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第113話 落ちこぼれの特命歌劇長

 ――あれから、季節は巡り。三年半の月日が流れた。


 ゼノン領での日々は……表向きは、平和だった。


 そう、あくまで「表向き」は。


特命歌劇長(とくめいかげきちょう)! 東の湿地で瘴気が漏れ出した! 至急、浄化頼む!」


歌劇長(かげきちょう)! 北の農村で作物が育たないんだ、歌ってくれ!」


(ちょう)! 聖教国からの視察団だ! 逃げろ!」


 ……って、魔導王陛下の人使いが荒すぎだろ!


 せめて呼び方ぐらい統一してほしい。


 この三年半、私は修行の合間を縫って、ポルカと共に国中を飛び回っていた。


 おかげで国内のトラブルはボヤのうちに鎮火できているけど……。


「学生生活の前に、いい社会勉強になっただろ?」


 なんて笑う陛下には、いつか特大の請求書を送りつけてやろうと心に誓っている。



 そんな激動の日々を経て、私はすくすくと育ち。


 そして迎えた、大陸歴690年、萌芽(ほうが)の月。


「ここが……」 


 私は、見上げるほど巨大な正門の前に立っていた。


 王都エレメンシア『魔術学園』。


 この国の若き才能が集う、憧れの学び舎。


 今の私は十一歳。あと二ヶ月で十二歳になる。


 淡いパステルピンクの髪は、ショートボブから少し伸びて、肩にかかるくらいの軽やかな長さになった。


 さらさらと揺れるその髪に、初春の風がそっと口づけしてゆく。


 真新しい紺色のブレザーの袖を通し、肩には「音の精霊」である、碧い小鳥のポルカを乗せて。


「お嬢様、ハンカチはお持ちですか? リボンが少し曲がっておりますよ」


 後ろから、心配そうな声が飛んでくる。


 セリナだ。成長してより美しく、頼もしくなった彼女は、私の荷物を持って甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。


「ありがとう、セリナ。でも大丈夫よ、もう子どもじゃないんだから」


「いいえ、パスティエール様はいつまでも私の可愛いお嬢様です。……ああ、制服姿もお似合いです。天使のようです……!」


 セリナが感極まって涙ぐんでいる。


 彼女は、エリアーナ母様の計らいで、私の「専属侍女」として一緒に王都へ行くことが許されたのだ。


 魔術学園は自治と自助を掲げており、侍女は寮には入れない。なにかあればすぐに駆けつけられるよう、王都の別宅に待機してもらうのだ。 王都の店舗の件もあるしね。


「カイル。襟が曲がってますわ」


「う、うっせーな! 自分で直せるっつーの!」


 私の右隣で悪態をつくのは、カイルだ。


 十四歳になり、背がぐんと伸びて、すっかり青年の顔つきになった。腰には長剣を()き、凛々しいけれど、騎士科の制服を着崩しているのが彼らしい。


 私が手を伸ばして襟を直そうとすると、カイルはパッと顔を背けて後ずさる。


 その耳が少し赤くなっているのを、私は見逃さない。


 昔はあんなに生意気なチビっ子だったのに、最近はどうも私と目を合わせようとしないのだ。


 いわゆる、お年頃というやつだろうか。


「へっ、いよいよだな。……お、お嬢の露払いくらいは、してやるからよ」


「ふふ、頼もしいこと。よろしくね、カイル」


「……おう」


 彼はそっぽを向いたまま、ボソリと答えた。


「へへっ、私も一緒だよ! 辺境伯様ってば太っ腹だねぇ、学園の設備使い放題だってさ!」


 左隣からは、元気な声が響く。


 つなぎ風制服を着たペトラだ。彼女も十五歳だが、工学科の特待生として入学が決まっている。


「ペトラ、学園を爆発だけはさせないでね?」


「任せときなって! ……たぶん!」


 たぶんって何よ。不安しかない。


「皆さん、揃いましたね」


 そして、少し離れた場所から穏やかな声がかかる。


 魔導院の刺繍が入ったローブを纏う、クラウス先生だ。


 彼は今年から、この学園の「特別講師」として赴任することになっている。


「パスティエール様。ここからは、これまでとは違う戦いが待っていますよ」


「ええ、分かっていますわ、先生」


 転生して十一年。


 最強の仲間たちと共に挑む、新しいステージ。


 やっと始まる私の青春。


「さあ、まいりましょう! 私たちのハッピーエンドを目指して!」


 私は春風の舞う校門を、最高の笑顔でくぐり抜けた。


 ……この時はまだ、自分のクラスがあんなことになっているとは夢にも思わずに。


 校門を抜けた先にある中央広場には、巨大な掲示板が設置され、新入生たちが群がっていた。


 クラス分けの発表だ。


「ええと、わたくしの名前は……」


 私は人混みを掻き分けて、名簿を目で追った。


 魔術科、Aクラス……ない。


 Bクラス……ない。


 C……D……。


「……あれ?」


 ない。どこにもない。


 まさか不合格?


