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第197話 雷雲の聖地

 翌朝。


 獣王国の荒野に設営された陣幕から、私は勢いよく飛び出した。


「んーーっ! よく寝ましたわ!」


 両腕を空に向かってぐーっと伸ばし、深呼吸をする。


 昨夜の、最強の盾ギースとの激戦。


 その反動で、血を吐くほどボロボロになっていた体は、今や嘘のように羽のように軽かった。


 全身に魔力が満ち溢れ、疲労感など微塵もない。


「おはようございます、パスティエール様」


 朝の支度を持ってきてくれたセリナが、私の顔を見てふふっと微笑んだ。


「あのような激戦の翌日だというのに、お嬢様は今日も一段とお元気で、お肌もツヤツヤですね」


(……もしかして、一晩ぐっすり眠るといつも信じられないくらい回復するのって、『七転八起の加護』の効果なのかしら?それともただの若さ故?)


「質の良い睡眠は、美と健康の基本ですわ。さあ、今日も一日頑張りましょう!」


「はいっ! さすがはお嬢様ですわ!」


 セリナは尊敬の眼差しを向けてくる。チョロくて可愛い私の専属侍女である。


「なんだよ、朝っぱらから元気だな。……あんなバケモノ相手にした次の日なのに、お前相変わらずピンピンしてんな」


 寝癖をつけながらテントから出てきたカイルが、呆れたように鼻を鳴らす。


「パスティエール様のその無尽蔵のタフさには、いつも驚かされます」


 クラウス先生も、眼鏡を押し上げながらやれやれと肩をすくめた。


 朝食を済ませ、私たちは次なる目的地――雷獣族の聖地『雷鳴の山』へと出発する準備を整えた。


 陣幕の前に、獣王レオニダス様をはじめ、ゼガさん、レンさん、マリアさんたち、そしてメンバーズの皆が見送りに来てくれていた。


「マリアさん、ハンス司祭。お二人はここに残られるのですね」


「はい。クラウス先生にいただいた知識と私たちの祈祷術で、傷ついた獣王国の方々の治療を続けます。それに……」


 マリアは、背後に広がる獣王国の戦士たちやドワーフの職人たちを優しく見渡した。


「獣王様たちと共に、テオくん、あ、いえパスティエール様たちの歌を世界へ届ける『電波塔』の建設を進めます。ここが、私たちの新しい戦場です」


「お姉様……本当に、わたくしたちはついて行かなくてよろしいのですか!?」


 マリアベルが、心配そうに私の手を握りしめる。


 ルナやモミジたちも心配そうな顔つきをしている。


「ええ。雷鳴の山は、絶え間なく落雷が降り注ぐ過酷な環境と聞きました。空を飛んで行くのも、大人数で動くのも危険ですわ」


 私はマリアベルの手を優しく握り返し、皆を見渡した。


「それに、マリアさんたちの治療院や、これから建設が始まる『電波塔』を守る戦力も必要ですわ。聖教国の第二波が襲ってくるかもしれませんもの。……どうか、わたくしたちの『帰る場所』を守っていてくださいな」


「……分かりましたわ。お姉様の頼みとあらば、このマリアベル、命に代えても電波塔と皆様をお守りいたします!」


「パスティ……気をつけてね。絶対に、絶対に無事で帰ってきて」


「拙者も着いていきたいところだが、ここを守るのがパスティの願いというならその使命果たしてみせよう」


 ルナとモミジが涙ぐみながら抱きついてくる。


 他のメンバーズの皆も口々に別れを告げる。


「リディアン。貴方は獣王国の皆様と協力して、電波塔の建設の指揮と……メンバーズの警護をお願いしますわね」


 私が振り返ると、リディアンはいつものように完璧な所作で、深々と一礼した。


「御意に。私の『木の精霊魔術』で、天を衝く塔の足場を迅速に組み上げてみせましょう。……それと、お嬢様」


「なぁに?」


「帰られましたら、すぐに極上の紅茶と温かいお風呂をご用意してお待ちしております」


「ふふっ。ええ、期待しているわ、リディアン」


「ガハハ! 任せておけ、小さいの!」


 獣王レオニダス様が豪快に笑い、私の肩をバンバンと叩く。


「天まで届く立派な塔を建ててやる! お前たちは安心して、精霊王を叩き起こしてこい!」


「ええ、期待しておりますわ、獣王様!」


「その代わり、この戦いが終わったら、いよいようちの息子の嫁に来る準備をしておけよ! あれから五年、そろそろ婚約くらい話を進めても良い時期だ!」


「だーかーらー! それはお断りですってば!」


「ガハハハ! 諦めんぞ! あの放蕩息子めどこをほっつき歩いているのやら! 次帰ってきたらとっつかまえておいてやるからな」


 獣王は全く堪えた様子もなく笑い飛ばした。


「だが、気をつけなさいよぉ」


 レンさんが、煙管を揺らしながら真剣な顔で忠告する。


「雷鳴の山は、戦死したライガの部族、雷獣族が代々守り続けてきた聖地。一年中分厚い雷雲に覆われ、絶え間なく無差別に落雷が降り注ぐ、極めて過酷な環境です。生半可な覚悟では、山頂の神域には辿り着けませんよぉ」


「……獣王のおっさんたちが、あそこまで体を張って守り抜いた国だ。それに、ここで精霊王の力でも借りなきゃ、聖教国のバケモノどもに対抗できねぇからな。絶対にやり遂げてみせるさ」


 カイルが、腰の剣の柄を強く握りしめた。


 私たちは彼らに手を振り、獣王国の荒野を北へと向かって歩き出した。


 荒野を抜け、目的の山肌が近づいてくるにつれ、天候はみるみるうちに悪化していった。


 先ほどまでの晴天が嘘のように、空は分厚くどす黒い雷雲に覆い尽くされる。


 ゴロゴロ……バリバリバリッ!


