表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/209

第204話 空飛ぶ修学旅行

 私は今、見渡す限りの大海原の上空を、巨大ゴンドラ『かっとび君2号・海越え仕様』をぶら下げながら、即興の歌を歌いつつ高速で飛行していた。


『――♪ くじらがぴょんとでて おおきいおくちでぱくぱくぱく ――』

『――♪ ぱくぱくぱく! ――』


 外から見れば、巨大な魔獣が、碧色の光を放つ有翼の少女に引っ掴まれて空を飛んでいるという、あまりにもシュールな光景だろう。


「……なんだその歌、っておっと!」


 隣を飛んでいたクロウさんが、近づいてきた鳥形魔獣を剣で切り払う。


「……しかし、相変わらず飛んでる間は無防備だな。」


「……ですから私たちがお嬢様の護衛をする必要があるのです、しかし羅針盤すら持たずに、一切の迷いなく一直線に進んでいますね」


 天窓から身を乗り出したリディアンが感心したように呟いた。


 広大な海の上には、目印となるものが何もない。通常であれば、航海士が星や羅針盤を頼りに進むのだが、私にはその必要がなかった。


(雷の精霊王、タケミカヅチ様の加護……本当に便利ですわね)


 私の頭の中には、雷の精霊の力の副産物である『磁力感知』によって、極東の方角――すなわち「磁北」が、はっきりとした光の線のように視えていた。


 言うなれば、網膜に常にカーナビが表示されているようなものだ。


 それに従って飛べば、迷うことなく新天地へとたどり着けるという寸法だ。


 とはいえ、私の魔力と体力にも限界はある。


 私たちは、海上に点在する岩礁や無人島を見つけては着水し、変身を解除して休憩と魔力回復を挟むという「飛び石航法」で、着実に距離を稼いでいた。


「よし、今日のフライトはここまでですわ! あそこに見える無人島で休憩にしましょう!」


 私は高度を下げ、波の穏やかな入江に『かっとび君2号』をゆっくりと着水させた。両側面に取り付けられた海棲魔獣の浮き袋が、見事に機能して機体を海面に浮かせる。


 ハッチを開け、砂浜へと降り立つと、秋の冷たい潮風が頬を撫でた。


「ふぅ、お疲れ様ですわ、私」


 変身を解いた私が砂浜で大きく伸びをしていると、すぐにセリナが駆け寄ってきた。


「お嬢様、お疲れ様でございます! ささ、こちらへ。潮風で御髪が傷んでしまいますわ」


 セリナは手際よく敷物を広げ、私を座らせると、愛用の櫛を取り出した。


 私の背後に回り、潮風と牽引の疲労で少し乱れたパステルピンクの髪を、根元から毛先へと、驚くほど優しい手つきで梳いていく。


「……んんっ、気持ちいいですわ、セリナ」


「ふふ、お任せくださいませ」


 セリナの指先から伝わる、昔から変わらない温かい主従の時間。


 彼女は私の髪を丁寧に梳き終えると、港町サザンで貰った真珠の髪飾りを使って、美しく、そして風で乱れにくいように編み込みながら結い直してくれた。


「完璧ですわ、パスティエール様。世界で一番可愛らしくて、美しいです」


「ありがとう、セリナ」


 私は振り返り、ふと周囲を見渡すと、無人島の砂浜は、さながら「修学旅行」のような賑わいを見せていた。


 総勢十七名の大所帯。その旅装も実に様々だ。


 私はゼノン家の紋章が刺繍された、動きやすくも上品な濃紺の旅装用ドレス。


 リディアンは、海の上であろうと無人島であろうと一切の乱れがない、完璧で優雅な執事服姿。


 ルナリアやマリアベルをはじめとするメンバーズの少女たちは、長旅に備えた機能性を持ちつつも、フリルや各々のイメージカラーを取り入れた可愛らしい私服姿で、砂浜で綺麗な貝殻を拾ってはしゃいでいる。


