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第195話『神の盾を砕く拳』

 空を飛ぶ超大型ゴンドラ『かっとび君』から舞い降りた私たちを、獣王国の荒野を埋め尽くすほどの聖教国の白い軍勢が呆然と見上げていた。


「さあ! 神様を騙る悪趣味な興行主さん! ここからはわたくし――メロディアと、最高の『仲間たち』がお届けする、熱狂の舞台ですわよ!」


 私がマイクを片手に高らかに宣言すると同時、ゴンドラの上に残っていたルナリア、マリアベル、モミジ、レオナたち『メロディア・メンバーズ』が、一斉にバックコーラスを開始した。


『――♪ 眠れる獅子よ 今こそ目覚めの咆哮を ――』


 ルナリアの言霊を乗せた透明な歌声が、マリアベルの高貴なソプラノが、荒野の風となって響き渡る。


 私はポルカと共鳴し、血統魔法『星の調律(ほしにねがいを)』を全開にした。


 彼女たちの歌声が、私の調律によって莫大な魔力のうねりへと変換され、限界を超えて血を流していた獣王国の戦士たちへと降り注ぐ。――『超・身体強化(オーバー・ブースト)!!』


「ガハハハ! 来やがったな、小さいの! 力が……底なしに湧いてきやがる!」


 獣王レオニダスが、先ほどまでの致命的な疲労を完全に吹き飛ばし、雄叫びを上げて立ち上がった。


 傍らで倒れていた近衛隊長のゼガも、傷ついた筋肉を強引に繋ぎ合わせるようにして立ち上がる。


「へっ……派手な歌だぜ。これなら、もう一度『活法術(バイタル・アーツ)』を回せるな」


 歌に乗せた『超・身体強化』と『超・回復』のバフを受けた獣王国の戦士たちが、一斉に牙を剥いた。


 痛覚を消して無表情で迫る聖教国の僧兵たちと、命の炎を極限まで燃やして突撃する獣人たちの、凄惨かつ熱い大軍勢同士の激突。


 だが、もはや戦局は完全に逆転していた。


 ルナリアの言霊が敵の動きを縛り、マリアベルの茨が僧兵を絡め取り、モミジの呪符が炸裂する。


 圧倒的なバフを得た獣人たちの武力は、狂信者たちの波を次々と紙屑のように粉砕し、押し返していく。


「バ、バカな……! 我が教会の無敵の軍勢が、ただの獣に押し返されているだと!?」


 黄金の輿に乗った大司教が、信じられないものを見るように叫んだ。


「ギース! ギースはどこだ! あの不浄な歌姫を、今すぐ異端審問にかけろ!」


 ドズンッ!


