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第193話 単騎強襲! 大地の修復ステージ

精霊降(ダウンロード)同調(シンクロナイズ)!!」


 私はライムス仮司令部を飛び出すと同時に『メロディア』へと姿を変え、五線譜の光の翼を広げて空へと飛び立った。


 目指すは領都の西――山脈にぽっかりと空いた、忌まわしき巨大トンネルだ。


(ポルカ、準備はいい?)


『バッチリだよ、パスティ! いつでも最高のビートを刻めるよ!』


 私の脳内に、鈴を転がすような美しい少年の声が響く。


 音の精霊ポルカの頼もしい返事に、私は口角を吊り上げた。


 レオ兄様や魔導卿のお二方にはライムスの防衛とドローンの量産を任せ、私とポルカは単騎で音速の壁をぶち抜き、一瞬にしてトンネルを見下ろす山頂の上空へと到達した。


 眼下では、黒煙を吐き出しながら鋼鉄の運搬車両が列をなし、帝国兵たちが慌ただしく物資を運び込んでいる。


 山脈の地脈を無残に切り裂き、我が物顔で魔導国へと侵入するための「侵入経路」だ。


「さあポルカ、反撃のファーストライブの開演よ! わたくしたちの最高のステージ、とくとご覧あそばせ!」


『いくよパスティっ!――響鳴拡声(レゾナンスアンプ)!!』


 碧色と桃色のグラデーションを描くツインテールを風になびかせながら、私はトンネルを警備する帝国軍の哨戒部隊を見下ろした。


「な、なんだあの光は!?」

「空に……女が浮いているぞ!?」


 上空に現れた私に気づき、帝国兵たちが慌てて火砲の銃口をこちらへと向ける。


 ドォォォン!と、空気を切り裂いて鋼鉄の弾丸が放たれた。


「ふふっ、ライブ開幕の花火にしては華がありませんわ!」


 私は空中で軽やかにターンを踏み、重力を無視した三次元機動で飛来する弾丸を紙一重でかわしていく。


「帝国軍の皆さーん! 盛り上がってますかーっ!?」

『イェーイ! チケットの転売入場はお断りだよー!』


 私のアイドルのような煽りに合わせて、ポルカが空中で激しく明滅し、広範囲に私の声を響かせる。


 突如として空から降り注いだ甘く透き通るような声に、帝国兵たちは完全に虚を突かれ、銃を構えたままぽかんと口を開けていた。


 私は山頂の風を受けながら、胸元に下げた一つのアクセサリーを、両手でぎゅっと握りしめた。


 瓦礫と化した実家から回収してきた、お爺様からの贈り物――『黒曜石のネックレス』。


(お爺様、どうか力を貸して……。イワナガヒメ様、今こそ貴女の触媒の力を解放しますわ!)


「ポルカ! 『響鳴拡声(レゾナンスアンプ)』、最大出力ですわ!」

『了解! いっくよー、パスティ!』


 私は大きく息を吸い込み、大地の深淵に向かって、魂を揺さぶるような重低音の旋律を紡ぎ出した。


『――♪ 眠れる母なる大地よ 悠久の時を超え、今こそ目覚めの産声を――』


 ポルカの力によって何万倍にも増幅された私の歌声が、黒曜石の触媒を通じて、山脈そのものへと直接流し込まれていく。


 その瞬間、世界が震えた。


 ゴゴゴゴゴゴォォォォォ……ッ!!!


「な、なんだ!? 地震か!?」

「山が……山が鳴動しているぞ!!」


 帝国兵たちがパニックに陥る中、私は顔を顰めた。


 ぐッ……、あ……ぁッ!


 触媒である黒曜石が、火鉢に入れられた鉄のように熱を持ち、私の胸の皮膚をジリジリと焦がしていく。


 それだけではない。


 巨大な山脈を動かすという神話級の奇跡。


 たとえ地の精霊王の加護と触媒があっても、足りない莫大なエネルギーは、術者である私の『生命力』から直接、根こそぎ吸い上げられていくのだ。


 毛細血管がブチブチと悲鳴を上げ、視界が赤く点滅する。


 喉の奥から、生温かい鉄の味が込み上げてきた。


『パスティ!! ダメだ、魔力だけじゃなくて生命力まで削られてる! これ以上は君の体が保たないよ!』


 ポルカが悲痛な声を上げる。


(大丈夫……っ! 最高のアイドルは、ステージの途中で絶対に倒れたりしないわ……っ!)


