これまで来た道2
ー登場人物紹介ー
桜田風晴・・・田舎の農業高校2年生。
桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが、6年前から行方不明。
桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
『晴臣さんが、生きているって可能性は、ないんですか?』
神宮寺の問いかけに、孝臣はチラリと風晴を一瞥してから口を開いた。おそらく、風晴の位置からは見えなかっただろう。
『ゼロとは言えない。遺体は無いわけだからな。だが、1月8日に森から黒竜池の水辺付近にかけて 2人分の男と見られる靴跡が見つかってる。雪は前夜にうっすらと降ったもので、明確な痕跡だったそうだ。そのうち一つは行った痕跡はあるが、帰りの足跡が無かった。それが、晴臣の履いていた靴底と一致してるんだ。』
誰もが何も言わないが、明確な決め手だ。
正火斗も言葉は発せず、ただ深くうなずいた。
風晴はうつむいてきいていたが、顔は上げずに話しだした。
『父さんに1月7日の夜に何があったのかは 分からない。だけどオレは自殺じゃないと思っているし、後追い自殺なんかでも 絶対無いと信じてる。』
正火斗は風晴に目を移した。他の者も彼を見る。
『桜田の家に最後の挨拶に言ったとき、母さんは酷い言葉をみんなに投げつけられた。』
風晴の頭の中に蘇ってくる。鋭利な刃物よりも残酷で凶悪な悪意の言葉の数々。
(何というツラ汚しだ。事故死の方がまだ世間体が良かったのに。)
(昔から気の弱いようなところがあったさ。女に骨抜きにされたか、ヤクザ者に脅されて足を滑らせたんだろう。)
(なまじ議員なんかになって、イイ気になるからじゃないか。ああ、旦那がやらかすとさぁ、ほんっと可哀想だね、奥さんと子供が。 みじめなもんだよ。)
風晴は顔を上げた。
視線の先には正火斗がいた。
『でも母さんはそいつらに言った。
"あなた方は何も晴臣さんを知らない。私は、私の知っている晴臣さんを信じる。これからもそうやって風晴と生きていきます" って。』
正火斗は刹那、その場を動けず たたずんだ。
二人の目と目が合う。
風晴は言い切った。
『だから オレはそう言った母さんを信じていく。
死ぬまで。』
話し終えて、風晴は夕食の支度を手伝うからと 一階に降りて行った。
部屋にはミステリー同好会メンバーと顧問と、そして静寂が残った。
が、その部屋に妙な音が響いた。
『、、、、、、くぅ〜〜〜〜、、、っ‼️』
『え?』
『はい?』
『何?一体なに?』
メンバー達はくるくると辺りを見回し、やがてそれが孝臣からだとやっと気づいた。
『くそっ、、、ホントに、ホントにな、いいヤツだろ?私の自慢の甥っ子は、、、、!!』
孝臣は泣いていた。
生徒達は顧問のその姿に引くしかない。
『風晴はなぁ、昔っからいい子だったんだよ。
おねだりもな、"おじちゃん1個だけならゆるしてくれる?" なんて、まだ4歳のクセに言うから、もう、店ごと買ってやりたくなってしまったもんだ。』
手のひらで顔を拭いながら、孝臣は思い出に浸ってる。
潤んだ目を輝かせながら。
『あいつは、野菜を育てて、料理はできるし、ヤギのお産だって取り上げたし、耕運機は動かせるし、草取りや雪寄せはするし、無口で思いやりがあって節約上手で、、、、一緒に住むには最高の相手だぞ!
私なら迷わず選ぶな、桜田風晴を!
ハッキリ言ってお前らより全然いい!頭でっかちで人を見下すことを目指してる若い者より うちの甥っ子が断っ然イイ!』
『わ、、、、親バカじゃなくて叔父バカ?ですか?』
『きしょっ』
『ひでーなサクラチャン!オレ達との2年間はそんなもんかよ!』
『年取ると みんな ああなるんですかね』
『、、、、、、ちょっと、分かる気も、、、、』
各々がコメントしても、孝臣の耳には届いていない。
正火斗は少し待ってから、いつもは頼れる地学教師であるはずの、泣く中年叔父サンの肩を叩きに行った。
『桜田先生』
ポンポンとやや優しめに肩を叩く。
『頭でっかちに 少し教えて頂きませんか?』
『なんだ?今聞かれてもアボガドロ定数の解説なんかやらんぞ』
『分かってます。アレは化学基礎だし、今ここで原子質量を求めようと思っていません。』
正火斗は尋ねた。無論、アボガドロ定数ではないことを。
『自慢の甥子さんは、灰畑町に移ってどうだったんですか?ここだって陽邪馬市にほど近い。それに、この民宿はかなり大きい屋敷だ。桜田風子さんは購入できるほどのお金を持って移ってこれていたんですか?』
孝臣は鼻をすすった。
『アボガドロ定数はな、地学でも使うんだ。
桜田の家は、風子さんに晴臣のものは何も渡さなかった。風子さんは、自分名義の通帳しか持ち出せなかったはずだが、彼女は二世帯型の桜田家では専業主婦だった。例えいくらか蓄えがあっても、向かった実家の方はすでに高齢の父親が野菜を作っているだけの状態だったから、風晴を連れて不安だったろう。』
ハアと息を吐いて、彼は続ける。
『ここで仕事を見つけようともしていたんだろうが、風子さんはあの頃は実家の小さな家から出られなかった。お前が察したように、ここでも誹謗中傷はあったんだ。陽邪馬市ほどではなくても。
息子の前では気丈に振る舞っていただろうが、風子さんは限界だったんだろう。風晴はそれを見ていた。』
『それから、どうなったんですか?』
正火斗の後ろから声がかかった。桂木だ。
『灰畑で昔地主だった家系の女性が、地域の福祉支援員をしているんだ。あちこちに土地や家を持っていて、不動産で収入があるから、ほぼボランティアで。
あの2人が灰畑町に移って半年もした頃かな。風子さんの状態を見かねて、その人が自分の家を貸すから民宿をやってみないかと申し出てくれたんだ。客が入った時の収入からの割合を貸代として支払ってくれれば風晴と住んでいていいと。』
孝臣は、いくぶん落ち着いてきたようだ。
『渡りに船 だった。高齢の父親のすぐ近くだったし、収入ができるし。、、、、、何よりも、民宿にくる客はまず県外者だった。お客の相手をしていれば、彼女は中傷に合わない。そうやってやっと、あの親子は立ち直ってきたんだ。』
『いい方ですね。その福祉支援員の方は。』
かすかに微笑んで正火斗が言う。
『井原、、、とかいう名前だったと思う。私は一度だけ会ったことがあるが、風子さんより少し歳下で小柄な感じだった。まだ若い頃に旦那さんと子供を事故で亡くしてな。もう福祉の仕事に生きて一人で居ると決めてるそうだ。そんな彼女だから、風子さんと風晴を見捨てておけなかったんだろう。』
安西の頭には、一階で風晴がすすんで挨拶をしていた 品の良い中年女性が浮かんだ。
("井原さん"と確かに風晴は呼んでいた。そう言うことだったんだな、、、、、。)
安西は一人納得した。
『ありがとうございました。桜田先生。
僕も飽和水蒸気量の時はアボガドロ定数の世話になりますよ。』
正火斗はそう言って、最後にポンと 一度恩師を叩いて去っていった。
『夜ご飯 できてますよーーーーー!!』
階下から風子の高い声が響いてきた。
2階にいた者達は、誰ともなく足早に その声の元へ向かった。
次回、登場人物紹介更新致します。
引き続きよろしくお願いします。