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第194話 【幕間】獅子の落日と、天空の歌姫

「――ガァァァァァァッ!!」


 俺の咆哮と共に振り抜かれた剛腕が、三人の白い鎧を纏った兵士をまとめて宙へ吹き飛ばす。


 だが、奴らはまるで痛覚がないかのように、空中で体勢を立て直し、折れた腕をぶら下げたまま再び無表情で突っ込んできやがった。


「ちぃっ! 気味が悪ィ連中だぜ!」


 血に濡れた拳を振り払いながら、俺――獣王国を統べる王、レオニダスは忌々しげに舌打ちをした。


 ここは獣王国の西、聖教国エリュシオンと接する国境の山岳地帯。


 見渡す限りの荒野を埋め尽くしているのは、純白の法衣と鎧に身を包んだ、聖教国の狂信者どもの軍勢だった。


 奴らの掲げる大義名分は『不浄なる獣どもの浄化』。


 神の似姿から遠い亜人を劣等種とし、侵蝕者の瘴気を招く元凶だと決めつける身勝手な教義のもと、殺戮を行う狂気の軍団だ。


 そして何より、俺たちを絶望の淵に追いやっているのは、戦場の上空を覆うドス黒く濁った白い光――高位司祭たちが展開する『神聖領域ホーリー・フィールド』だった。


「ぐ、おおぉぉ……ッ!」


 見よ。獣王国が誇る最強の戦士たち、『十王』すらもが、その異常な重圧の前に次々と命を散らしていく。


「ライガ! ガルド! 退け! お前たちまで死ぬ気か!」


 俺の悲痛な叫びも虚しく、雷獣族の長である『雷王』ライガの動きが、泥の中にいるように鈍っていた。


 普段なら雷の精霊魔術と活法術の組み合わせで不可視の速度を誇る彼だが、濁った結界が精霊の力を根こそぎ奪い去っているのだ。


『――我は神の剣、我は神の盾なり! 迷いは無し、痛みも無し!』


 呪詛のような祈祷術を叫びながら群がる何十人もの狂信者に押し潰され、ライガは「王よ……無念!」と叫び、雷光ごと白い波に飲み込まれた。


 さらに前方では、城壁すら砕く犀の獣人『甲王』ガルドが、味方の盾となって立ち塞がっていた。


 だが、痛覚を消して特攻してくる僧兵たちの無数の光の刃が、彼の分厚い皮膚を徐々に、だが確実に削り取っていく。


「ガァァァ……! 俺の背後は、抜かせねぇぞ……!」


 ガルドは無数の槍に全身を貫かれながらも、一歩も退かず、立ったまま絶命し、巨大な肉の砦と化して崩れ落ちた。


「……おのれ、聖教国どもォォッ!!」


 俺の足元では、近衛隊長のゼガが血を吐いて倒れていた。


 限界を超えて『活法術』を酷使した代償で筋肉が断裂し、もはや立ち上がることもできない。


「……申し訳、ありません。俺の、爪が……届かないとは……」

「馬鹿野郎、喋るな。……レン!」


 後方で煙管をくわえたウサギの獣人、筆頭シャーマンのレンがふらつく足で進み出た。


「……限界ですぅ、レオニダス様。奴らの結界による『重圧』が強すぎます。精霊たちも怯えきって、もう私の風では、奴らの鎧を削りきれません」


『大気よ、重石となりて罪人を圧せよ』という聖句の通り、異端者を排除しようとする空間そのものの暴力が、俺たちの生命力をジワジワと吸い取り続けている。


(……ここまでか)


