第17話 一人VS三十人
放課後の第三演習場は、沈みゆく夕陽に照らされ、不気味なほどに赤く染まっていた。
僕とエマが約束の場所へ辿り着いたとき、そこには異様な光景が広がっていた。
「・・・・・・何よ、これ。ライナス、決闘っていう言葉の意味を知らないの?」
エマの声が、冷たい怒りに震えた。
演習場の中心に立つライナスの背後には、総勢三十人を超える男子生徒たちが、抜き身の剣を手にずらりと並んでいた。制服を見るに、全員が剣術科の精鋭だった。
「ククク・・・・・・。決闘ですよ、エマ様。ただし、これは『不浄のゴミ箱』から貴女を解放するための、愛の聖戦だ!」
ライナスのその声に応じるように、背後の三十人以上の男子生徒が、血気盛んな雄叫びをあげる。
その口調と様子から、僕は察する。ここにいる連中に共通しているのは、誰もがこの学院の華であるエマに密かな恋心を抱いているということだろう。
「・・・・・・あれはレオンハルト。剣術科でライナスを凌ぐ実力者と言われる二年生よ」
エマが、ライナスの隣に立つゴツい剣士を指して、こっそりと解説をしてくれる。彼は嫉妬に狂った醜い表情を浮かべて僕を睨んでいる。
「ミト、覚悟はできているな? ここにいるのは、エマ様を想う者たちの有志だ。貴様のような穢らわしい男が彼女の隣に居座ることを、我々全員が許さないと言っているんだ!」
「三十人がかりでミトを襲うなんて、卑怯にも程があるわ!騎士の誇りはないの!?」
エマが剣を抜こうとするのを、僕は再び手で制した。
「・・・・・・いいよ、エマ。彼らにとって、僕はそれだけ数で押さなければ勝てない相手、てことだから」
「ミト、でも・・・・・・!」
「大丈夫。見ていて」
僕は、演習場の隅に置かれていた、一本の使い古された木刀を手に取った。
「・・・・・・ほう、木刀か。我々を舐めるのも大概にしろよ!」
ライナスが激昂し、合図を送る。
三十人以上の男子生徒たちが、咆哮と共に一斉に僕へと襲いかかってきた。
三十人の同時攻撃。それは普通なら、防ぐ手立てのない暴力の嵐だ。
けれど、僕の視界には、彼らの動きのすべてが――止まって見えた。
【魔毒の記憶/古の剣聖・カーシム】
僕の脳裏に、かつて魔毒と共に吸い取った老剣士の記憶が奔流となって流れ込む。
彼はその昔、たった一人で一国の軍勢を退けたと言われる伝説の男だった。彼の魔毒はあまりにも鋭く、僕の五臓六腑を幾度も引き裂いた。けれど、その痛みを耐え抜いたからこそ、今、僕の体には彼の技――【神速の歩法】【流仙剣術】が完璧に刻まれている。
「――【流仙剣術・第一式・凪】」
僕は一歩を踏み出す。
最前列の三人が同時に剣を振り下ろした瞬間、僕はその剣先の間を、風が抜けるようにすり抜けた。
バシッ、バシッ、バシッ!
乾いた音が三つ重なる。
彼らが何が起きたか理解する前に、その手首と顎を木刀の切っ先が叩いていた。三人は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちる。
「なっ・・・・・・速すぎる!?」
「みんな、かかれ!やっちまえ!!」
瞬く間に三人がやられたのを見て、動揺する連中。だが、すぐに気力持ち直して、次々に襲いかかってくる。
僕は一度も足を止めることなく、舞うように演習場を駆け抜けた。
ある時は、相手の剣を木刀の腹で受け流し、その勢いを利用して背後の敵を強打する。
ある時は、複数の攻撃を紙一重でかわしながら、すれ違いざまに次々と鳩尾を突く。
僕が吸い取ってきたのは、ただの毒じゃない。
一流の剣士たちが一生をかけて磨き上げてきた、極意のすべてだ。それが今、僕という器の中で一つに融合し、洗練された技となって解き放たれていた。
「化け物か、貴様は・・・・・・っ!」
ライナスが横薙ぎの一撃を放つが、僕はそれを見ることさえせず、背中越しに木刀で、彼の鼻先を叩き潰した。
「ぐわぁっ!?」
残りはレオンハルトを含む数人。
周囲には、すでに二十人以上の男子生徒たちが地面に転がり、うめき声を上げている。
「死ねぇ!不浄のゴミ箱があぁ!!――【覇道王斬】」
レオンハルトが、その家系に伝わる秘奥義、光をまとった魔剣の一撃を繰り出してきた。
演習場が眩い光に包まれる。
エマが思わず叫び声を上げるが、僕は静かに木刀を中段に構えた。
――【極意・霞】
光の刃が僕の体を捉えた――そう見えた瞬間、僕の姿は掻き消えた。
レオンハルトの背後に音もなく着地した僕は、彼の首筋にそっと木刀を添えた。
「・・・・・・終わりだ、レオンハルト」
その一言と共に、僕から放たれた圧倒的なマナの威圧が、彼の精神を直接叩いた。
「ひ・・・・・・あ・・・・・・っ」
レオンハルトは剣を落とし、その場に膝をついた。
静寂が演習場を支配した。
沈みきった夕陽の代わりに、学院の魔導灯が周囲を照らし出す。
立っているのは、僕一人だけだ。
僕の足元には、三十人を超える「剣術科の精鋭」たちが、虫の息で横たわっていた。僕は呼吸一つ乱さず、手に持った木刀を元の場所へと戻した。
「・・・・・・ミト・・・・・・」
エマが呆然と僕を見つめていた。
「すごい、すごすぎるわ・・・・・・今の動き、学院の教官でも不可能よ。・・・・・・あなた、本当にどこまで強くなっているの?」
「エマが一番だって証明するためには、これくらいできないとね」
僕がそう言って微笑むと、エマは顔を赤らめ、僕の胸に飛び込んできた。
「も、もう・・・・・・心臓が止まるかと思ったんだから! でも、かっこよかったわ、ミト!」
彼女の温もりを感じながら、僕は足元に転がっているライナスやレオンハルトに視線を向けた。
彼らは、もはや僕を「ゴミ箱」と呼ぶ気力さえ残っていないようだった。
「……ま、参った……。降参、だ……」
レオンハルトが、消え入るような声で呟いた。
彼の瞳には、蔑みではなく、自分たちが決して届かない高みにいる者への、深い恐怖と畏敬の念が宿っていた。
「わかればいい。……君たちのエマへの想いは否定しない。けれど、力で奪おうとするなら、僕は何度でも相手になるよ。……次は、本物の剣を使ってもいい」
その言葉に、男子生徒たちは一斉に震え上がった。
こうして、僕の学院初日が無事に終わった。財政コースに所属する一人の生徒が剣術科の精鋭三十人を瞬殺した、という噂は、学院中に広まるかもしれない。でもいまはそんなことはどうでも良かった。ただ、エマの身が無事で、ほっとしているだけだ。




