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魔毒喰らいのミト~「ゴミ箱」と呼ばれた魔毒処理師、実は最強の知識とスキルを溜め込んでいました~  作者: いおにあ


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第12話 毒の霧の満ちる谷で、金策よ!


「・・・・・・ねえ、ミト。学院に入るのはいいけれど、一つ現実的な話をしてもいいかしら?」


 学園生活の準備に胸を躍らせていた僕たちの前に、クレアが深刻そうな顔をして(といっても、口元には不敵な笑みを浮かべて)立ちはだかった。


「現実的な話?」

「学費と、これからの活動資金よ。王立学院の『総合行政・戦略財政コース』は、この国でもトップクラスに学費が高いわ。それに、あんたがこれから国を動かそうっていうなら、人脈を広げるための交際費も、資料収集ための調査費も必要になる。今のノルディアス家の貯蓄じゃ、三ヶ月も持たないわね」


 僕は言葉に詰まった。父さんはこれまで、国のために尽くしてきたけれど、その報酬は驚くほど少なかった。僕もある程度の給料を貰ってはいたけれど、正直なところ、貯金はそんなに大した金額ではない。


「お兄様にお願いすれば、スプレンディアス家が全額援助してくれるわよ!」


 エマはそう力強く主張するが、クレアは首を振った。


「ダメよ。他人の家の金で動く男に、本当の権威は宿らないでしょう。ミトが自立した一人前として認められるためには、自分だけの資金源が必要なの・・・・・・そこで、いい案件があるわよ」


 クレアが広げた古い地図。その端にある、深い断層に囲まれた場所。


 そこには、かすれた文字でこう記されていた。


――『毒霧の谷』――


 クレアは口元に笑みを浮かべて、言う。


「ここはあなたにぴったりの金策の場所よ、ミト。王都エテルナから、そう遠くはないしね」

「えーと?・・・・・・」

「どういうことよ?」


 不思議に思う僕たちに対して、エマは胸を張る。


「ま、とりあえず行ってみましょ?話はそれからよ」


 数時間後。僕たちは王都から馬を飛ばし、その谷のふちに立っていた。


 眼下に広がるのは、息を呑むような光景だった。


 深い谷底を埋め尽くしているのは、どす黒い紫色の霧。それはまるで生き物のようにうごめき、時折風に流れて立ち上がっては、周囲の岩を腐食させ、立ち枯れた木々をボロボロに崩していく。


「ひどいわね・・・・・・ここまで濃厚な毒の結界を、見たことがないわ。騎士団の強化魔法でも、数分と持たないでしょうね」


 エマが顔をしかめ、剣の柄を固く握った。彼女の持つ高い魔力でさえ、この霧の放つ圧迫感オーラには防戦一方のようだ。


「伝説によれば、ここは太古の毒竜たちの巣窟よ。人間から奪った金銀財宝を、この谷にせっせとため込んでいたという。やがて毒竜たちは、この地で息絶えたのだけれど、彼らの死体から溢れ出した猛毒が霧となって、数千年にわたって最強の防犯装置として機能し続けている。そういうわけで・・・・・鑑定士の間じゃ、ここは『神の銀行』って呼ばれている。誰も引き出せない、触れることすら叶わない宝島」