 その叫びに呼応するように、地響きを立てて大司教の前に進み出た巨漢があった。


 聖都サンクトゥムで私たちを絶望の淵に追いやった、あの異端審問官・ギースだ。


「……忌まわしき異端の魔女め。またしても我らの神聖なる儀式を邪魔立てするか」


 ギースは、私を見据え、その太い腕をギリリと握りしめた。


『――我は神の剣、我は神の盾なり! 迷いは無し、痛みも無し!』


 彼が呪詛のような祈祷術を叫ぶと、その全身からドス黒い魔力が噴き出した。


 聖都の時よりもさらに異常な強化。


 自らの寿命すら削る狂化の祈祷術によって、彼の筋肉はドス黒い鋼鉄へと変異し、体格すらも二回りほど膨張していく。


「……貴様の首をへし折り、その穢れた喉を潰してやる!」


 ギースは、大砲から放たれた砲弾のような勢いで地面を抉り、私へと一直線に突進してきた。


「させねぇよ!!」


 だが、その暴威の前に、二つの影が立ちはだかった。カイルとセリナだ。


「お嬢には指一本触れさせねぇ! 聖都での借りを返してやるぜ!」


 カイルは、獣王国のゼガ直伝である『活法術』を発動させた。


 骨が軋み、毛細血管が悲鳴を上げる痛みに耐えながら、彼は限界を超えた踏み込みを見せる。


「オラァッ!!」


 カイルの剣が、魔力を纏ってギースの鋼鉄の胸板に叩き込まれる。


 以前は傷一つつけられなかったその装甲を、今度は見事に切り裂き、黒黒とした血を噴き出させた。


「グヌゥッ!?」


 ギースが怯んだ、その死角。


「お掃除の時間ですわ!」


 セリナが滑るように懐に潜り込み、双剣による神速の連撃を浴びせる。


 さらに、その刃には彼女が習得した雷の精霊魔術が纏わされていた。


「――『《雷撃(サンダー・ストライク)連舞(れんぶ)!》』!!」


 バチィィィンッ!バチィィィンッ!バチィィィンッ!


 双剣に纏った強烈な電撃がギースの神経を直接焼き、その巨体を大きく痙攣させた。


 かつては逃げるしかなかった二人が、今、圧倒的な成長を見せつけ、あのバケモノのようなギースを完全に追い詰めている!


「カイル! セリナ! 素晴らしいですわ!」 二人の見事な連携に私が歓声を上げた、その瞬間だった。


「……ナメるなァァァッ!!」


 ギースが、全身から血を流し、雷に焼かれながらも、痛覚を完全にシャットアウトした狂気で強引に二人の包囲を突破したのだ。


「しまっ……お嬢、避けろ!!」


 カイルの悲鳴が響く。


 ギースは、自分を切り裂いた二人には目もくれず、すべての元凶である私へと、殺意に満ちたな剛拳を振り下ろしてきた。


「メロディア様!!」


 メンバーズの悲鳴が重なる。


 だが、私は一歩も退かなかった。


 逃げる必要などない。今の私は、最高の仲間たちの歌声に支えられているのだから。


「――神を騙り、命を弄ぶ貴方の偽りの力など」


 私は、振り下ろされるギースの剛拳を、真っ向から見据えた。


「この星と共鳴するわたくしたちの『歌』の前では無力ですわ!」


 ドゴォォォォォォンッ!!!


 荒野を揺るがす、爆発のような激突音。


 私が下から突き上げた右拳と、ギースの巨大な拳が真っ向からぶつかり合っていた。


「なっ……!? 馬鹿な、この私の剛力を、小娘が片腕で……!」


 ギースが驚愕に目を剥く。


 だが、私の右腕も無事ではない。


 メキメキと、骨が悲鳴を上げる凄まじい衝撃。


 皮膚の下で血管が弾け、腕の感覚が麻痺していく。


 大人の、しかも祈祷術で極限まで筋肉を硬化させたバケモノの全力の一撃だ


 基礎的な『身体強化(ブースト)』だけでは、腕ごと粉砕されてもおかしくない。


 けれど、後方から響くメンバーズの歌声とポルカの共鳴が、私の中に莫大な魔力を流し込み、破壊される端から細胞を再構築していく。


――『超・身体強化(オーバー・ブースト)』&『超・回復(オーバー・リカバリー)


「わたくしのステージで、暴力だけが通用すると思わないことね!」


「……黙れェェェッ!異端の魔女がァ!!」


 ギースは驚愕を怒りで塗り潰し、今度は左の剛拳を大上段から振り下ろしてきた。


 だが、私は不敵に微笑み、右手の魔導マイクを天に掲げた。


「逃げる? いいえ、ここからはわたくしの『ソロステージ』ですわよ! ポルカ、ビートを上げてちょうだい!」


『了解、パスティ! 全速で行くよ!』


 振り下ろされるギースの剛拳。


 それが私の頭を粉砕する寸前、私の姿が『ブレた』。


――『音速歩法(ソニック・ステップ)』!!


