第11話 学校に行こう!
嵐のような数日が過ぎ、王都に束の間の平穏が戻っていた。
ノルディアス家の庭先に咲く青い花が、朝露に濡れて輝いている。僕はその花を眺めながら、エマと一緒に縁側に腰を下ろしていた。
「・・・・・・ねえ、ミト。なんだか、まだ夢を見ているみたい」
エマが少しだけ心細そうに呟き、僕の手をそっと握りしめた。
あんなに勝気で、どんな敵にも物怖じしない彼女が、今はまるで迷子のような瞳をしている。僕が手に入れた力と知識が、あまりにも巨大すぎて、彼女は僕がどこか遠くへ行ってしまうのではないかと、本能的に感じ取っているのかもしれない。
「夢じゃないよ。エマが僕を見つけてくれたから、僕はここにいられるんだ」
「・・・・・・分かっているわ。でも、今のあなたはもう『ゴミ箱』なんかじゃない。王都の誰もがあなたを欲しがっている。リリアニア様だって、口ではああ言っているけれど、いつまたあなたを閉じ込めようとするか・・・・・・」
僕は握り返す手に力を込めた。
「大丈夫だよ。僕はもう、誰かの言いなりにはならない。・・・・・・でも、これからのことをちゃんと考えておかなきゃいけないと思ってるんだ」
家族を守り、この国を導く。そのための力はある。けれど、僕には決定的に足りないものがあった。
「あら、ようやく自分の欠陥に気づいたかしら?」
背後から、皮肉げだがどこか楽しそうな声が響いた。
いつの間にか現れたクレアが、リンゴをかじりながら僕たちの前に立ちふさがった。
「欠陥・・・・・・? ミトにそんなものないわよ!」
エマが反射的に身を乗り出すが、クレアは鼻で笑ってそれをあしらう。
「いいえ、致命的な欠陥よ。ミト、あんたの最終学歴は?ノルディアス家の男子は幼少期から宮殿に詰め込まれるから、せいぜい小学校レベルの読み書きで止まっているはずよね」
「・・・・・・あ。・・・・・・確かに、その通りだ」
僕は図星を突かれて言葉に詰まる。
知識はある。吸収した人々の「経験」も「技」もある。けれど、それを学問体系として整理し、他人に説明し、論理的に使いこなすための基礎が欠落しているのだ。
「あんたの頭の中には、世界中の高級な食材――知識という名のね――が詰め込まれているわ。でも、それを調理するレシピも包丁の使い方も知らない。今のままじゃ、ただの物知りなこどもに過ぎないのよ」
クレアはリンゴを放り投げ、黄金の瞳を光らせた。
「ミト、あんた、学校に入りなさい」
「学校・・・・・・僕が?」
「そうよ。それもただの学校じゃない。この国の最高峰の知恵が集まる場所よ。そこでこの世界の理を学べば、あんたの価値は今の百倍以上に跳ね上がるわ。・・・・・・まあ、私という最高の鑑定士がアドバイザーとして付いてるんだから、当然の投資よね」
学校。その響きに、僕は強く惹かれた。
ただ毒を吸うだけの毎日では決して手に入らなかった、同世代との交流や、純粋な学び。それは今の僕にとって、どんな魔法よりも魅力的なものに感じられた。
「学校ね・・・・・・。いいわ! それなら決まりじゃない!」
エマが突然、パッと顔を輝かせて立ち上がった。
「ミト、私の通う王立学院に来なさい! あそこはこの国一番の学び舎よ。私の推薦があれば、編入試験だって受けられるわ。何より、私と同じ学校なら、朝から晩まで一緒にいられるし、変な虫がつかないように私がずっと横で守ってあげられるんだから!」
エマは鼻息荒く、僕の手を握る。
「ちょっと待ちなさい。猛牛騎士さん」
クレアが呆れたようにため息をつく。
「ミトの今の能力を見て、なんで剣術なんて学ばせなきゃいけないのよ。というか、そんなもの、既に魔毒と共に修得しているでしょう?あんたみたいな脳筋を増やすのが、彼の価値を最大化する方法だと本気で思ってるの?」
「なっ・・・・・・!脳筋とは何よ!騎士学院は戦略も法学も学べるわ!」
「甘いわね。ミトが今一番学ぶべきなのは財政や金融に会計、つまりはお金の動きよ」
クレアは僕の目の前に指を突きつけた。
「あんたには、上級国民たちが溜め込んできた不正蓄財の記憶や、市場を操作する秘密のルートの知識がある。これを活かして、商売人の道を極めるべきよ。王都の財布を握れば、リリアニアだってあんたに指一本触れられなくなる。商人の最高府・商業連合専門学校へ行きなさい」
「ダメよ!ミトは騎士学院よ!あそこにはミトの力を正しく制御するための魔導コースもあるんだから!」
「商売の方がよっぽど創造的よ!筋肉を鍛えても国は豊かにならないわ!」
二人の議論は白熱し、ついにはお互いの鼻先が触れ合うほどの距離で睨み合いを始めた。
僕は板挟みになりながら、二人の主張を冷静に天秤にかける。
エマの言う通り、彼女のそばにいたいという気持ちは強い。それに、僕のこの強大なマナを制御する術は、王立学院の魔導研究が最も進んでいるだろう。
けれど、クレアの言う商売への道も捨てがたい。知識を活かして国を豊かにし、ノルディアス家の地位を盤石にするためには、経済の仕組みを知ることも不可欠だろう。
「・・・・・・二人とも、ちょっといいかな」
僕は二人の間に割って入った。
「エマ、君と同じ学校に行きたい。それは僕の本当の願いだ」
「ミト・・・・・・!」
エマの瞳が潤み、勝利を確信したような笑みがこぼれる。だが、僕は続けた。
「でもクレアの言うように、僕は経済や金融も学ばなきゃいけないというのも一理ある。この知識は、ただ剣を振るためじゃなく、国を立て直すために使うべきじゃないかな」
「・・・・・・じゃあ、どうするのよ。体は一つしかないわよ?」
頭の中に、王立学院についての情報が、少しばかりある。かつて僕が毒を吸った、学院理事の一人である老貴族の記憶が、鮮明に脳裏に蘇る。
「王立学院には、将来の軍師や官僚を育成するための『総合行政・戦略財政コース』があるよね・・・・・・そこなら、エマと同じキャンパスに通いながら、クレアが望む内容も学べる。魔導の実技も選択科目で取れるはずだ」
クレアとエマが顔を見合わせる。
「ふん、あそこのコースね。確かに、官僚候補生たちも集まるから、情報の価値は高いわ・・・・・・まあ、妥当な落とし所ね」
「・・・・・・それなら、お昼休みも放課後も一緒にいられるわね。お兄様にも頼んで、強力な後押しをしてもらうわ・・・・・・いいわ、ミト。それで決まりよ!」
♢ ♢ ♢
方針が決まると、話は早かった。
エマは早速ウォルスさんの元へ走り、推薦状の手配を始めた。
僕は一人、夜風に吹かれながら、これまでの毒に塗れた日々を思い返していた。 あの日々からは想像もできなかった、学びへの挑戦。
僕はもう、ただのゴミ箱ではない。
自分の未来を、自分で選び取るための学生になるんだ。
王都の空を見上げると、巨大な時計塔が明日への一歩を刻んでいた。
騎士学院という、新たな戦場――いや、成長の場で。
僕はどんな自分に出会えるだろうか。
隣で楽しそうに、新しい教科書や制服の話をしているエマの声を聞きながら、僕はかつてない希望に満ちた気持ちに、胸を膨らませた。




