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第192話 希望の歌を響かせよ

 薄暗いライムスの仮司令部。


 円卓を囲む大人たちの顔は、どれもこれも絶望の淵に立たされたように暗く沈みきっていた。


 空気は重く、まるで鉛のように肺にのしかかってくる。


 現在、この場に集まっているのは、当主代理として防衛戦を取り仕切る長兄のレオナルド兄様。


 怒りと焦燥で拳を白くなるまで握りしめている次兄のギルバート兄様。


 魔導国の最高戦力である六卿から、天象卿シエル・ウィンド様と、贋命卿イゾルデ・アニムス様。


 偵察から戻ったばかりのクロウさんと、ファルコーネ様。


 そして私、パスティエールと、技術担当としてペトラにも同席してもらった。


 最初に重苦しい口を開いたのは、南の港町サザンを上空から偵察してきたクロウさんだった。


「カァ……。酷ぇ有様だったぜ。サザンの港には、帝国の巨大な戦艦が二隻も着岸してやがった。街は火砲の砲撃で完全に廃墟だ。帝国兵が我が物顔で歩き回り、海には瘴気に当てられ狂暴化した海の魔獣がわんさか溢れてる。……上空から見た限り、領民の姿は全く見えなかった。生存は絶望的だろうな」


 クロウさんの声には、いつもの飄々とした響きがない。


 私の胸が、ギリッと音を立てて締め付けられた。


 あそこは、私が「豊漁と凪の精霊」と出会い、漁師さんたちと一緒に『ヨッコラヤッコラ節』を歌って笑い合った、温かい街だったのだ。


 あの笑顔の漁師さんたちも、美味しい海産物も、すべてが帝国の暴力に蹂躙されてしまったというのか。


 続いて、ファルコーネ様が北部の状況を報告する。


「遺跡の街ケルドには、まだ帝国の魔手は届いていないようでした。街の代官と、冒険者ギルドのギルド長――顔に傷のある女性に話を聞きました。森の扉の街シルヴァから逃げてきた領民を保護し、帝国兵の襲来に対する防衛の備えは進めているとのことです。ただ……」


 ファルコーネ様は少し言い淀み、レオ兄様を見た。


「戦力となる冒険者たちは、帝国の火砲の恐怖から、その大半が王都へと逃げ散ってしまったそうです。そして、ライナス辺境伯様と、エリアーナ夫人も……ケルドにはいらっしゃらないとのことでした」


「……そうか」


 レオ兄様がつぶやく。


「続けてシルヴァを偵察しましたが、街には火砲の痕跡と魔獣による大規模な襲撃跡があり、現在は帝国兵が駐留しています。しかし……不思議なことに、領民や領兵の死体すら、全く見当たりませんでした」


 その言葉に、レオ兄様が鋭い視線を向け、顎に手を当てた。


「……なるほど。あの両親が、ただ逃げ惑うなどあり得ない。シルヴァの領民をケルドへ逃がした後、シルヴァの残存兵力と共に潜伏し、機を窺っている……そう考えるのが妥当だな」


「ええ。私もそう思いますわ」


 私は力強く頷いた。


 お父様もお母様も、そしてお爺様も、絶対に生きている。


 そして、必ず反撃の牙を研いでいるはずだ。


「次は、わたくしたちからの報告です。……領都アイアン・フォルトは、完全に廃墟と化していました。生存者は見当たりません。ですが、それ以上に厄介なものを見てしまったのですわ」


 私は、故郷の無惨な姿と、その奥に見た異様な光景を思い出しながら告げる。


「領都の西、我々を守るはずの山脈を貫くように、不気味で巨大な『トンネル』が開通していました。そこから鋼鉄の運搬車両が、続々と帝国兵と物資を森の深淵へと運び込んでいます。おそらく、侵蝕者バトラコスの腐食の力で山を穿ち、補給路を構築したのでしょう」


 その言葉に、贋命卿イゾルデ様が豪快に笑い飛ばした。


「ガハハハ! 鋼鉄の運搬車両か! 帝国もなかなか面白いもんを作ってやがるじゃねぇか!」


「イゾルデ卿、笑い事じゃねえぞ!」


 バンッ!と、ギル兄様が怒気を孕んだ声で机を叩いた。


「俺たちの故郷が踏みにじられてるんだ! 面白いだの何だのと……!」


「おっと、悪りぃ悪りぃ。……技術者としての血が騒いじまっただけさ。悪気はねぇよ」


 イゾルデ様は頭を掻きながら、豪快に肩をすくめてみせた。


 一方で、天象卿シエル様は氷のように冷たい声で分析する。


「……報告通りであれば、精霊に対する暴挙ですね。山脈の地脈を物理的に破壊して道を作るなど、精霊の理を著しく歪める行為です。ですが、その証言通り、あそこから帝国の補給が無尽蔵に行われているのだとすれば……戦局は極めて不利と言わざるを得ません」


