第200話 【幕間】決別の剣
神話のような戦いが終わった。
雷鳴の山を下山し、俺たちは獣王国の麓の陣地――マリアやハンス司祭たちが怪我人の治療にあたっている野戦病院と、電波塔の建設予定地へと帰還した。
メロディアメンバーズや、獣王レオニダスをはじめとする獣人たち、建設のために集められたドワーフの職人たちが、俺たちの帰還を歓声と共に迎え入れてくれた。
無理もない。
タケミカヅチという雷の精霊王の試練を突破してきたのだ。
お嬢――パスティエールは、精霊王から直接『雷の精霊王の加護』を授かった。
そして、命懸けでお嬢の盾となったセリナもまた、加護を授かったらしい。
麓での模擬戦で、セリナは雷の精霊魔術を無詠唱に近い速度で操り、雷光の如き動きで獣王国の屈強な戦士たちを次々と圧倒してみせた。
それに比べて、俺はどうだ。
あのカルデラの頂で、俺はただ地面に這いつくばり、圧倒的な神々の戦いを見上げることしかできなかった。
かつて「お前の剣になる」と誓ったはずなのに。
あの聖教国のギース戦では、一瞬だけ刃が届いた気がした。だが、結局は俺一人の力じゃ何一つ守りきれなかった。
今回だって、俺は剣を振るうことすらできず、クラウス先生やお嬢自身の力に守られてばかりだった。
(俺の入り込む隙なんて、どこにもねぇ……)
自分が剣としてお嬢を守るどころか、ただの足手まといになっている。その強烈な劣等感が、胸の奥でギリギリと音を立てて渦巻いていた。
街では、次の目的地である「極東の島国」へ向かう準備が急ピッチで進められていた。
正規の船便を待っていては時間がかかりすぎる。
そこで、お嬢は獣王国の職人たちに頼み込み、王都から乗ってきた『かっとび君』を海越え用に改造するという無茶苦茶な計画を立ち上げたのだ。
ペトラ不在の中、獣王国のドワーフや大工たちは、巨大な海棲魔獣の浮き袋を機体の両脇にくくりつけ、頑丈な木工技術で外装を補強するという、アナログで豪快な改造を施していく。
「わたくしがメロディアに変身して、海上の小島で休み休み魔力回復を挟みながら飛んで渡りますわ!」と、お嬢は平然と言ってのけた。
皆がその無謀な計画を現実のものにするため、一丸となって前へ進んでいる。
だが、その輪の中に、俺の居場所はなかった。手伝おうにも、俺には魔導具の知識もなければ、大工のような器用さもない。ただ、己の無力さを噛み締めて立ち尽くすだけだった。
皆が寝静まった夜の荒野。
俺は街から少し離れた岩場で、一人、血が滲むほど木剣を振り続けていた。
「シッ……! ハァッ……!!」
ゼガのおっさんに教わった『活法術』の呼吸法を意識し、限界まで身体強化を引き上げる。
だが、いくら剣を振っても、セリナや、神々と渡り合うお嬢の背中には到底届く気がしなかった。 空を切り裂く木剣の音が、虚しく荒野に響く。
「クソッ……! 全然足りねぇ……もっと、もっと速く……!」
その時だった。
背筋を、氷のような冷たいものが撫で上げた。
『――哀れな少年。いくら棒切れを振り回したところで、お前は凡人にすぎない』
「……誰だッ!」
俺は即座に木剣を構え、声のした暗闇を睨みつけた。
そこには、誰もいなかった。
だが、岩陰からどす黒い紫色の瘴気が、まるで意思を持った蛇のように這い出してくる。
山頂でお嬢が戦っていた時、俺の心にまとわりついてきたあの不気味な影だ。
『私は貴方の心。貴方の奥底にある、本当の絶望』
瘴気の中から響く女の声は、甘ったるい誘惑などではなく、氷のように冷酷な事実だけを突きつけてきた。
『両親を魔獣に殺された時も、貴方はただ震えて見ているだけだった。そして今も、主君である彼女に守られ、庇われている』
「うるせぇ……黙れッ!」
『事実でしょう? お前は剣ではない。彼女の弱点よ。お前が隣にいる限り、心優しい彼女は無意識にお前を庇い、いずれそのせいで致命的な隙を生む。お前の弱さが、あの美しい歌姫を殺すのよ』
心臓を、冷たい刃で直接抉られたような衝撃だった。
俺の弱さが、お嬢を殺す。
否定したかった。だが、山頂で俺を庇おうとしたお嬢の姿が、かつて俺を守ろうとして魔獣に引き裂かれた両親の姿と重なり、脳裏に焼き付いて離れない。
『――力が欲しいのでしょう? 彼女の隣に立つための、絶対的な力が。ならば、我を受け入れなさい。そうすれば……』
「……舐めんじゃねぇぞ、侵蝕者ッ!!」
俺は全身の魔力を木剣に注ぎ込み、活法術の限界を超えた踏み込みで、目の前の瘴気ごと空間を力任せに横薙ぎに振り抜いた。
ガァンッ!!
