、エマ様……。ごめんなさい!」
蜘蛛の子を散らすように去っていく女子生徒たち。エマは彼女たちの背中をジロリと睨みつけると、深い溜息をつく。
「もう・・・・・・!ちょっと目を離すとこれなんだから。ミト、あなたもあなたよ。あんなにデレデレして!」
「ごめんってばエマ・・・・・・ただ、無視するのも失礼だと思って」
「それが隙になるの!あの子たちの目を見た?あれは勉強を教わりたい目じゃないわ。あなたを丸呑みにしようとする猛獣の目よ!」
エマは僕の腕をぎゅっと掴み、自分の胸に引き寄せた。独占欲を隠そうともしないその姿は、周囲への強い牽制だ。
そんな僕たちの前に、ひょいと音もなく現れたのは、青髪を揺らす少女――リサベル・フォークナーだった。
「相変わらず非論理的なエネルギーを消費しているわね、エマ。ミトの希少価値が上昇すれば、需要が供給を上回るのは経済学の基本よ」
リサは大きな丸眼鏡を指で押し上げ、手に持った小型ノートに何かを書き込みながら僕たちを眺めている。
「リサ!またミトに変な実験を吹っかけに来たの?」
「失礼ね。私は彼のバイタルデータを観測しに来ただけよ。でも、確かに最近のミトの周囲の『雌』たちの動きは活発ね。生物学的に見れば、より強い魔力の『雄』を求める本能だわ」
リサは軽い口調で言いながら、僕の顔をじっと覗き込んだ。
「だからって、こういうのはあまり楽しい状況じゃないわね・・・・・・」
エマはふくれっ面で、唇を尖らせる。
「ミト。私の予測では、あなたのバイタル値は、魅力的な異性と接触すればするほど、上昇するはずよ。折角ここまで女の子に言い寄られているんだから、ちょっとは試してみれば」
「な・・・・・・リサ、ミトに浮気を進めないで!」
エマの怒りに、リサは「事実を述べたまでよ」と涼しい顔だ。
リサベル・フォークナー。通称リサ。魔導学科の天才的生徒である彼女は、僕の魔毒耐性を研究するという名目で、いつの間にか僕たちのグループに定着していた。彼女はエマのような激情こそ見せないが、僕の肉体の状態については、ときにエマ以上に執着を見せる。
「リサがいてくれると助かるよ。僕も、自分のことをもっと理論的に知りたいからね」
「賢明な判断よ、ミト・・・・・・さあ、エマ。あなたはこれから特別高等剣技の演習でしょ?その間、ミトの護衛(と観察)は私が引き受けてあげる」
「えっ・・・・・・!?」
エマがハッとして時計を見る。学院のスケジュールは過密だ。剣術科の精鋭である彼女には、どうしても僕と離れなければならない時間は割とある。
「うう・・・・・・そうだった。今日の午後は、騎士団から直々に講師が来るんだった・・・・・・」
エマは断腸の思いといった顔で、僕の服の袖を離した。
「いい、ミト。リサは・・・・・・まあ、この子は変人だからいいとして、他の女の子には絶対に付いていっちゃダメよ?お菓子をくれるって言われても、ダメだからね!」
「もうこどもじゃないんだからそんな・・・・・・分かってるよ、エマ。演習、頑張ってね」
「・・・・・・信じてるわ。信じてるけど・・・・・・ああ、もう!やっぱり心配!」
エマは後ろ髪を引かれる雰囲気で、何度も振り返りながら演習場へと走っていった。
エマがいなくなった途端、周囲の空気が変わるのを感じた。僕を遮断する盾がいなくなったと判断した女子生徒たちが、遠巻きにこちらを伺い、機会を狙っている。
・・・・・・エマの気持ちも、少し分かる気がするな・・・・・・
これまでは魔毒を吸うことだけが僕の仕事であり、存在理由だった。けれど今は、好意という名の空気に晒され続けている。それはある意味、魔毒よりも対処が難しい。
「ミト、集中しなさい。あなたの鼓動が少し速くなっているわ。周囲の視線によるストレス反応?それとも・・・・・・あそこの角で待ち伏せしている公爵令嬢への期待感?」
「・・・・・・前者だよ、リサ。後者はそもそも気づいてなかった」
「ならいいわ。さあ、今日の研究はまずこの術式を展開して・・・・・・」
リサは手近にあったベンチに座り、その隣に僕を導いて、密着するような距離で魔導記録板を差し出してきた。
リサには、エマのような異性としての遠慮が欠けている。その距離感の近さは、また別の意味で僕を緊張させるのだが、リサ本人は至って気にする風でもない。
・・・・・・ちょっと複雑だな。リサもすごく可愛いし、異性として意識しないといえば嘘になる。でも、そもそものリサがまったくそういう気はないし・・・・・・それに、いまこうしてリサが隣にいてくれるおかげで、他の女の子たちが遠慮して、話しかけてこない。遠巻きに見られているのは、仕方ないけれど・・・・・・リサが、完全に無意識のうちに、エマ同様、僕を遮断してくれる盾になってくれているから、そこはありがたく考えないといけないのかな。