 そして、ガントやランドルフたち男衆は、無骨な革鎧やラフで動きやすいシャツ姿で、焚き火の準備を進めていた。


「ガント、ランドルフ、レオナ。体調はどうかしら?」


 私は、先日の疫病の『ペスティス』の瘴気を食らって倒れていた三人に声をかけた。


「おう、部長! 心配すんな、絶好調だぜ! 歌のおかげで、筋肉の繊維の奥まで若返った気分だ!」


 ガントが、丸太を持ち上げながら豪快に笑う。


「……俺は、ずっと寝てたいんだけどね。まあ、体調は悪くないよ」


 ランドルフも、アイマスクをおでこに乗せたまま欠伸交じりに答えた。


 レオナも「部長のおかげで、いつでも戦えます!」と力強く頷いてくれる。


 みんな、すっかり元気を取り戻したようで一安心だ。


  そんな中、焚き火の周りでは、別の意味で熱いバトルが勃発していた。


「……嘆かわしいですね。お嬢様のティータイムに、そのような雑な沸かし方でお湯を用意するとは。温度管理が甘すぎでは?」


「なっ……!? 貴方こそ! 野外であることを言い訳にして、茶葉の香りを十分に引き出せていないじゃありませんか!」


 セリナとリディアンが、互いにティーポットと茶葉を構えてバチバチと火花を散らしている。


 最近なにかとこの二人がいがみ合うことが多いので、雇い主としては胃が痛いのである。


「さあ、お嬢様。至高の一杯、ご賞味あれ」

「お嬢様! わたくしの究極の愛がこもった紅茶をぜひ!」


 二人が同時に、私の前にティーカップを差し出す。


 ルナやマリアベルが、クスクスと笑いながら見守る中、私は両方のカップを受け取り、順番に口をつけた。


「……んんっ!」


 私は満面の笑みを浮かべ、二人に向かって告げた。


「セリナの紅茶は愛情で体がぽかぽか温まりますし、リディアンの紅茶は香りが深くて心が落ち着きますわ。……ええ、どちらも最高に美味しいですわ!」


 私の判定に、二人は「ふんっ」と互いにそっぽを向きながらも、どこか嬉しそうにまんざらでもない表情を浮かべていた。


 和やかなお茶会が進む中、極東特有の着物風の戦闘着をまとったモミジが、焚き火の前に進み出た。


「皆の衆。極東の島国『ヤマト』が近づいてきたゆえ、少しばかり拙者の故郷について語っておこうと思う」


 案内役であるモミジの言葉に、皆が興味津々で耳を傾ける。


「ヤマトは、大陸とは全く異なる理で動いておる。大陸のように精霊を魔術の『力』として使役するのではなく、万物に宿る精霊を『カミ』や『アヤカシ』として崇拝し、恐れ敬うのじゃ」


「カミ、ですか……」ルナが不思議そうに呟く。


「うむ。そして、魔術の代わりに、自然との調和を図る独自の『符術』や『神楽』が発達しておる。大陸のような石造りの街並みではなく、木と紙でできた美しい家屋が立ち並び……拙者のような鬼人族や、狐の獣人など、多様な亜人が人間と共に暮らしている国なのじゃ」


 モミジは、誇らしげに、そして少しだけ懐かしそうに目を細めて語った。


「モミジの故郷……! なんだかワクワクしてきますわね!」


 マリアベルが目を輝かせ、メンバーズの少女たちも未知の世界への期待に胸を膨らませている。


 それから数日。


 私たちは無人島での休息と飛行を繰り返し、順調に海を渡っていた。


 そして、その日の夕暮れ時。


「お嬢! 見えたぞ!」


 上空を警戒のために飛行していたクロウさんが声を上げた。


「本当ですか!?」


 私が遠くへ目を凝らすと、水平線の向こうに、厚い雲を突き抜けるようにそびえ立つ、青々とした山々の稜線が視えた。


「あれが……ヤマト……! 拙者の故郷……!」


 モミジが天窓から顔を出し、感極まった声を漏らす。


 モミジが語った通りの、神秘的で美しい島影がついに姿を現したのだ。


「ついに着きましたわね! いざ、極東の島国へ!」


 私の歓声に合わせ、一行は期待に胸を膨らませて歓声を上げた。


 これまでの過酷な戦いを忘れさせるような、希望に満ちた新天地への上陸。


 ……しかし、この時の私たちはまだ知らなかった。


 その美しい島国が、すでに「恐怖」によって蝕まれていることなど。

■Tips


セリナとリディアンの「犬猿の仲」について


パスティエールの専属侍女であるセリナと、ダークエルフの執事リディアン。


二人の関係性は、一言で表すなら「水と油」である。


セリナは武闘派・直感型であり、「いかなる脅威からも、絶対にお嬢様をお守りする」という実用性と護衛能力に重きを置いている。


対するリディアンは芸術派・理論型であり、「至高の歌姫にふさわしい、完璧で優雅な舞台と日常を提供する」という美意識と演出に重きを置いている。


二人が顔を合わせるたびにいがみ合う最大の理由は、「どちらがよりパスティエール(メロディア)にとって役に立つ、最高の従者であるか」という、忠誠心のベクトルの違いと激しい同族嫌悪によるものである。


セリナはリディアンを「気取った陰湿執事」「優雅さばかり気にするキザ男」と罵り、リディアンはセリナを「野蛮な筋肉メイド」「およそ美意識のかけらもない」と皮肉るのが日常茶飯事となっている。


しかし、「パスティエールこそが世界で最も尊く、守るべき存在である」という根本の思想だけは完全に一致している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