道に迷わないための忠告
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが、6年前から行方不明。
◆桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
風晴と安西が一階に降りて行くと、下からは賑やかな話し声がしていた。
台所に行くために通らねばならない茶の間には、風晴の母と二人の中年の女性の姿があった。
「風晴くん、焼けたねえ!! そっちはお友達?」
女性のうちの1人が挨拶もなく、いつも通りに話しかけてきた。隣の家のでっぷりとした体格の西岡幸子だ。夫とその両親と暮らしている主婦である。日中彼女が来ると、1時間半で帰ってくれれば まだ"短くて済んだ"と思わなければならない。
「お客様なのよ。東京からの学生さん達。顧問が孝臣さんなんですよ」
母が説明してくれたので、風晴と安西はただ軽く頭を下げた。
「孝臣さんが来ているの? それなら晴臣さんのこと、何か相談してみたら? ……ごめんなさいね、私が口を出すことではないのかもしれないけれど」
もう1人の品のいい女性が、母に話しかけた。
風晴は自分から その人に挨拶した。
「こんにちは、井原さん」
「こんにちは」
隣の安西まで挨拶した。風晴に習ってくれたのだろう。
「こんにちは、風晴くん。そちらもようこそ、灰畑町へ」
後半は安西に向けられたものだった。
井原雪枝は、小柄だが凛とした姿勢で座り優しく笑っていた。長く少し白髪の混じり始めた髪を一つにまとめている。目尻にやや皺は出てきているが、おそらく風晴の母より若いだろう。
「なに? 何? 晴臣さんのこと、とうとう何か調べるの?」
西岡幸子がここぞと食らいついてきた。彼女達はこのような話題は決して逃さない。
「まさか。孝臣さんも困るでしょう? 警察ももうサジを投げているんだから」
母は笑ってかわした。
風晴は内心ひどく安心して、その場を足速に離れた。
安西も後から続く。
ああいう手合いに調査や生命保険の一言でも漏らそうものなら、ここでは皆の食い物にされて終わりだ。
台所にはエアコンが無く、ムフッとしていた。それでも安西は自分が入った後、その扉を閉めた。
「君もいろいろ大変なんだな」
彼はすぐさまグラスの置き場に目をつけて、その戸棚を開けながら言った。
風晴は麦茶を冷蔵庫から出す。
「まあな。でも受験戦争にはもう招集されない」
「言うね。僕らは受かるまで戦わされるだろうからなぁ。反論はできないよ」
風晴は自分が普段から使っているコップにまず麦茶を注いで、ゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。はぁっと息を吹き返して、それから言葉をつないた。
「その後は一流が待ってるんだろ。一流高校からの、また一流の大学、一流の会社、一流の人生────とか。だから戦う価値、あるんじゃないのか」
風晴は安西の出していたグラスの一つだけ麦茶を注いで、まず彼に渡した。安西はそれを受けとる。
「一流一流って言ったって、誰のための、何のための一流なんだろうな。何のための勉強なんだか…………僕は時々分からなくなるよ」
そう言って麦茶に口をつける。ゴクゴクと彼も飲み干して
「…………生き返るな!」
と力強く言った。
「それだけ回復力ありゃ大丈夫だろ」
二人は目を合わせて笑い、皆の分の麦茶を準備しだした。
「せめて君の人生がこれ以上はややこしくならないように、僕は忠告できるよ?」
氷と麦茶の準備はできて、簡単なスナック菓子まで見つけた時──安西は風晴に向かって言った。
「え?」
思わず聞き返す。
「大道兄妹」
安西は風晴の問いは無視して話を進めてる。
「特に大道水樹は気をつけた方がいい。あの見た目だからね。今までも男子とのトラブルは絶えないんだ。
彼女は自分から誘うような罠を仕掛けてくるけど、乗ったらダメだ。地獄を見る」
風晴は目を瞬いて、ただ安西を凝視した。
「僕の父は大道グループの傘下会社の社員なんだ。だから正火斗と水樹の両親を──知ってるってことさ。それでその……小さい頃から家の中で色々聞いてたんだよ、僕は」
安西は口調をはやめて、さらには小声になった。
「正火斗がこの夏休みが終われば引退すると言っているのは本当だ。正火斗は…………ここに来てこの調査に参加するために残ったような気さえ僕はしてる。彼は、彼はそう、この事件を調べたがっていたんじゃないかな。君のお父さんの事件を」
「どうして?」
風晴はしごく真っ当な質問をした。
安西は眉間に皺を寄せて真剣に
「分からない。分からないけど」
とだけ言った。
風晴はグラスの並んだ盆を持ち上げた。氷がぶつかる音があたりに響く。
「安西、お前ってさ」
安西も同じように盆をもう一つ持ち上げていた。こちらの
グラスの数は少なく、だがスナック菓子の袋も上がっている。彼は風晴の声に顔をあげた。
「多分頭良すぎるんだ。それで色々わかんなくなってる」
歩きだした風晴の後ろを安西も黙ってついてきた。
風晴は言わなかった部分の言葉を、心の中から彼にかけた。
(それじゃ、頭が良い意味あるのかよ)




