第205話 見えざる吸血
巨大な魔獣の剥製にしか見えない『かっとび君2号・海越え仕様』を私が鷲掴みにして飛ぶというシュールな空の旅は、いよいよ終わりを迎えようとしていた。
「お嬢!見えたぞ!」
上空を警戒していたクロウさんの声に、天窓から顔を出したモミジが感極まった声を漏らす。
「あれが……ヤマト……!拙者の故郷……!」
厚い雲を突き抜けるようにそびえ立つ青々とした山々と、神秘的で美しい島影。長かった海越えの旅の果て、ついに新天地「極東の島国」が姿を現した。
私はそのまま歓声と共に上陸しようと意気込んだが、隣を飛んでいたクロウさんがそれを制止した。
「待て待て、お嬢。そのまま突っ込むのはまずいぜ」
「え?なぜですの?」
「よく考えてみろ。この『かっとび君2号』、どう見てもデカい飛行魔獣だろ?そんなもんが空から大挙して降りてきたら、向こうの警備兵や陰陽師に問答無用で撃ち落とされかねねえ」
モミジもハッとして頷いた。
「確かに……。極東の民は精霊を『カミ』や『アヤカシ』として恐れ敬う反面、害をなす異形の類には容赦がない。この見た目では、問答無用で迎撃されるやもしれん」
「……言われてみれば、確かに」
私はシュールな我が乗り物を見下ろし、苦笑した。
「分かりましたわ。では、港から少し離れた海上の岩礁に一旦着水して、停泊して様子をうかがいましょう」
私たちは波の穏やかな入り江に隠れるように『かっとび君2号』を着水させた。
「俺が上空から見てきてやるよ」とクロウさんが黒い翼を広げて飛び立つ。
私は岩陰から『瞳』の力を発動させ、遠くに見える港町へと視線を凝らした。
「……おかしいですわね」
「どうしました、お嬢様?」
セリナが隣で首を傾げる。
「モミジから聞いていたような、活気ある港町の喧騒が全く聞こえませんの。……それに」
私の『瞳』には、美しい木造建築が立ち並ぶ和風の街並みが、薄く気味の悪い「紫色のノイズ」にすっぽりと覆われているのが視えていた。
上空から戻ってきたクロウさんの顔色も険しかった。
「……嫌な予感がするぜ。建物が壊されたり、血の匂いがするわけじゃねえ。だが、町中が不自然なほど静まり返ってやがる。人の気配が、まるで『死んでる』みたいだ」
「死んでいる……?どういうことじゃ!」
モミジが血相を変える。
「とにかく、上陸して確認しましょう。皆様、警戒を怠らないで!」
私たちは武器を構え、息を殺して港町へと足を踏み入れた。
モミジが語っていた通り、石造りの大陸とは異なる、木と紙でできた美しい家屋が立ち並んでいる。だが、その風情ある景観とは裏腹に、町は不気味なほどの「静寂」に包まれていた。
争いの痕跡はまるで無い。
ただ、鬼人族や獣人など、独自の装束を着た住民たちがみな、道端や家の中で力なく倒れ伏し、生気を失って虚ろな目をしていたのだ。
「これは……!」
「皆、息はある。しかし、まるで魂を抜かれたように生気がない……」
クラウス先生が倒れている住民の脈を診て呟く。
「どういうことじゃ……皆、しっかりせい!」
激しく動揺したモミジが、近くで倒れていた狐の獣人の子供に駆け寄ろうとする。
「待って、モミジ!」
私は『瞳』の焦点を極限まで絞り、町を覆う紫のノイズの正体を凝視した。
(見えない……でも、確かに『何か』が居る!)
倒れている人々からは、目に見えないほど極小の「何か」によって、生命力と魔力が少しずつ、しかし確実に吸い上げられていたのだ。
その時だった。
静まり返った街に、不快極まりない微かな羽音が響いた。
『プゥゥゥゥン……』
耳の奥を直接引っ掻くような、生理的嫌悪感を煽る音。
(上!しかも、モミジの背後!)
「モミジ、危ないッ!!」
私は考えるよりも先に、モミジを庇って前に飛び出していた。
「っ……!?」
私の首筋に、針で深く刺されたような鋭い痛みが走った。
「パスティ!?」
首を押さえた瞬間、急激な目眩に襲われる。
(魔力が……吸い上げられてる!?)
体内の魔力がごっそりと、ポンプで吸い上げられるような恐ろしい悪寒。膝から力が抜け、視界がぐらりと揺れた。
「お嬢様ッ!!」
私が痛みに顔を歪めた瞬間。普段は顔を合わせればいがみ合っている二人の従者――セリナとリディアンの目の色が、完全に変わった。
二人の動きは完璧にシンクロしていた。
リディアンが指揮棒を振るうように指を動かすと、足元の石畳から『木の精霊魔術』によるしなやかな蔓が瞬時に伸び、私を優雅かつ迅速に後方へと引き寄せる。
「お嬢様に傷をつけるなど、万死に値しますよ」
リディアンが怒りで目を細めるのと同時に、セリナが私のいた空間へ向けて両手をかざした。
「わたくしのお嬢様に何をしてくれていますの……!」
セリナの瞳に鋭い光が宿る。
彼女は基礎魔術『魔力感知』を極限まで精密に展開し、さらに無数の「点」を繋ぐように、雷の精霊魔術を流し込む!
「――『感知雷網』!!」
『ジジジッ! バチィィッ!』
セリナの指先から放たれた青白い雷光が、彼女の魔力感知の網目を伝って空間を走り抜ける。
空中に潜んでいた見えない極小の群れだけが、正確に雷で撃ち抜かれ、焼け焦げてポロポロと地面に落ちていく。
「二人とも、ありがとう……」
私は冷や汗を拭いながら、立ち上がった。
「気をつけて。奴らは、目に見えないほど小さな群れですわ」
音もなく忍び寄り、内側から生命と魔力を吸い尽くす陰湿な恐怖。
見えざる敵の強襲に対し、一行は即座に陣形を組んで警戒する。
■Tips
『感知雷網』
侍女セリナが、主であるパスティエールの危機に際して咄嗟に編み出した迎撃術。
基礎魔術である『魔力感知』を網目状に張り巡らせ、そこに雷の精霊魔術を同調させることで、網に触れた不可視の対象を自動的に雷撃で焼き落とす。




