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第116話 放課後革命

 授業初日。


 魔術学園での生活がいよいよ本格的にスタートした。


 ホームルームで配られた名簿を眺め、私は改めて自分の置かれた状況――Eクラスという場所の「現実」を突きつけられることになった。


 クラスの生徒数は三十名。そのうち、貴族の生徒はたったの三名しかいない。


 一人は、私。


 もう一人は、隣の席で常に震えている小動物系令嬢、ルナリアさん。


 そして最後の一人は、教室の後方で机に突っ伏して爆睡している男子生徒、ランドルフ君だ。


 彼はずっと寝ているので性格は不明だが、その背中からは「関わるな、面倒くさい」というオーラが全開で放たれている。


 残りの二十七名は、平民出身者で初等部からの内部進学だそうだ。


 当然、クラス内の空気は最悪で、一触即発の「貴族vs平民」という冷ややかな対立構造が出来上がっていた。


 しかも、昨日のホームルームで私がヴィオラ先生に良い返事をしてしまったせいで、私は平民グループ――特に、リーダー格のガント君たちから「体制側に媚びるお飾り貴族」として、完全に敵意の的にロックオンされていた。


(……クラス内は完全アウェー、学級崩壊一歩手前ね。でも、負けないわ。ここは私の戦場だと思って乗り切るしかないんだから!)


 一限目は、屋内演習場での「基礎魔術測定」。魔術師としての基礎的なポテンシャルを測る、学園生活最初の難関だ。


「えっと……まずは体力測定を行います……。『身体強化(ブースト)』を駆使して、100m走、走り幅跳び、遠投などを行います……」


 ヴィオラ先生がおっかなびっくり指示を出す。


「へっ、見てろよ!」


 ガント君が前に出て、足に魔力を集中させた。ヴィオラ先生の合図とともに、彼は唸りを上げて走り出す。


 走り終わったガント君は鼻高々にドヤ顔をしているが、私の『瞳』から見れば、うーん、25点かな。魔力にムラがありすぎるし、出力もイマイチ。


 何人か男子が続くが、どの子もパッとしない。


 次に、いつも寝てばかりいるランドルフ君の番となった。私の『瞳』に映る彼の魔力は、驚くほど澄んでいて、全身を淀みなく循環している。


 これは……と期待して注目したのだが、彼はいざ走り出すと「ヒイ」とわざとらしい声を出し、これまでの男子と大差ない平凡なタイムで駆け抜けた。


(……あいつ、絶対手抜いてるわね。なにか訳ありなのかしら)


 続いて女子の番。数人が走り終わり、次はモミジさんの番だ。彼女の魔力量は見た限りそこまで多くない。『身体強化』も、控えめに見える。


 が、いざスタートの合図が響くと、彼女は今までの男子全員をぶっちぎる異常な速さで風になった。


(え、まさか素の身体能力が凄いの? あの角も気になるし、やっぱりもっと仲良くなろうっと)


 そして、ついに私の番が回ってきた。ここは本気で行かせてもらおう。こちらを舐めきっているガント君たちを黙らせるのだ。


 背後からは嘲りの声が容赦なく飛んでくる。


「貴族の令嬢は、お屋敷にでも引きこもってろって」

「どうせまともに『身体強化』も扱えないんだろ」


(……好きに言えばいいわ。こちとら常日頃全力で魔獣をしばき倒してるのよ、全力を出せば通常時の三十倍……いくわよ!)


 先生の合図とともに、私は地面を蹴り抜いた。


 ドゴォォォォォォォン!!!


 蹴った地面が爆発し、派手なクレーターが生まれる。凄まじい風圧でヴィオラ先生を後方に吹き飛ばしたその瞬間、私はすでにゴールラインに到達していた。


「…………は?」


 ガント君たちが口をあんぐりと開けて固まった。ふふん、どう?身体強化歴10年よ!


 その後も、私の「一人舞台」は続いた。走り幅跳びでは室内演習場が狭すぎて対面の壁に着地し、遠投では壁をぶち抜く始末。


 これだけ見せつければ、ガント君たちも少しは認めてくれるだろう――そう思った矢先、私は次の課題で膝を屈することになる。


「続いて、『魔力弾(バレット)』の測定です……。的へ向かって魔力を飛ばしてください……」


 ……わかってる。わかってるわよ。私は右手を前に突き出し、十メートル先の的に向かって、体内の魔力を一点に集中させた。


「……ふん!」


 ポシュッ……しゅるるる……。


 指先から放たれた魔力は、情けない音を立てて霧散し、的の遥か手前で力なく消えた。


 ……届かない。


 何度やっても、私の魔力は体から離れた瞬間に制御を失い、拡散してしまうのだ。


 続く『魔力障壁(シールド)』も同様。薄い膜が一瞬できるだけで、指先で突けば割れそうなほど脆い。


「あーあ。なんだよ、結局『身体強化』しか使えないただのゴリラかよ」


「魔術師としては致命的だな。騎士科と入る場所を間違えたんじゃねー?」


 さっきまでビビっていたガント君たちが、これ見よがしに笑い始めた。悔しいけれど、反論できない。魔力放出ができないのは、魔術師として致命的な欠陥なのだから。


 続いて、ルナリアさんの番になった。彼女はおずおずと前に出ると、震える両手を胸の前でギュッと組んだ。


「うぅ……えいっ……!」


 ポシュッ。


 彼女の手のひらからは、小さな光の玉が出ただけだった。障壁に至っては、展開することさえできなかった。


「ギャハハ!見ろよあいつもダメダメじゃん!」


「フォーマルハウト家って『言霊魔術(ワード・アーツ)』の名門だろ?マジで落ちこぼれじゃん!」


 容赦ない罵声が浴びせられる。


 ルナリアさんは顔を真っ赤にして、泣き出しそうになりながらうつむいた。その時、私は『瞳』で彼女の魔力を見た。


(……あれ?)


