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第122話 炎帝

 モミジの攻略に成功した翌日。


 私、ルナ、モミジ、そしてランドルフの四人は、放課後の旧校舎裏にある「第三演習場」を訪れていた。


「……オラァッ!!」


「うおおおおッ!!」


 荒れた演習場には、土煙と怒号が舞っていた。


 そこにいたのは、ガント君を中心とした平民出身の生徒たちだ。


 彼らは泥だらけになりながら、ひたすらに魔術の特訓を続けている。


「いいか! 俺たちには後ろ盾がねぇ! 今回の試験、実技で赤点を回避して、Eクラス科にしがみつくしかねぇんだ!」


 ガント君が地面を踏みつけ、仲間を鼓舞する。


 彼らの目には、焦燥の色が浮かんでいた。


 今回の「赤点=即退学」という理不尽なルール変更に、最も危機感を抱いているのは彼らだ。


 けれど、その努力の方向性は――あまりにも非効率だった。


「……そこまでですわ」


 私が声をかけると、ガント君がビクッと肩を震わせ、振り返った。


「あぁん?……なんだ、御貴族様(おきぞくさま)一行かよ。冷やかしなら帰んな」


「冷やかしではありません。貴方たちを『勉強会』に誘いに来ましたの。……その無駄だらけの特訓を続けるより、私たちと力を合わせた方が建設的ですわ」


 私の言葉に、ガント君のこめかみに青筋が浮かんだ。


「……無駄、だと?」


「ええ。魔力の使い方が雑ですし、ペース配分もめちゃくちゃ。それでは実技試験で魔力切れを起こします」


 図星だったのだろう。


 ガント君だけでなく、周囲の生徒たちも殺気立ち、私たちを取り囲むようにジリジリと距離を詰め始めた。


「……ふざけんなよ。苦労知らずの貴族が、偉そうな口きくんじゃねぇ!」


 ガント君が私の前に立ち塞がり、見下ろすように睨みつける。


「俺たちはな、泥水すすってここまで来たんだ! 幼い頃から英才教育を受けてるテメェらとは違うんだよ!」


「……ふぅ」


 私は小さく溜息をついた。


 言葉で説得するのは無理ね。なら――。


「分かりました。……そこまで言うなら、証明なさい」


 私は制服の上着を脱ぎ、ルナに預けた。


 そして優雅にシャツの袖をまくり上げる。


「私が勝ったら、全員大人しく私の指導に従うこと。……どちらが正しいか決着をつけましょうか」


 全員の前での、公開決闘の申し込み。


 ガント君は口元を歪め、獰猛に笑った。


「へっ、上等だ!……中間試験より前に学園から追い出してやるよ!」


 演習場の空気が張り詰める。


 審判は、欠伸を噛み殺しているランドルフだ。


「……始め」


 その合図と同時だった。


 ガント君が地面を踏み砕き、雄叫びを上げる。


「先手必勝オォォッ!!」


『――岩石弾(ロック・バレット)!』


 拳ほどの大きさの(つぶて)が五つ、散弾のように私へ向かって放たれる。


「危ないっ!」


「パスティ!!」


 ルナとモミジが悲鳴を上げる。


 だが、私の目には止まって見えた。


(……地の精霊魔術は使えるのか、やるじゃん。でも魔力の流れが一点に集まりすぎているから、射線が丸わかり!)


 私の『瞳』には、彼が練り上げた魔力の光が、次にどこへ向かおうとしているのかが手に取るように分かった。


 私が使えるのは、基礎魔術の『身体強化(ブースト)』のみ。


 だが、それだけで十分だ。


 パァンッ!!


「なっ!?」


 私は最小限の動きで(つぶて)(かわ)し、避けきれない一発を、『身体強化(ブースト)』を全開にした拳で弾き飛ばした。


「す、素手で『岩石弾(ロック・バレット)』を弾いたぁ!?」


「遅いですわ! 魔力の流れがバレバレですもの、撃つタイミングさえ判れば!」


 私は説教をしながら、一気に距離を詰める。


 お爺さま仕込みの格闘術、『身体強化』による身体能力の向上。


 接近戦の私は、強いわよ!


「くっそオォォォ!!」


 接近を許したガント君は、咄嗟に魔術を展開した。


 地面が隆起し、分厚い岩の壁――『大地の壁(グランド・ウォール)』が私の前に立ちはだかる。


「へっ! これなら壊せねぇだろ! この隙に――」


「そこっ! 魔力の『綻び』が見えていてよ!」


 私は止まらなかった。


 私の『瞳』には、その岩壁の魔力が不均一に固まり、脆くなっている「継ぎ目」がはっきりと見えていた。


 小細工は不要。


 そこへ向かって、私の持てる全魔力を右足の一点に叩き込む!