 ドゴォォォン!と空振りに終わった拳の風圧を、私は真横に滑るような超高速移動で紙一重で回避し、その勢いのまま大きく上空へと跳び上がる。


 音速を超えた踏み込みが、荒野の砂塵を円状に弾き飛ばした。


「なっ……速い!? だが、空中に逃げたなら軌道は読める! 逃げ場はあるまい!」


 ギースが即座に反応し、地を砕くような力で大ジャンプを放ち、『魔力障壁(シールド)』を足場に、重戦車のような巨体が、弾丸となって空中の私を猛追してきた。


「ふふ、空ならわたくしの独壇場ですわ!」


 私は背中に輝く五線譜の翼を大きく羽ばたかせ、空中でさらに『音速歩法(ソニック・ステップ)』を連動させる。


 翼の圧倒的な推進力と、ポルカが作り出した一瞬の音圧の足場を掛け合わせ、重力を無視した変幻自在の三次元機動で、下から迫るギースの頭上を鮮やかに取った。


「――『共鳴掌(レゾナンス・フィスト)』!!」


 落下速度と魔力を乗せ、私はギースのドス黒い鋼鉄の肩口へ、掌をピタリと添えるように叩き込んだ。


「ガハハハ! そんな愛撫のような打撃、この神の鎧には……グ、ガッ……ハァッ!??」


 直後、ギースの豪語が苦悶の悲鳴に変わった。


 表面のドス黒い筋肉は一切傷ついていない。


 だが、私の掌から放たれた『超高周波の振動』が、彼の強固な肉体を透過し、内臓と骨を直接、激しくシェイクしたのだ。


「表面が硬いなら、中身を直接揺さぶって差し上げますわ!」


 そのまま私は空中で姿勢を反転させ、翼をはためかせ続ける。


 宙を舞うギースの巨体の周囲に、私の残像が幾重にも重なった。


 死角から、頭上から、背後から。


 空気を切り裂く『音速歩法(ソニック・ステップ)』の軌道に乗せて、あらゆる角度から『共鳴掌(レゾナンス・フィスト)』の連撃を叩き込む!


 バチィィン! ズォォォン!


 打撃音ではなく、空気を震わせる異様な『共鳴音』が上空で連続して響き渡る。


 ギースの巨大な体が、内側からの振動に耐えかねて鐘のようにゴーンゴーンと震え、鼻や耳からドス黒い血が噴き出した。


「おのれェェェ……! 小賢しいハエがァァッ!!」


 だが、ギースの狂気はここからだった。


 彼は内臓を揺さぶられ、口からおびただしい血を吐きながらも、痛覚を完全に遮断した精神力で空中で強引に体を捻ったのだ。


「無駄だ!無駄無駄無駄ァ!!」


 四方八方から飛び回る私の残像ごと薙ぎ払うように、空中でデタラメな剛拳の嵐を放ってくる。


 重力と慣性を無視した、理不尽極まりない空中での泥臭い乱打戦!


 ドスッ!


「がはっ……!」


 空中で回避しきれなかったギースの裏拳が、私の脇腹を掠めた。


 それだけで空中で体勢が大きく崩れ、肋骨が激しく軋む。口の中に生温かい鉄の味が広がった。


(痛い……!だけど、ここで止まれば空の主導権を奪われる!)


『――♪ ――♪』


 地上からのルナリアたちのコーラスと、ポルカの共鳴が、私の中に莫大な魔力を流し込み、破壊される端から細胞を再構築していく。


 傷ついては治り、また傷つく。


 私は血反吐を吐きながらも絶対に『最高のアイドルスマイル』を崩さず、空の足場を蹴って、再び猛スピードでギースの懐へと突っ込んだ。


「お前たち……狂っているのか!?なぜそこまでして……!」


 永遠に続くかのような空中での死闘。


 笑顔のまま血を流して殴りかかってくる私に、狂信者であるギースの方がついに戦慄を覚え始めていた。


「これが、プロの歌い手ですわ!!」


「さあ、みんな! ラストサビよ! 一番熱いビートを響かせて!」


『――♪ ――♪』


 メンバーズの歌が、ポルカの光が、最高潮に達する。


「ほざけェェェェッ!!アステリアの鉄槌を喰らえェェッ!!」


 ギースもまた、残る全生命力を込め、筋肉を限界まで肥大化させた剛拳を大上段から振り下ろしてくる。


 真正面からの激突。


 だが、その前に私には最高の相棒(ポルカ)がいる。


(ポルカ! あれやるよっ! 指向性を絞って、一点集中よ!)