 彼女の体の中には、膨大な魔力が渦巻いている。


 けれど、それは出口を見つけられず、内側で激しく暴れ回っていた。


 外に出そうとすればするほど、パイプが詰まるように出口で渋滞し、結果として何も放出できない状態。


(……似てるわ。これ、昔の私と同じじゃない)


 私も、歌という「特別な出口」を使わなければ、魔力を外に放出するのが極端に苦手だ。彼女もきっと、自分に合った方法を知らないだけなのだ。


 不器用で、もどかしい魔力の揺らぎ。それは、まるで鏡の中の自分を見ているようだった。


「はい、そこまで……!静かにしなさい……!」


 ヴィオラ先生が仲裁に入るが、嘲笑(ちょうしょう)は止まない。


 ちなみに、モミジさんも『魔力障壁』や『魔力弾』が苦手な様子だったし、ランドルフ君は相変わらず丁寧な魔力操作を見せつつも、ギリギリ最低限の結果を叩き出して欠伸をしていた。


 ……なぜ彼らがこのクラスにいるのか。それぞれの事情がありそうだ。


 放課後のホームルーム。教室の雰囲気は、どんよりと停滞していた。


「えっと……一ヶ月後には中間試験、三ヶ月後には『クラス対抗戦』があります……」


 ヴィオラ先生の言葉に、教室中から深い溜め息が漏れた。


「対抗戦?無理に決まってんだろ」


「どうせAクラスの引き立て役だ。適当にサボろうぜ」


 負け犬根性が蔓延している。このままでは、私たちは卒業までずっと嘲笑の対象として扱われ続けることになるだろう。


 私は自問自答した。目立たず、この空気に同調して過ごすのが楽な道かもしれない。


 でも。そんな惨めな学園生活が、私の目指す「ハッピーエンド」なわけがない。


(……違うわ。私は元大人、この子たちを導く義務がある。泥舟に乗ったのなら、それを超豪華客船に改造してやるのが私の流儀よ!)


 先生が教室から出て行き、皆が寮に戻ろうとするタイミングで私は立ち上がり、教卓の前へと歩み出た。


「皆様!聞いてください!」


 私が声を上げると、ざわめきが止まり、冷ややかな視線が集まった。


「このまま負け犬で終わるのは癪ではありませんか?Aクラスを見返してやりたいとは思いませんか!?わたくし、勉強会を開こうと思いますの。筆記も実技も、協力すればきっと……」


「くだらねぇ」


 ガント君が吐き捨てるように言った。


「貴族の点数稼ぎに付き合ってらんねぇよ。帰ろうぜ」


「だな。やってらんねー」


 ガタガタと椅子を引く音が響く。誰も、私の言葉に耳を貸そうとはしなかった。


 モミジさんですら「……興味ない。拙者は己の道を行く」と言い残し、教室を去ってしまった。


 あっという間に、教室は空っぽになった。


 残されたのは、私と、黒板の文字だけ。


「……ふん。見てらっしゃい」


 私は誰もいない教室で、ぎゅっと拳を握りしめた。今は一人でも、絶対に諦めない。


 涙なんて見せないわ。準備していた教科書を片付けようとした、その時。


 ガタッ。


 教室の隅にある掃除用具入れが、小さく揺れた。


 ……え?オバケ?恐る恐る近づき、扉を開けると――。


「ひぃッ……!」


 そこには、体育座りで丸くなっているルナリアさんがいた。彼女は目を真っ赤にして、震えていた。


「ル、ルナリアさん?どうしてここに……」


「……ご、ごめんなさい……怖くて……帰れなくて……」


 彼女は、消え入りそうな声で呟いた。


「私……変わりたいんです……。クラスの皆にも、お兄様にも馬鹿にされて、悔しくて……。でも、どうすればいいか分からなくて……」


 ポロポロと涙がこぼれ落ちるその姿は、かつて才能がないと絶望し、それでも歌にしがみついていた前世の私と重なった。


 私はハンカチを取り出し、彼女の震える頬を拭った。


「変われますわ」


「……え?」


「貴女の魔力、とても綺麗ですもの。……私には分かります」


 私は彼女の小さな手を取り、にっこりと微笑んだ。


「私と一緒に頑張りましょう?大丈夫、まずは二人から始めればいいのです。わたくしが、貴女を最高に輝かせてみせますわ!」


 オレンジ色の夕闇が差し込む教室で、ルナリアさんは泣きじゃくりながら、何度も、何度も頷いた。


 『どべ組』の、小さな小さな革命の始まりだった。

■Tips


室内演習場


 地面にクレーターを作り、壁をぶち抜いたパスティエールはこのあとヴィオラ先生にしっかり叱られている。


 クラウス先生の耳にもそのことが入り、はやくも溜め息をつかれていたり。

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