凄まじい剣気と衝撃波が荒野を走り、紫色の瘴気は悲鳴を上げる間もなく霧散して消え去った。
「ハァ……ハァ……。借り物の力で、お嬢を守れるかよ……!」
俺の剣は、俺自身が振るうからこそ意味がある。誰かに与えられた力で彼女の隣に立ったところで、そんなものは本物の「剣」じゃねぇ。
だが、侵蝕者の幻影を斬り伏せても、奴が突きつけてきた「残酷な正論」だけは、俺の胸に重く、冷たく突き刺さったままだった。
俺が隣にいる限り、お嬢は俺を庇う。俺の弱さが、彼女の足を引っ張っている。
木剣を取り落とし、俺は荒野の冷たい土の上に座り込んだ。
「……俺じゃ、ダメだ。このままお嬢の隣にいても、永遠に足手まといのままだ」
拳を固く握りしめる。血が滴り落ちても、心の痛みには到底及ばなかった。
お嬢を守りたい。あいつの、本当の剣になりたい。
その純粋な願いを叶えるためには、今、あいつの隣にいてはいけないのだ。
俺は陣地の方角を見つめた。
みんなは今頃、明日からの極東への旅に向けて身体を休めているだろう。
お嬢も、あの底抜けに明るい寝顔で眠っているはずだ。
胸の奥が引き裂かれそうに痛い。
「……必ず強くなって、お前の本当の剣になってみせる。だから……先に行け、お嬢」
俺は一枚の羊皮紙に不器用な字で短い書き置きを記し、それを自分の部屋にそっと残した。
そして、まだ夜が明けきらぬ荒野の中、背中に木剣を背負い直し、彼女たちが向かう海とは反対の方角――より過酷で、強い魔獣が跋扈する獣王国の深部へと、一人、歩き出した。
■Tips
超大型ゴンドラ『かっとび君2号』海越え仕様
① 驚異の浮力
機体の両側面に、巨大な海棲魔獣の浮き袋を強固な鎖で連結。
これにより、メロディアが魔力回復のために変身を解いた際や緊急時でも、海面への着水・待機が可能となった。
「浮けばええやろ」という豪快な設計思想に基づいた無骨なシルエットは、見る者に圧倒的な威圧感を与える。
② 耐塩・耐衝撃
海上の強風と塩害から乗員を守るため、機体外装を「魔獣の皮」と「魔獣の骨」を組み合わせた積層装甲で補強。
内部には防水用の獣脂が厚く塗り込まれ、パノラマ天窓も荒波に耐えうる厚手の透明な魔獣鱗に変更された。その外観は、もはや乗り物というよりは禍々しい大型魔獣の様だ。
③ 磁気ナビゲーション
これまではメロディアの「野生の勘」に頼り切りだった航路維持だが、雷の精霊王の加護により副産物として発現した「磁力」の知覚により、メロディア自身が方位をなんとなく把握できるようになった。
これにより、海上という目印のない空間でも正確に極東を目指すことが可能となっている。