「砕けなさいッ!!」


 放ったのは、渾身の跳び蹴り。


 ドゴォォォォォンッ!!


 爆音と共に、堅牢なはずの岩壁が粉々に砕け散った。


「は……?」


 壁の裏にいたガント君は、降り注ぐ岩の破片と衝撃波をもろに受け、木の葉のように吹き飛ばされた。


 彼は地面を数メートル転がり、大の字になって伸びてしまった。


 静寂。


 見ていた生徒たちは、ポカンと口を開けて固まっている。


「……あやつ、拙者より乱暴じゃな」


「……蹴りで『大地の壁(グランド・ウォール)』をブチ抜いたぞ。化け物かよ」


 モミジとランドルフの呆れたような声が聞こえる。


 私は息を整え、倒れたガント君のもとへ歩み寄った。


「……ぅ、ぐ……」


「分かりましたか? ただ闇雲に魔力を込めるだけではダメなんです」


 私は彼を見下ろし、手を差し伸べた。


「すでに精霊魔術を行使できる貴方は才能があります、魔力制御のムラを正しい知識で補えば、貴方の魔術はずっと強くなりますわ」


「…………」


 ガント君は呆然と空を見上げ、やがて力なく笑った。


「……へっ。完敗だ。……まさか『身体強化』だけで俺に勝つとはな……」


 彼が私の手を取ろうとした、その瞬間だった。


 ズドォォォォォォォンッ!!!


 演習場の入り口付近にあった防護壁が、凄まじい爆炎と共に吹き飛んだ。


 熱風が吹き荒れ、生徒たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


「な、なんだ!? 魔術の暴発か!?」


「おい見ろ! あの炎……!」


 もうもうと立ち込める砂煙の中から、ゆらりと現れた人影。


 燃え盛る炎を全身に纏い、怒髪天を衝く勢いで歩いてくるその男は――。


「――おい。誰だ? 俺の愛しいパスティに『決闘』などという野蛮な真似を強要した愚か者は?」


 地獄の底から響くような声。


 高等部3年生主席にして、私の兄。


 ギルバート・ゼノンだった。


「げっ。お兄様!?」


 どうやら「妹が決闘している」という噂を聞きつけ、ものすごい勘違いをしたままに乗り込んで来てしまったらしい。


「パスティ! 怪我はないか!? ……む」


 彼は私の『身体強化』による魔力の揺らぎを即座に感知すると、その双眸に武人のギラついた光を宿した。


「……ほう。随分といいツラになったな、パスティ。重心が安定し、魔力の密度もあがっている。」


「え、あ、はい。実戦にはことかかなかったものですから……」


「……なるほど、実戦で磨いたか。ならば――成長した妹の力……兄が直々に確かめてやる」


 ギル兄様はニヤリと笑い、戦斧(せんぷ)を両手に構える。


 戦斧に、紅蓮の炎がドォッと宿る。


「ちょ、お兄様!? 今はそういう時じゃ……!」


「行くぞッ!!」


 問答無用。


 ギル兄様は爆発的な加速で戦斧を振るい、炎を纏った斬撃を繰り出してきた。


ズォォォォンッ!!!


 大気を引き裂く轟音。


 戦斧の軌道に沿って、巨大な炎の刃が扇状に広がり、演習場の防護柵を飴細工のように溶かしながら迫り来る。


「ひゃうっ!?」


 私は反射的に全魔力を脚部に集中、回避に専念する。


 一閃。


 炎の刃が私の前髪を数ミリかすめて通り過ぎ、背後の訓練用の鉄柱が真っ二つに両断される。


(……本気!? 自分の可愛い妹を焼き払う気なの、この脳筋兄様は!!)


「ははは! 避けるか! ならば、次は逃がさんぞ!」


 ギル兄様が詠唱とともに戦斧を天高く掲げる。


「『爆炎衝エクスプロージョン・ドライブ』!!」


 振り下ろされた刃が地面に激突した瞬間、私の足元から火柱が噴き上がった。


 私は『身体強化』を限界まで引き上げ、爆発の余波を捉えて蹴り飛ばす。


 衝撃を推進力に変え、空中で一回転して着地。


 ドォォォォンッ!! ドォォォンッ!!


 止まらない。


 ギル兄様が斧を叩きつけるたびに、演習場はまるで爆撃を受けているかのような地獄絵図と化していく。


「な、なんだあれ……」


「すげぇ、さすが高等部三年の主席……」


「あのギルバート様の攻撃をぜんぶ紙一重で避けてるわ、あの子……」


「なんで騎士科のトップの攻撃に、魔術科の生徒が渡り合えるのかしら……」


 ガント君たちが腰を抜かして震える中、私は必死に兄様の魔力の流れを『瞳』で確認していた。


(……見えますわ! 次の予備動作、魔力が右腕に集束している。次は――縦一閃!)


