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第115話 筋肉兄貴

 魔術学園の敷地内にある、女子寮。


 その一角にある305号室が、これから私が暮らす部屋だ。


 学園の方針により、寮は「三人部屋」が基本となっている。


 協調性を養うため……というのは建前で、単純に生徒数に対して部屋数が足りていないだけだという噂もあるけれど。


「……お嬢様。お掃除、および害虫駆除、荷物の搬入、すべて完了いたしました」


 部屋に入るなり、セリナが涙目で報告してきた。


 彼女は私の専属侍女だが、寮内には原則入れないため、ここでお別れとなる。


「ありがとう、セリナ。完璧ね」


「ううっ……お嬢様がお一人で、着替えや髪の手入れができるか心配です……。いっそこの部屋の天井裏に住み着けば……。いえ、床下なら三日は無補給で潜伏可能です!」


「それは止めて!……大丈夫よ、セリナ。ここでは皆が自分のことは自分でやってますもの」


 セリナはハンカチで目元を拭うと、窓の外を指差した。


 そこには、一羽の美しい碧い小鳥が止まっている。


「ポルカ様は、あの大きさになっては室内での飼育が許可されませんでしたので、学園の森で放し飼いとなります」


『いつでも呼んでね、パスティ! 念話ですぐ飛んでくるから!』


 ポルカの声が直接、脳内に響く。この三年半で共鳴の精度も上がったし、距離が離れても声は届くわ。


 心強い味方はいる。問題は――


「……同居人、よね」


 私は部屋の中を見回した。


 部屋はそこそこ広く、ベッドと机が三つずつ置かれている。


 私のベッドの右側。


 そこには、昨日の教室でインパクト抜群だった額に角の生えた少女、モミジさんが座禅を組んでいた。


 彼女は机の上に小太刀を置き、ものすごい形相で目を閉じている。口元が微かに動いており、何やらブツブツと呟いているのが聞こえる。


 ……精神統一中、なのだろうか。


「あ、あの、モミジさん? これからよろしくね?」


「……うむ。干渉は無用に頼む」


 目も開けずにピシャリと言われた。壁が厚い。


 そして左側。


 そこには、大量のクッションで「要塞」を築き、その中に引きこもっているルナリアさんがいる。


 クッションの山が、ガタガタと小刻みに震えているのが見えた。


「ルナリアさん? 仲良くしましょう?」


「ひぃッ! ご、ごめんなさい視界に入ってごめんなさいぃぃ!」


 会話が成立しない。


 カイルは騎士科、ペトラは工学科の寮なので、建物自体が違う。


 つまり、この部屋でまともに会話できる相手はゼロだ。

 ……前途多難すぎる。



 翌日の昼休み。


 私は気を取り直して、ルームメイトの二人に声をかけた。 


「ねえ二人とも! 一緒に学食へ行きませんこと?」


「……断る。拙者は持参した『握り飯』があるゆえ」


「む、無理ですぅ……あんな人が多い場所に行ったら死んでしまいますぅ……」


 瞬殺だった。


 モミジさんは巨大おにぎりを頬張り、ルナリアさんは布団の中で震えている。


 私は深いため息をつき、一人で部屋を出た。


「……はぁ。ぼっち飯、確定ね」


 トボトボと食堂へ向かう。


 広い食堂は生徒たちで溢れかえっており、一人で席を確保するのは至難の業だ。


 誰か知り合いいないかしら。


 お盆を持ってキョロキョロしていると、柱の陰のテーブルから、ブンブンと大きく手を振る少女が見えた。


「おーい! パスティエール様! こっちこっち!」


 ペトラだ!


 そして、その向かい側には――頬杖をついて、つまらなそうに外を眺めている少年。カイルがいる。


 二人の顔を見た瞬間、私の心に光が差した。持つべきものは幼馴染だわ!