 クレアが目を光らせる。


「誰も入れない・・・・・・でも、ミトなら話は別でしょ?」


 クレアはうなずく。


 僕は一歩、断崖の際へ進み出た。

 風に乗って、紫色の霧が僕の頬を撫でる。


 一瞬、ピリッとした刺激があった。けれど、それだけだった。


 リリアニアから毎日押しつけられてきた、あの胃の腑を焼き切るような濃厚な魔毒に比べれば、この霧はまるで、よく冷えた朝の空気のようにさえ感じられた。


「・・・・・・うん。僕なら、大丈夫だと思う」

「本当なの?ミト、無理はしないで。もし苦しくなったらすぐに――」

「心配しないで、エマ。君がここで待っていてくれるなら、僕は必ず戻ってくるよ」


 僕はエマに安心させるような笑みを向け、クレアから受け取った大きな麻袋を肩にかけた。


「じゃあ、行ってくる」


 僕は躊躇うことなく、死の毒霧が渦巻く谷底へと、ゆっくりと降りていった。


 霧の中に足を踏み入れた瞬間、視界は完全に遮られた。

 周囲は紫色の闇。皮膚に触れる霧は、絶えず僕の生気を吸い取ろうと躍起になっているが、そんなものは僕に効かない。


 今まで、毒はただ苦しいものだった。だけれど、今の僕にとって、毒は燃料だ。

 霧が濃くなればなるほど、僕の足取りは軽くなり、感覚は研ぎ澄まされていく。


 どれくらい歩いただろうか。やがて霧の底、平坦な岩場に辿り着いたとき、僕は自分の目を疑った。


「・・・・・・これは・・・・・・」


 霧の向こうに山が見えた。けれど、それは土や石の山ではなかった。


 数千年前の金貨。巨大なエメラルドが埋め込まれた王冠。いにしえの英雄が携えていたであろう、魔力に満ちた白銀のつるぎ

 それらが、ゴミ処理場の廃棄物のように、無造作に、そして膨大に積み上げられている。


 毒竜たちの死骸はすでに風化して消えていたが、彼らが守り抜いた富が、毒のとばりの中で遠の輝きを保っていた。


 僕はしばし、その圧倒的な富の質量に圧倒された。


 どれどれ・・・・・・あの金貨は高く売れるかな?いやでも、こっちにあるルビーをちりばめた白金プラチナの宝冠も捨てがたい・・・・・・あれこれと目移りする僕。それからクレアに言われていたことを思い出した。


『あんまり一度に取りすぎないこと。市場価値が暴落したら元も子もないし、何より重くて帰ってこれなくなるわよ』


 ということで、僕は慎重に、質が高く、かつ王都の市場で換金しやすそうな金貨や宝石を選んで、袋に詰めていった。


 袋がずっしりと重くなる。これで十分だ。王立学院の学費一年分くらいは、お釣りが来るレベルの金額になるはずだ。当面はこれでしのげそうだ。


 僕は最後にもう一度、静寂に包まれた黄金の山を見上げ、霧の坂道を登り始めた。


 谷の縁で待っていた二人の姿が見えたとき、エマは僕を見つけるなり、叫びながら駆け寄ってきた。


「ミト――っ!!」


 彼女は僕に激しく抱きついた。僕が毒に侵食されていないか、どこか欠けていないか、確かめるように何度も僕の体を触る。ちょっと気恥ずかしいな・・・・・・


「ああ、よかった・・・・・・!本当に、本当に無事なのね・・・・・・!」

「ただいま、エマ。約束通り、戻ってきたよ」


 僕は彼女の震えを鎮めるように背中を叩き、それから肩の袋をドサリと地面に置いた。


 袋の口が開き、中から溢れ出した黄金と宝石が、太陽の光を浴びてまばゆく反射する。


「・・・・・・っ!!」


 エマが息を呑み、クレアも目を丸くする。


「・・・・・・完璧ね。ざっと鑑定しても、これ一つで、そこらの王都の一等地に豪邸が一つ買えるくらいよ」


 クレアは震える手で金貨の一枚を拾い上げ、うっとりと眺めた。


「これで決まりね。ミト、あんたはこの『毒霧の谷』の唯一の管理人よ。ここにある富はすべて、あんたのものね。やるじゃん、ミト。いきなりスブレンディアス家よりお金持ちになるなんて」

「うーん・・・・・・シェアしよう」


 僕は二人の顔を見て、はっきりと言った。


「エマ、確かにこれでスプレンディアス家の援助に頼らなくても、僕たちは自分たちの足で立てる。でもさ、やっぱりここまで来れたのはエマがいたからだよ。だから、今日僕が持ってきたものは、きちんとエマに分ける」


 エマは、顔をほころばせる。


「もう、ミトったら・・・・・・でも分かった。ありがたく、私のものとして、受け取っておくね」

「それからクレア。君への鑑定料も、ひとまず払うよ」

「・・・・・・バカね。私はあんたの隣で、この富がどう使われるかを見届けるのが報酬だって言ったでしょ?でもまあ、この金貨数枚は活動経費として預かっておくわ。これからの私たちの作戦には、莫大な資金が必要になるかもしれないからね」


 クレアは不敵に笑い、エマは穏やかに相好を崩し、僕の手を握った。


「ミト・・・・・・。私、あなたと一緒にいられるなら、お金なんてなくてもいいと思っていた。でも、あなたがこうして私たちのために道を切り拓いてくれるのが、何より嬉しいわね」


 僕たちは、宝物の一部を分け合い、それを胸に抱いて王都エテルナへの帰路についた。


 かつて、お金の心配ばかりして、妹のユナに新しい靴一足買ってあげられなかった自分が遠い昔のように思える。


 今、僕たちの手には、世界を変えるための知恵があり、力があり、そしてそれを支える財力がある。


「ねえ、ミト。学院に入ったら、一番高い食堂のメニュー、全部食べさせてね!」

「あはは、いいよ。エマが太らない程度にね」

「ちょっと、失礼ね!」


 笑い声が街道に響く。

 空は既に夕焼けで赤く染まっていた。


 家までは数時間ばかりの時間を要する。帰る頃にはすっかり暗くなっているだろう。でも、この三人だとそんな道中も楽しいだろうな。そんなことを僕は思った。


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