 予読み通り、ギル兄様が真っ向から斧を振り下ろす。


 私はそれを半歩だけ横にずれて回避。


 直後、私がいた場所は深さ1メートルを超えるクレーターに変わり、溶岩のような熱が足裏を焼く。


「……っ、このっ! お返しですわ!!」


 隙だらけのギル兄様の脇腹に向け、私は最小限のモーションで掌底を繰り出した。


 バァァァァンッ!!


 『身体強化』による一撃が、兄様の纏う炎の障壁を貫き、脇腹に直撃する。


「……ふむ。今の重み、悪くないぞ、パスティ!」


 まともに食らったはずの兄様は、1ミリも動かなかった。おそらくインパクトの瞬間に『身体強化』で魔力を集中させて守ったのだろう。


 ギル兄様は満足げな笑みを浮かべて私の手首を掴もうとする。


「怖いですわ、ギル兄様!!」


 私は掴まれる寸前で手を引き、バックステップで距離を取る。


 そこからは、もはや魔術学園の演習場とは思えない光景だった。


 赤々とした炎をまき散らし、重戦車のように突っ込んでくる兄様と、桃色の残像を残しながら紙一重ですべてを躱し続ける私。


 衝撃波でガラスが割れ、炎が空を焼き、砂塵が渦巻く。


(さすがに、あの戦斧を素手で受け止める勇気はないけれど……でも、このスピードなら!)


 数分間の、息をもつかせぬ攻防。


 演習場の半分がクレーターと化した頃、兄様が不意に動きを止めた。


「……潮時か」


 兄様が戦斧をこちらに投擲してくる。


 それに気を取られた一瞬で、兄様が私の背後に回り込む。


 速い。今までの力任せな動きは、私の反応速度を測るためのエサだったのか。


 振り向いた私の首元に、冷たい短剣の刃がピタリと突きつけられた。


「……ここまでだ」


「……あ、あはは。……降参ですわ、お兄様」


 私は両手を上げ、全力で降参の意を示した。


 やはり、対人戦の経験と技量が違いすぎる。素の私じゃ手も足も出なかった。


 兄様は満足げに剣を収め、私の頭をワシャワシャと撫でた。


「まだまだ甘いな。だが、見違えたぞ。……これなら、どこに出しても恥ずかしくない」


 そして、兄様は凍えるような視線を、腰を抜かしているガント君たちに向けた。


「……おい。そこで震えている貴様ら」


「ひぃっ!? は、はいッ!!」


「俺の妹が、わざわざ時間を割いて貴様らの世話を焼こうとしているようだが? ……まさか、断るつもりではあるまいな?」


 背後に揺らめく炎の幻影。


 絶対的な強者からの、有無を言わせぬ圧力。


 ガント君は顔を青ざめさせ、高速で首を縦に振った。


「い、いえっ!! めっっっそうもございません!!」


「喜んで!! 参加させていただきますッ!!」


 他の生徒たちも一斉に土下座する勢いで承諾した。


 私の勝利に加え、この化け物の妹であるという事実は、彼らの反抗心をへし折るのに十分すぎたようだ。


 こうして。


 兄様の乱入により、Eクラス全員が勉強会のテーブルに着くことになった。


「さて。メンバーは揃いましたわね」


 私は砂埃を払い、ニッコリと微笑んだ。


 明日からは、ヴィオラ先生による「地獄の訓練」が始まる。


(ふふ。楽しい中間試験になりそうですわ)

■ Tips


平民にとっての『魔導エリート街道』


 魔導学園は、平民であっても入学の門戸は開かれている。


 商家の子供や、稀にみる魔術の才能を認められた裕福な平民の子弟が、初等部から入学。


 そこから内部進学で中等部、高等部を経て、最終的に国の最高機関である『魔導院』へと入るのが、この世界における平民の最高峰の出世街道とされている。


 しかし、その道のりは険しい。


 幼少期から一流の家庭教師を雇い、一対一の英才教育を受けてきた貴族の子弟たちは、基礎魔力の段階で平民を圧倒している。


 初等部からの内部進学者であれ、中等部からの編入組であれ、成績上位クラス(A・Bクラス)はほぼ例外なく貴族が独占しているのが現状である。


 ガントたちのような平民出身の生徒にとって、学園は「夢の場所」であると同時に「負けられない戦場」であり、一度でもドロップアウトすれば、莫大な授業料を無駄にするだけでなく、一族の期待を裏切ることになるのだ。

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