 絶え間なく響く雷鳴。


 空気が帯電し、肌がピリピリと痛むような感覚に襲われる。


「カァ……こりゃあ酷ぇな。上空を飛ぶなんて自殺行為だぜ」


 上空を偵察していたクロウが、翼を畳んで早々に地上へ降りてきた。


 山の入り口に足を踏み入れた瞬間だった。


 ピシャァァァァンッ!!


 強烈な閃光と共に、私たちのすぐ目の前の巨岩に、極太の稲妻が突き刺さった。


 岩は一瞬にして粉砕され、黒焦げの破片が飛び散る。


「……これは、想像以上ですね」


 クラウス先生が瞬時に『魔力障壁(シールド)』を展開するが、空からは次々と、文字通り雨あられのように落雷が降り注いでくる。


 バリバリィッ! ドゴォォォォン!!


 障壁に落雷が直撃するたび、凄まじい衝撃と熱が私たちを襲う。


「くっ……! この頻度と威力では、私の『魔力障壁(シールド)』でも長くは持ちません。かといって、この雷雨の中を避けて進むのは不可能に近い……!」


 先生の顔に焦りの色が浮かぶ。


「クソッ、剣じゃ雷は斬れねぇもんな!」


 カイルが悔しげに叫ぶ。


 自然の脅威、それも神域を守る結界のごとき雷の豪雨。


 圧倒的な暴力の前に、私たちの足は完全に止まってしまった。


「このままでは、ジリ貧ですわ……!」


 私がどうやって雷を相殺しようかと思考を巡らせた、その時だった。


「――わたくしにお任せください」


 凛とした声と共に、私の前に躍り出た影があった。


 セリナだ。


 彼女は両手に構えた双剣をクロスさせ、深く息を吸い込むと、流れるような精霊魔術の詠唱を紡ぎ出した。


『――雷の精霊よ(イアライリス)応えよ(オィアト)我が刃に(アガウアビア)極限の(イアッテ)雷光を宿せ(アナビフエソディ)!――』


 セリナの双剣が、眩い青白い雷光を帯びてスパークする。


 ピシャァァァンッ!!


 上空から私たちを狙って落ちてきた巨大な落雷。


 セリナは怯むことなく、その落雷に向かって双剣を振り抜いた。


「はぁぁぁぁッ!!」


 ガガガガガッ!!


 信じられない光景だった。


 空から落ちてきた雷が、セリナの双剣が放つ雷魔術と激突し、バチバチと激しい火花を散らしながら、その軌道を大きく逸らされたのだ。


 逸れた雷は私たちの横を通り過ぎ、地面を黒く焦がした。


「……雷の軌道を、魔力で誘導して逸らした……!?」


 クラウス先生が驚愕の声を上げる。


「すごいわ、セリナ!」


 私が歓声を上げると、セリナは振り返らずに、剣を構えたまま力強く答えた。


「パスティエール様は、わたくしの後ろを歩いてくださいませ! わたくしが雷の精霊魔術の修行を続けてきたのは、この力で敵を倒すためではありません。……お嬢様に降りかかる全ての理不尽を払い落とす、最強の『盾』となるためですわ!」


 その背中は、誰よりも気高く、頼もしい、私の専属侍女の姿だった。


 ピシャァン! バリバリィッ!


 絶え間なく降り注ぐ落雷。


 だが、セリナは一切怯むことなく、先陣に立ってその全てを双剣で受け流し、軌道を逸らし、時には自身の体に纏わせた雷の精霊魔術で相殺して地面へと逃がしていく。


 まさに、彼女自身がパーティを守る生きた『避雷針』となっていた。


「はっ、すげぇじゃねぇか、セリナ! 俺も負けてらんねぇな!」


 カイルが不敵に笑い、セリナのカバーに入りながら周囲の警戒にあたる。


「ええ! 行きますわよ、皆様! セリナが切り拓いてくれたこの道を、一気に進みますわ!」


 雷鳴が轟き、紫電が乱舞する死の山。


 しかし、先陣を切る一筋の美しい雷光――セリナの頼もしい背中を追いかけて、私たちは山頂の神域、雷の精霊王が眠るであろう場所へと、確かな足取りで踏み込んでいった。

■Tips


カイルくん


「お嬢の剣になる」と誓い、日々過酷な特訓に励んでいるカイルだが、今回のような規格外の自然の脅威や、セリナの圧倒的な大活躍の前では、悲しいかな剣を振るう機会がなく、完全に置いてきぼりになっている。


さらに最近、パスティエールが事あるごとにクラウス先生に甘え、頼りにしている姿を見て、心の奥底でチクリとした謎のジェラシーを感じているのだが、本人はその感情の正体に気づいていない。


いや気づきたくないのかな?

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