 私は血の混じった唾を飲み込み、痛みに歪みそうになる顔を、意地とプライドで「最高のアイドルスマイル」へと固定した。


『――♪ 切り裂かれた傷を癒やし 不浄なる鉄を押し出せ――』


「現れなさい、大地の巨神よ!!」


 私がタクトを振るように両手を天へと掲げると、トンネルの入り口を形成していた巨大な岩壁が、メリメリと鼓膜を破るような轟音を立ててせり出し始めた。


 岩盤そのものが意思を持ち、筋肉のように隆起し、形を変えていく。


「う、嘘だろ……山肌が……腕になったぞ!?」


 帝国兵が絶望的な悲鳴を上げた。


 山脈の左右から突き出したのは、山そのもので形成された「巨大な岩の両腕」。


 イワナガヒメ様の意志が宿った『生きた岩の巨神』の顕現だ。


 私は、血を吐きそうな激痛に耐えながら、歌のテンポを最高潮のアップテンポなマーチへと切り替えた。


『さあ、巨神のダンサーたち! お行儀の悪いお客様には、お帰り願いましょう!』

『退場口はあちらだよー!』


 私とポルカのデュエットに呼応し、巨神の巨大な両腕が、トンネルの入り口へと勢いよく叩きつけられた!


 ドッガァァァァァァンッ!!!


 帝国が誇る鋼鉄の運搬車両や巨大な火砲が、巨神の掌によって飴細工のようにひしゃげ、スクラップへと変わっていく。


 だが、その掌は帝国兵たちを直接潰すことはしなかった。


 巨神の両腕は、まるで巨大なブルドーザーとなって土砂と岩の波を起こし、彼らをトンネルの奥……つまり「帝国側」へと掃き出すように追い立てていく。


「ひぃぃぃっ! 山が迫ってくるぞ!!」

「逃げろ! 押し潰される!!」


「さようなら、帝国のお客様! 不法侵入はお断りですわ!」


 そして、すべての帝国兵とスクラップをトンネルの向こう側へと排出した瞬間。


 巨神の左右の腕が、ガッチリと中央で組み合わさった。


 ズズズ……ガァンッ!!


 山脈に空いていた巨大な風穴が、最初から存在しなかったかのように、完全に融合した。


 地脈が繋がり、大地の理が正常な旋律を取り戻していく。


「……これにて、大地の修復、完了……です、わ」


 ゴホッ、と最後に咳き込み、私は空中で姿勢を崩した。


 口の端から一筋の血が滴り、全身の筋肉が千切れそうなほどに痛む。


『パスティ……っ! 無茶しすぎだよ……僕、心臓が止まるかと思った……』


 ポルカが涙ぐんだ声で縋る。


「ふふっ……ごめんなさいね、ポルカ。でも、アンコールはなし……一発勝負の最高のライブだったでしょう?」


 私は、胸元の黒曜石のネックレスが微かに温かい光を放っているのを確認した。


 これで、帝国の無尽蔵の補給は断たれた。ライムスの防衛線は、確固たる時間稼ぎの猶予を得たのだ。


「さあ、レオ兄様たち。ここからの防衛とドローンの量産は任せましたわよ」


 私は血を拭い、上空からライムスへ向けて、気丈に、最高に輝く笑顔でエールを送った。


「わたくしたちは休む間もなく、獣王国と極東へ向かいますわ。……世界を救うための、最高に過酷な『ワールドツアー』の始まりですわね!」

■Tips


神話級の奇跡


「歌姫の意地」と 祖父から贈られた「黒曜石のネックレス」を触媒にし、地の精霊王イワナガヒメの加護を借りた地の精霊魔術。


巨大な山脈を生物のように動かすという規格外の奇跡は、圧倒的な魔力だけでなくパスティエールの「生命力」まで削り取る、それはまさに古代精霊魔法に等しく。


血を吐くほどの激痛に襲われながらも、決して笑顔を崩さず歌い切ったのは、彼女の「歌姫」としての意地とプライドの証明。

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