 レオ兄様が重々しく頷く。


「このままライムスで防衛戦を続けていても、いずれ完全なジリ貧になる。魔導国としては、何としてもそのトンネルを確保、あるいは破壊しなければならない。だが、正面から帝国軍を押し返すだけの戦力は、今の我々にはない」


 重苦しい沈黙が、再び会議室に落ちる。


 圧倒的な戦力差。


 次々と押し寄せる帝国の軍靴の音。


 誰もが打つ手なしかと俯きかけた、その時だった。

 ダンッ!


 私は両手で円卓を叩き、勢いよく立ち上がった。


「皆様! 下を向いて絶望するのは、まだ早いですわ!」


 全員の視線が、一斉に私に集まる。


 私は、この絶望的な盤面をひっくり返すための、たった一つの『ハッピーエンドへのロードマップ』を、自信満々の笑顔と共に提示した。


「正面からぶつかって勝てないなら、盤面ごとひっくり返せばいいのです! メロディアとしての、わたくしたちの『優先順位』を発表しますわよ!」


 私は指を一本立てる。


「第一に、最優先事項! イゾルテ様。 鏡像卿ノクス様と、うちのペトラと協力して、『ラジオ』の完成を急いでください!」


「おぉ、理論は聞いたぜ!しかしそのラジオとやらを完成させてなにすんだよ」


「ええ。このラジオを完成させ、わたくしたちの『希望の歌』を大陸全土へ一斉にライブ配信します! これで広域の帝国兵や魔獣の洗脳を浄化し、同時に、森に潜伏しているであろう父上たちへ、一斉蜂起の『合図』を送るのですわ!」


「待ってくれ、パスティ」


 レオ兄様が冷静に突っ込みを入れる。


「王都からライムスまでの電波塔はいい。だが、受信機はどうする? 敵陣や森の奥深くにいる帝国兵や父上たちには、どうやって歌を届けるつもりだ? 受信機と受信塔のセットがなければ、音は減衰して遠くには届かないのだろう?」


「ふふっ、そこですわ!」


 私は待ってましたとばかりに、羊皮紙に四つの『上向きについた風車』のような羽根を持つ奇妙な機械の図解を素早く描き、円卓の中央に滑らせた。


「受信塔を建てる時間がないなら、受信機とスピーカーを積んだ塔ごと、空に飛ばしてしまえばいいんですの!」


「空に……飛ばす?」


 全員がポカンとする中、私は図解を指差した。


「ええ『虚魂術(ホロウ・アーツ)』の技術を使います。この四つの風車のような羽根を、虚魂術のコアに刻んだ命令式で超高速で回転させ、風を真下に押し出します。その反発する力で機体を空中に浮かせるのです。名付けて『自律飛翔型(ドローン)ゴーレム』!」


「風車で風を押し出して、その反発で浮く……?あっ!」


 ペトラの目が、カッと見開かれた。二人の技術オタクの血が完全に沸騰したのがわかる。


「王都のダイナモ実験で考案した、車輪を回し続ける『ゴーレム・エンジン』の回転力を、この羽根に伝えれば浮く力は生み出せる……! でも、空中でひっくり返らないようにバランスをとるなんて至難の業だよ……」


「ガハハハ! そこはアタシの出番だろ!」


 イゾルデ様が巨大なジョッキを机に叩きつけ、豪快に笑った。


「アタシの『虚魂術』のコアを積んで、機体が傾きそうになったら四つの羽根の回転速度を自動で微調整するように命令式を組み込めば、自律で姿勢制御できるじゃねぇか! アタシのゴーレムが空を飛ぶ日が来るとはな! 面白ぇ!」


「魔力カートリッジを動力にすれば、燃料が尽きるまでの数時間、上空で静止して『見えない電波塔』のネットワークを構築できるよ! 徹夜で量産型の『ドローン』とやらを組み上げてやる!お嬢っ!魔道銀追加ねっ」


 ペトラも興奮気味にまくし立てる。


 私は二本目の指を立てる。


「第二に、別働隊の編成による二面作戦です。ドローンの量産とラジオの準備を進める間、わたくしたちメロディア・メンバーズは、聖教国の狂気に晒されている『獣王国』の救援に向かいます。そして同時に、モミジの故郷である『極東の島国』へ探索部隊を派遣しますわ!」


「極東へ……?」と、シエル様が眉をひそめる。


「はい! わたくしたちはすでに、北の古代ドワーフ帝国遺跡で『地の精霊王イワナガヒメ様』と邂逅し、加護を得ています。残る精霊王の手がかりは極東にありますの。侵蝕者を完全に討ち滅ぼすための力を、わたくしたちが必ず持ち帰ってみせますわ!」