 俺もまた、心臓が爆発しそうなほどの激痛に耐えかね、ついに片膝を地についた。


 黄金の輿に乗った聖教国の大司教が、冷酷な宣告を下す。


「……野蛮なる獣の王よ。その不浄なる血を、神の炎で焼き尽くしてくれる。――放て!!」


 大司教の号令で、数百の僧兵が一斉に俺たちへと殺到する。


 ゼガが絶望に目を閉じ、レンが煙管を取り落とした。


 俺もまた、最期の咆哮を上げようと牙を剥き出しにした。


 ――その時だった。


『ズンッッッ!!!』


 突如として、心臓を直接殴りつけるような、巨大な太鼓を打ち鳴らすごとき「重々しい律動」が、天から降ってきた。


「……あ?」


 突撃しようとしていた聖教国の兵士たちも、思わず動きを止めて上空を見上げた。


 濁った白い結界のさらに上、雲を突き破って現れたのは――空を飛ぶ『巨大な箱』だった。


「な、なんだあれは!?」

「空飛ぶ……箱!?」


 聖教国の兵士たちがパニックに陥る。


 それは三十人は乗れようかという巨大な鉄の箱だった。


 そして、その巨大な箱を上部から「素手でガシッと掴み」、重力を無視して飛行している小さな光の影があった。


『――♪~~ッ!!』


 箱の底面に外付けされた、朝顔のように口を開いた巨大な魔導具から、鼓膜を劈く高音と、大地そのものを激しく震わせるような重低音が爆発した。


 その音の波に呼応するように、箱の天窓や側面から一斉に放たれた「極彩色の光の槍」が、猛吹雪のように戦場を容赦なく照らし出す。


『――退きなさい、お行儀の悪いお客様たち!』


 上空から放たれたのは、暴力的なまでの『音圧』。


 それは、俺たちを押し潰していた聖教国の『神聖領域』に激突した瞬間、バリリンッ!!と、巨大なガラスをハンマーでぶち割るような凄まじい轟音を立てて、結界を粉々に粉砕したのだ!


「なっ……我が教会の結界が、ただの一瞬にして!?」


 大司教が血相を変えて叫ぶ。


 巨大な箱を掴んだままの光の影は、俺と大司教の間、戦場の中央へと静かにその鋼鉄の箱を着陸させた。


 ズゥゥン!


 着地と同時に、箱を掴んでいた影がふわりと飛び降りる。


 碧色の光の翼がバサリと広がり、光の粒子が目くらましのように周囲へ撒き散らされた。


 光の中から現れたのは、碧色と桃色のグラデーションの髪を風に靡かせ、輝く戦装束を纏った小さな背中だった。


「……お前、は……」


 俺の掠れた声に、彼女は振り返り、最高に不敵で、太陽のような笑みを向けてみせた。


「お待たせいたしましたわ! 獣王国の皆様!」


 魔導国の規格外の歌姫『メロディア』。


「メロディア……様……!」


 レンが、信じられないものを見るように口元を押さえる。


 バタンっ……と音を立てて、巨大な箱の扉が開いた。


 中から、完全武装した少女たちや、黒髪の小僧が次々と戦場へ飛び出してくる。


「……へっ。派手な登場じゃねぇか……チビ」


 ゼガが、血にまみれた口元を歪めて、かつての弟子の姿に安堵の笑みを漏らした。


「ゼガのおっさん! 死にかけるなんてダッセェぞ! 後は俺たちに任せな!」


 カイルが抜身の剣を構え、聖教国の軍勢を睨みつける。


 メロディアは、片手に握った奇妙な魔導具をクルリと回し、聖教国の大司教をビシッと指差した。


「さあ! 神様を騙る悪趣味な興行主さん! ここからはわたくし――メロディアと、最高の『仲間たち』がお届けする、熱狂の舞台ですわよ!」


 俺は、限界を超えていたはずの身体から、再び力が底なしに湧き上がってくるのを感じていた。


 あの箱から降り注ぐ彼女の歌の律動が、俺の心臓の鼓動と重なり、血を沸騰させる。


「ガハハハ! 来やがったな、小さいの! ……さあ、ここからが反撃だ!!」


 絶望の荒野は、天空からド派手に舞い降りた歌姫と仲間たちによって、今、世界で一番熱い狂乱の宴へと書き換えられたのだ。

■Tips


獣王国を統べる「獣王」の下、各部族を代表する最強の戦士たちである『十王』。


雷獣族の長『雷王』ライガと、犀の獣人『甲王』ガルドはその一角。


本来であれば彼らが集結すれば聖教国の侵攻を食い止められたはずだが、侵攻はあまりにも急であり、さらに現在、獣王国内でも東部の火山地帯など未開の地で瘴気による異変が起きており、十王の多くは他都市の防衛や調査任務に散らばっていた。


そのため、西の国境防衛線に駆けつけられたのは、ライガとガルドを含むごく一部の戦力だけであった。


ただでさえ戦力が分散している中での、神聖領域の絶対的な重圧と痛覚を持たない狂信者の波。

獣王国最強の戦士である彼らでさえ抗えない絶望的な状況でしたが、彼らが最前線で文字通り「肉の盾」となって命懸けで時間を稼いだからこそ、レオニダスやゼガたちはメロディアの到着まで持ちこたえることができた。

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