『了解! 準備オッケー!』


 私はポルカとの同調を高め、深く息を吸い込んだ。


『――『爆音波(ソニック・ブラスト)』!!』

「がぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 ズガァァァァァンッ!!!


 私とポルカの絶叫が、極限まで圧縮された不可視の音の砲弾となって、至近距離でギースの顔面に直撃した。


「が、ガァァァァァァッ!?」


 痛覚を消しているはずのギースが、両耳から血を吹き出して苦悶の声を上げた。


 分厚い装甲も、痛覚の遮断も関係ない。


 三半規管を直接破壊され、平衡感覚を完全に喪失したギースの巨体が、糸の切れた操り人形のように空中で激しくよろめく。


 振り下ろされるはずだった拳の軌道が、大きく外へと逸れた。


「……神の盾を名乗るなら、その盾ごと、貴方の震える心まで包み込んで差し上げますわ」


 私は、全魔力を右拳の『一点』に、祈りを込めるように圧縮した。


 碧色と桃色の光の軌跡が、私の腕に螺旋を描き、温かな熱を帯びて収束していく。


 ガラ空きになったギースのドス黒い胸板へ向け、私は大地を蹴り、真っ直ぐに右ストレートを放った。


 ゴォォォン……!


 それは破壊の轟音ではなく、巨大な鐘を優しく打ち鳴らしたような、重く澄んだ響きだった。


 私の拳がギースの分厚い胸板にピタリと触れた瞬間、そこから放たれた『星の調律』の光が、彼を狂わせていた侵蝕者の瘴気を、祈祷術の偽りの魔力を、内側から完全に包み込み、浄化していく。


「が、はァッ……!? 力が……神の、力が……」


 ギースの口から漏れたのは、怒りや苦悶ではなく、憑き物が落ちたような戸惑いの声だった。


 ガチガチに硬化し、自らの命を削って締め付けていたドス黒い鋼鉄の筋肉が、光の波に洗われて嘘のように解き放たれていく。


 血走っていた瞳から狂気が抜け落ち、一人の人間としての穏やかな色が戻っていく。


「神を騙る偽りの力は、ここまでよ。もう、自分を縛らなくていいんですのよ」


 私は、拳の力をスッと抜き、彼の巨大な体をそっと支えるようにして微笑んだ。


「……おやすみなさい、ギース」

「……あ、あァ……。なんて、温かい……光、だ……」


 内側の毒をすべて浄化され、魂の不協和音を整えられたギースは、最後にふっと、子供のように安らかな表情を浮かべた。


 そして、すべての抗う力を手放し、まるで糸の切れた操り人形のように、その場へ静かに崩れ落ちるようにして倒れ伏した。


 ドズン……と、重い音が荒野に響く。


 無敵を誇り、恐れられた異端審問官は、深い、安らかな眠りへとついたのだ。


「ギ、ギースが……あの無敵のギースが……!?」


 大司教が、腰を抜かして黄金の馬車にへたり込む。


 最強の盾を失い、さらに獣人たちの猛反攻を受けた聖教国の軍勢は、もはや完全に戦意を喪失していた。

■Tips


爆音波(ソニック・ブラスト)


かつて獣王との戦いで初披露した広範囲の衝撃波を、より指向性を強化し進化させた。


身体強化では防ぎ様の無い三半規管を、直接ぶち抜いて平衡感覚を奪うという、極めてえげつない技。


しかし、この技の最大の難点は発動のためにポルカと一緒に全力で「がぉー!」しなければならないこと。


本人は「ちょっと子供っぽすぎない!?」と密かに気にしており、もっとスマートで可愛い掛け声で発動できないかと、密かに一人で鏡の前でポーズの練習と掛け声の試行錯誤を続けている。


しかし、相棒のポルカからは「パスティ、色々試したけどやっぱり『がおー!』が一番効果(音圧)が出るんだよ!」とうまく誤魔化されており、当分はこの恥ずかしい発動キーとお付き合いすることになりそうである。

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