 いや、合格通知は届いているし、制服も着ている。


 私は視線をさらに下へ、下へと滑らせていき――。


 そして、一番下の、隅っこの欄で、自分の名前を見つけた。


『魔術科 第1学年 Eクラス』


『403番 パスティエール・ゼノン』


「…………あった」


 Eクラス?


 A、B、C、D、ときて……E。


 横から覗き込んだカイルが「げっ」と声を漏らした。


「おいおい、マジかよお嬢……。『どべ組』かよ」


「ど、どべ組……?」


「ああ。学園のEクラスの蔑称だ」


 カイルが憐れむような目で私を見た。


「実技が壊滅的にダメか、あるいは座学の成績が救いようがないバカか……とにかく、正規のクラスに入れる水準に達していない『問題児』を押し込むためのクラスらしいぜ」


 問題児。


 その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に、先日の試験の光景が蘇った。



 先日の実技試験会場。


 筆記試験は満点の手応えだった。クラウス先生のスパルタ教育のおかげで、精霊言語も魔術理論も完璧だったからだ。


 問題は、午後からの実技試験だった。


『では、課題を発表する。あそこにある十メートル先のカカシを、魔術で破壊しなさい』


「……はい?」


 私は耳を疑った。


 十メートル先? 魔術で?


「あの、試験官殿。……殴って破壊してはダメなのでしょうか?」


『魔術科の試験だぞ?それとも騎士科希望か?』


 詰んだ。


 私は冷や汗をダラダラと流した。


 私の攻撃手段は3つ。


 1.ポルカとの『精霊卸(せいれいおろし)』でメロディアに変身 → 身バレしてしまうので論外。


 2.歌って精霊魔術を発動 → 目立ちすぎるので却下。


 3.『身体強化(ブースト)』で蹴る殴る → 届かない!!


 私はあくまで「平穏な学生生活」を目的にしているのだ。ここで高らかに歌って「私がメロディアです!」なんてバラすわけにはいかない。


 私があわあわしている間に、私の番が来てしまった。


『次! パスティエール・ゼノン!』


 試験官の声が響くと、会場がどよめいた。


「あのゼノン家の令嬢か」

「きっと凄い魔術を見せるぞ」


 期待の視線が突き刺さる。


『どうした? 早くしたまえ』


「くっ……こうなれば!」


 私は覚悟を決めた。


 『身体強化』を最大出力で展開。右拳に魔力を集中させる。


 狙うは、衝撃波による遠当て!


 ガレオスお爺様なら、拳圧だけで木をへし折っていた。今の私なら、届くはず!


「はあぁぁぁぁッ!!」


 ドォォォン!!


 空気を裂く音と共に、淑女らしからぬ正拳突きを放つ。


 暴風が巻き起こり、試験官の帽子が遥か彼方へ飛び、砂煙が舞った。


……が、衝撃波は五メートル地点で無情にも霧散し、十メートル先のカカシは、そよ風に吹かれて「ゆらっ」と揺れただけだった。


『…………は?』


「…………」


 試験会場に、気まずい沈黙が流れた。



 試験終了後、受験生控室にて。


「……申し訳ありません、パスティエール様」


 クラウス先生が、頭を抱えていた。


 普段の冷静な彼らしくもなく、心底悔しそうだ。


「貴女が『歌』以外で遠距離攻撃ができないことを、すっかり失念しておりました……。普段、ポルカ様と一緒になんでも解決してしまうもので……」


「わたくしもですわ……。お嬢様ならなんでもできると思っておりました」


 セリナも申し訳なさそうに眉を下げている。


「……いいのよ、二人とも。誰も悪くないわ」


 私も二人を責められない……。


 この三年半、「特命歌劇長」として瘴気に汚染された精霊や、特殊な魔獣とばかり戦ってきた弊害だ。


 そこでは常に全力全開が基本だったから、「普通の魔術師っぽく戦う」訓練なんて完全に忘れていたのだ!


 回想終了!