 私は最後に、レオ兄様、シエル様、イゾルデ様を真っ直ぐに見据えた。


「そして第三に……レオ兄様、魔導卿のお二方。このライムスの防衛線の死守をお願いいたします! ラジオが完成し、わたくしたちが精霊王の力と共に帰還するまでの時間を、どうか、どうか稼いでくださいませ!」


 あまりにも無謀で、規格外で、そして――最高にワクワクする希望に満ちた作戦。


 その壮大な計画に、シエル様が静かに眼鏡を押し上げた。


「……非論理的なまでに無謀な計画ですが、その『トンネル』による精霊の理の歪みを見過ごすわけにはいきません。……しかし、パスティエール嬢」


 シエル様は、その冷徹な青い瞳で私を射抜いた。


「広域通信網の展開による情報統制、他国への武力介入や探索部隊の派遣、そしてこのライムスの防衛線の維持。これらは一領主の代理や、我々魔導卿の独断で決定できる範疇を超えています。国家の命運を分ける決断には、魔導王陛下の承認が不可欠です」


「ええ、分かっていますわ」


 私は力強く頷き、部屋の隅に設置されたばかりの無骨な機械――「ゼノン式通信機」を指差した。


「だから、直接お伺いを立てますのよ」


 レオ兄様が静かに立ち上がり、通信機のレバーに指を添え、深く息を吸い込んだ。


「王都へ打電する。『メロディアによる自律飛翔型(ドローン)ゴーレムを用いた広域配信網の構築』『特命歌劇長による獣王国・極東への別働隊派遣』『ライムス防衛における魔導卿の全権行使』……以上三点の許可を求める」


 レオ兄様の指先が、迷いなく力強くレバーを叩く。


 乾いた打鍵音――トントンツーという信号が、魔力波となって瞬時に王都エレメンシアへと飛んでいく。


 司令部に、痛いほどの沈黙が落ちた。


 皆が通信機の反応を固唾をのんで見守る。


 数分後。 ガチャン、と通信機が震え、王都からの返信を告げる打鍵音が鳴り響いた。


 レオ兄様が、送られてきた信号を自ら素早く羊皮紙に書き起こしていく。


「王都、魔導王陛下より返信……読み上げる!」


 レオ兄様の声が、わずかに、けれど熱く震えていた。


『トクメイカゲキチョウ、オヨビ、マドウキョウニ、ゼンケンヲ、ユダネル』

『キボウノ、ウタヲ、ヒビカセヨ』


 その短い、しかし絶対的な王の承認と激励に、司令部の空気が一気に熱を帯びた。


「……法的手続きはクリアされましたね」


 シエル様も、冷たい声の中に確かな闘志を滲ませて頷く。


「精霊の導きに従い協力しましょう。……私たちが、帝国の進行の時間を稼げばいいのですね?」


 魔導国の最高権力者の承認と、二人の魔導卿の全面的な賛同を得て、当主代理たるレオ兄様が力強く立ち上がった。


 その顔には、もう迷いも絶望もなかった。


「ゼノン家の、いや、魔導国の反撃はここからだ! 総員、作戦開始!」


「「「応ッ!!」」」


 力強い返事が、仮司令部に響き渡る。


 私の頭の中に、ポルカの声が『ピィッ!』と響く。


(さあポルカも、準備はいいかしら?)


 私はニヤリと笑い、拳を強く握りしめた。


 故郷を奪われ、絶体絶命のピンチ? 大歓迎ですわ。


 ここからが、私――パスティエール・ゼノンがプロデュースする、世界で一番熱くて最高のステージの始まりなのだから!

■Tips


レオナルド・ゼノンは、祖父ガレオスや父ライナス、母エリアーナといった、圧倒的な「武」と「魔」の頂点に立つ規格外の家族の中で、後方支援と内政を司る「盾」としての道をストイックに模索し続けてきた知性派である。


幼少期より妹パスティエールを宝物のように溺愛し、本来であれば彼女を死地へと送り出す無謀な別働隊作戦には断固反対する過保護な性質を持っていたが、故郷陥落という未曾有の危機に際し、彼は「兄」としての私情を殺して「ゼノン辺境伯家当主代理」としての職責を完遂する決断を下した。


作戦の全権承認を求める際、愛する妹を危険に晒す痛みも、国家規模の軍事作戦を主導する重圧も、すべて自身が背負うという不退転の覚悟の表れである。


この打鍵音こそが、彼が偉大な家族の影から脱却し、自らの知性と責任感で家門を牽引する「真の領主」へと完全に覚醒した瞬間であったと言える。

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