 私は小走りで二人のテーブルへ向かった。


「ペトラ! それにカイル! ああ、貴方たちに会えてこんなに嬉しいなんて!」


「お嬢、顔が死んでるよ? 部屋でなんかあった?」


「……色々あったのよ、察して」


 私がペトラの隣に座ると、向かいのカイルが、チラリと視線をこちらに向けた。


 彼は少し不機嫌そうに、でも空けておいてくれた席を指先でトントンと叩いた。


「……おせーよ」


「あら、待っていてくれたの?」


「はぁ? ち、ちげーよ! たまたま席が空いてたから、座ってただけだっつーの! 勘違いすんな!」


 カイルは顔を赤くして、フイッとまた窓の方を向いてしまった。


 耳まで赤い。


 昔なら「おせーぞ!」と言いながら軽く小突いてきたりしたのに、なんだか反応がいちいち可愛いというか、よそよそしいというか。


「ふふ。ありがとう、カイル。貴方に会えるとホッとするわ」


「……ッ! だ、だからそういうことを、デカい声で言うなっての……!」


 彼がさらに縮こまってしまった、その時だ。


「――ヌハハハハ! 見つけたぞ、我が愛しの妹よ!!」


 そんな甘酸っぱい空気を木っ端微塵に粉砕する、野太い大声が響き渡った。


 この暑苦しい声。そして、無駄に良い発声。


 振り返ると、そこには筋肉の巨塔が立っていた。


 魔術学園・高等部三年。


 学年首席にして、生徒会長のシリウス様と並ぶ「学園の二大巨頭」。


 そして私の二番目の兄――ギルバート・ゼノンだ。


 彼は制服の袖がはち切れんばかりの筋肉を見せつけながら、ドカッと私の隣に無理やり割り込んだ。


「パスティ! 入学おめでとう! Eクラスだと聞いた時は耳を疑ったが、元気そうでよかったぜ!」


「……年末に帰省された際に会ったばかりですわ、ギルバート兄様。相変わらず声が大きいですわね」


「ヌハハ!こんな可愛い妹と会えたのだ、細かいことはいいではないか!」


 ギル兄様は豪快に笑うと、向かいに座っているカイルに気づき、ニカっと歯を見せた。


「おや? そこにいるのは、カイルではないか! どうだまた手合わせしてやろう! 騎士科ということであれば俺の後輩だからな!」


「……げっ。お手柔らかにお願いします、ギルバート様」


 カイルが露骨に顔を引きつらせた。


 そう、カイルはギル兄様と出会って以来、なにかとギル兄様からちょっかいを出されて、いつの間にかお爺さまの兄弟子と弟弟子(おとうとでし)のような関係になっているのだ。


「よし! カイルも一緒なら、再会の祝杯だ! 俺の人参をやるから、お前のハンバーグを半分寄越せ!」


「……はい?」


「いや、俺が食べさせてやろう! ほら、口を開けろパスティ! あーん!」


 ギル兄様は、自分の皿から人参をフォークで刺し、私の口元へ突き出してきた。


 そして反対の手で、私のハンバーグを強奪しようとしている。


 ……小さい頃からやんちゃだったけど、なんだかシスコンまで発症してないか。


 カイルが「うわぁ……」という目で引いているのが見える。


「ギル兄様」


「ん? どうした、遠慮するな!」


「……鬱陶しいですわ」


 ドゴッ!!


 私は『身体強化』した左手で、兄様の脳天にチョップを叩き込んだ。


「ぐふぅッ!?」


 ギル兄様は白目を剥き、テーブルに突っ伏した。


 食堂がシーンと静まり返る中、私は優雅にハンバーグを守り抜いた。


「……相変わらず賑やかですな、皆様」


 そんな騒がしくも楽しいランチタイムを過ごしていると、一人の老紳士がトレイを持って近づいてきた。


 その穏やかで、知的な声に、私はハッとして立ち上がった。


「アルフレッド先生っ!」


 灰色の髪をオールバックにし、片眼鏡をかけた厳格な表情。


 かつてゼノン領で、幼い私に魔術の基礎を教えてくれた家庭教師――アルフレッド先生だ。


 彼は以前にカエルス公爵家といざこざがあった際に、すでに学園にいたレオナルド兄様とギルバート兄様の護衛兼お目付役としてこの学園に残ってくれたのだ。


 あ、ちなみにレオナルド兄様は二年前にゼノン領に戻ってきて、絶賛辺境伯の嫡男として父上母上にしごかれている。


 私が学園に向かう際には父上と二人して私に泣いてすがりついてきてうっとおしかった。そんなとこまで父上に似なくてもよいのに。


「ご無沙汰しております、アルフレッド先生。お変わりありませんか?」


「えぇ、大きくなられましたな。パスティエール様」


 先生は、目を細めて私を見つめた。


 その眼差しは、昔と変わらず温かい。


「私は若者達の英気に当てられ、この学園で楽しく勤めておりますよ。……もっとも」


 先生はチラリと、テーブルで気絶しているギル兄様を見た。


「あのような『元気すぎる』生徒もおりますがね。……彼のお目付け役も、なかなか骨が折れます」


「ふふ、先生のご苦労をお察ししますわ」


 カイル、ペトラ、ギル兄様、そしてアルフレッド先生。


 Eクラスでは前途多難なスタートだったけれど、ここには私のことを知ってくれている人たちがいる。


 そう思うだけで、これからの学園生活もなんとかなるような気がした。


 ……まあ、気絶した兄様が目を覚ましたら、また騒がしくなるのでしょうけど。

■Tips


アルフレッド先生


 現在は学園の「客員魔道顧問」という、そこそこ偉いポストに就いている。


 本来なら魔導院で研究に没頭できる実力者ですが、本人は後進の育成を真面目に考えています。


 ちなみに、学園の女子生徒たちからは「厳格で渋いおじ様」として、隠れたファンクラブが結成されるほど人気があるとかないとか。

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