「……あー。思い出したくもありませんわ」


 私は掲示板の前で頭を抱えた。


 結局、実技判定は最低ランクの「E」。


 筆記が満点だったため不合格にはならなかったが、実技能力不足とみなされ、このEクラスに放り込まれたというわけだ。


「……ま、ドンマイ、お嬢」


 カイルが慰めるように、つぶやく。


「俺は騎士科のAクラスだ。校舎は離れるが、休み時間には顔出すからよ。……いじめられたらすぐ言えよ?」


「物騒ねえ。でもありがとう、カイル」


 カイルは照れくさそうに鼻をこすった。


 なんだかんだ、この幼馴染は優しい。


「わたしは魔導工学科だよ! 工房に入り浸りになると思うけど、遊びに来てね!」


 ペトラも手を振って自分の校舎へと向かっていく。


 一人残された私は、改めて「Eクラス」の文字を見つめた。


 ……でも、待てよ?


(考えようによっては好都合かも)


 私はハッとした。


 貴族のエリートが集まるAクラスなんて、派閥争いやマウントの取り合いで疲れるだけだ。


 逆に「どべ組」と呼ばれるこのクラスなら、誰からも期待されず、注目もされず、ひっそりと平穏な学園生活が送れるかもしれない。


 そう、これはむしろラッキーだ!


 メロディアの隠れ蓑に最適な「モブ令嬢」への最短ルートじゃないか!


「行ってまいりますわ! 目指せ、地味で平穏な学園生活!」


 私は意気揚々と、校舎へと足を向けた。


 そして、長い廊下の突き当たり。


 重厚なオーク材の扉の前に立つ。


『魔術科 第1学年 Eクラス』


 プレートは少し傾いていて、どこか哀愁が漂っている。


 まあいい。ここから私の静かな青春が始まるのだ。


 私は期待を胸に、扉ノブに手をかけた。


 ガチャリ。


 しかし、教室に入った瞬間。 


 私の「平穏な計画」が、早くも音を立てて崩れ去った気がした。


 ドガッ!!


 何かが蹴り飛ばされる、派手な音が響いた。


「おい、コラ! 無視してんじゃねぇぞ、貴族野郎が!」

 教室の中央。


 机を蹴り飛ばし、荒っぽい口調で怒鳴っているのは、刈り上げ頭の目つきの悪い少年だ。


 彼の制服は着崩され、いかにも「悪ガキ」といった風情。


 彼が睨みつけている先には、机に突っ伏して寝ている、身なりの良い男子生徒がいた。


「てめぇだよ! 外部入学の貴族様だからって、スカしてんじゃねぇぞ! ここは実力主義の魔術学園だ! 親の七光りで入った温室育ちが、俺たち内部進学組と同じ空気吸ってんじゃねぇ!」


 悪ガキが再び机を蹴る。


 しかし、貴族と思わしき少年は、ピクリとも動かない。

 それどころか、


「……ふごー。……むにゃ」


 盛大な鼻提灯を膨らませて、爆睡していた。


 完全なる無視。


「き、貴様ァァァッ!! ナメてんのか!!」


 顔を真っ赤にして地団駄を踏む悪ガキ。


 その横では、窓際で黒髪に一本角の少女が「騒々しいのう……」と我関せずでおにぎりを食べているし、教室の隅では金髪ツインテールの少女が「ひぃぃ、喧嘩はやめてぇ……」と涙目で震えている。


「…………」


 私は、そっと扉を閉めたくなった。


(……動物園か、ここは)


 カイルの言っていた通りだ。


 ここは掃き溜め。


 エリート街道から外れた、問題児たちの収容所。


 けれど。


 私はふと、口元が緩むのを止められなかった。


「……ふふ。退屈はしなさそうですわね」


 お上品で退屈なAクラスより、こっちの方が断然「面白そう」じゃない?


 私はスカートの裾を翻し、混沌渦巻く教室へと、高らかに足を踏み入れた。


「ごきげんよう、皆様! 今日からクラスメイトになります、パスティエール・ゼノンですわ!」


 私の挨拶に、悪ガキが「あぁん?」とガンを飛ばし、居眠り男子がいびきで答え、一本角女子が米粒をつけたまま振り返り、金髪ツインテール女子が涙目でこちらを見つめる。


 こうして。


 私の、波乱万丈な「どべ組」ライフの幕が上がったのだった。

■Tips


魔導学園について


魔導学園中等部は、入学した年において満12歳以上が条件だが、才能ある者は13歳以降の編入も広く受け入れている。


主の入学に際し、セリナは「共に机を並べたい」という烈烈たる執念に近い願望を抱いていたが、辺境伯の侍女としての矜持を優先し、冷静に王都別宅での待機を受け入れた。

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