目的地
大道兄妹をのぞいたミステリー同好会のメンバーは、拍子抜けするほど普通の高校生達だった。多少オタクちっくな女子や、鼻につく一年男子もいたが、ハッキリ言って正火斗と水樹のインパクトの前では霞んでしまう。
メンバーは全員で8人いるらしいのだが、今回は1人が夏風邪で来れなかったらしい。そして、もう1人は塾の夏期講習を優先したそうだ。
(でも進学校あるあるだよな。ってか、この3年部長が例外だ)
彼らを各々の客部屋に案内しながら、風晴はチラリと正火斗を盗み見た。頭一つ抜けた背丈の彼は、合流した男子メンバーと寝場所の割り当てを決めていた。
『女子は二人だからいいよな。快適そうだ。オレもあっちに参加したいよ。あとで覗きに行ったりしてな。』
彼らの中では、いくぶんチャラい感じの男子が言った。彼は髪が黒いがやや長めで、そして片耳にピアスを開けていた。
『やめなよ、桂木。部長に殴られたいのか。』
今度は典型的なガリ勉男子だった。黒縁の眼鏡、切り揃えられた髪、スラックスパンツに白いシャツ。正直、風晴は都会に彼のような人物がいて安心したほどだった。
都会の若者が全員イケてるわけではない。
『僕達は遊びにきたわけじゃないですよ、桂木先輩。解くべき謎があるから こんな田舎まで来たんです。そうですよね?部長?』
最後に風晴が すでに"鼻につく"認定をしたひょろりとした男子が出て、正火斗に返答をあおいだ。彼はどうも一年生らしい。この中ではただ1人の。だが、彼はまるで副部長か部長補佐かのように2年生を見下している。反面、正火斗にはやけに媚びているのが、その口調から分かった。
『神宮寺の言う通りだぞ、桂木。まあ、安西が言ってた僕が殴るってのはないが。』
正火斗の返答に、桂木はむしろ調子づいた。
『ですよね?部長はそんなことしませんよねー!』
微笑んだまま、正火斗は続けた。
『水樹は自分の身は自分で守るさ。あいつは護身用にナイフを持ってる。せいぜい削ぎ落とされないように気をつけろよ。』
『えっ?ええ!?そ、そぎ、、、、?』
コンコン❗️
桂木が聞き終わらないうちに、ノックの音がして、全員が戸口に目をやる。
もともと中開きだった扉から、桜田孝臣の白髪の混じり始めた髪が見えた。
『全員、女子の部屋に集合だ。1番広いからな、借りることにした。』
『ええ?オレらが4人なのに、2人部屋の方が広いって変じゃないすか?サクラセンセー!』
『不平等ではある。絶対』
『浅倉も来るはずだったから、3人用の部屋だったんじゃ?』
『だとしても3人より4人が多いだろ!?』
1、2年男子軍が一斉に話し出した。
『うるさいぞ!お前ら!みっともないことで騒ぐな!』
桜田はハアと大きく息をついてから、同好会メンバーから風晴へと視線を移した。
『風晴、君も来るんだ。調査に参加してほしい。それに、、、』
孝臣は一度言葉を切った。
『君自身も情報を持ってるはずだ。それを聞かせてほしいんだ。』
突然そう言われて風晴は狼狽えた。
『オ、オレより母さんの方が、、、』
孝臣が首を横に振る。
『風子さんからはもう私が話しをきいてる。風子さんは後は私と君に任せたいそうだ。だからこの調査は、私やミステリー同好会だけのものじゃないってことだ。そう、君のものでもある。』
そう言われても風晴は何も言えなかった。
ただ、頭には母の姿が浮かんだ。それから、病院のベッドで寝ている、、、
『じいちゃん、、、、。』
風晴の呟きに、同好会メンバーは不思議そうに見つめるだけだったが、叔父である孝臣は強くうなずいた。
『そうだ。おじいさんの体調が思わしくないが、入院を続けるには、、、、かかるものも、かかる。
私は援助を申し出たが、断られたよ。
"自分の父ですから" と。
風子さんはそれよりも、黒竜池を調べて、晴臣兄さんの生死をもうハッキリさせたいんだそうだ。もしちゃんと遺体が見つかって死因が判明すれば、生命保険のあてがあるんだそうだ。』
風晴も誰も何も言わなかった。孝臣は続けた。
『受け取りは風子さんじゃないんだ。お前なんだよ。』
『え?オレ!?』
そこで風晴は、やっと声をあげた。
『風子さんはおじいさんのことじゃなくて、お前の進路も心配してるんだ。おじいさんにお金をかけたいが、それにはお前のための貯金を削らなきゃならんのだろう。』
『そんな、、、オレ、卒業したらすぐ働くのに、、、』
本心からの言葉だった。
母の姿を見て、中学からそう決めていた。だから今の高校だって選んだ。母と暮らす民宿の屋敷は人から借りているもので、風晴と母と祖父の財産と呼べるものは、祖父の小さな家と だが広い畑と、祖父だけではやりきれなくなって荒地となっている田んぼなのだと、彼はいつからか知っていたから。
『お前は良い子だよ、風晴。可愛げは年々無くなっているが。』
叔父がそう言って風晴の頭に手を伸ばしてきたので、彼は慌てて避けた。一対一だって恥ずかしいシチュエーションなのに、同世代に囲まれてなんてとても耐えられない。
孝臣は手を引いたが、その顔は笑っていた。
そして、真顔に戻る。
『風子さんの気持ちも察してやってくれ、風晴。風子さんは父親も息子も大事にしたいんだ。父親の命も、お前の将来の選択肢も、だ。それには、今金が必要で、行方不明から7年でされる失踪宣告では遅すぎる。そいつはまだ一年もかかるからな。だが、新たな手がかりもないんじゃ警察も動きはしない。それで、彼女は決めたんだ。晴臣のことを、今、ハッキリさせたい と。』
風晴はただじっと孝臣を見ていた。
正直、何を言っていいのか分からない。
すると、斜め後ろから
『あの、恐縮ですが、お聞きしたいんですが、、、』
と小さな声がした。
『僕が聞くのも変かもしれないんですが、どうしても気になって』
もじもじとガリ勉風のーーーー安西が続ける。
『その、受け取れる生命保険の金額って、、、おいくらなんでしょうか?』
『晴臣兄さんはいくつかの保険に入っていたみたいなんだ。今確認できているだけで3つ。総額で2億は下らないはずだ』
『2億‼️‼️‼️‼️‼️‼️』
孝臣以外の全員が声を上げた。
若い女子の声も入っていて、風春が首を回すと、そこには隣室から出てきてる水樹と、もう1人のメガネ女子の姿があった。
ポン!
そうこうしているうちに肩を叩かれ、顔を向けるとそこには耳に光るピアスがあった。
『あんたすごいじゃん!友達になってよ!』
興奮して上擦った声の桂木が目の前にいる。
『ならねぇよ』
風晴は心底うんざりして言った。
突然の人生の急変で吐き気がしそうだった。
孝臣叔父さんの言ったことはわかる。母の気持ちも。
自分だってじいちゃんも助けたい。だから事態を飲み込もうとした。だけど、こんなの金額がデカすぎる。
ニオク?におく?2億だって?
月の小遣いだって3千円なのに?
風晴は手でこめかみをさすった。頭痛もしてきそうだ。
『大丈夫よ。お金って結構すぐ無くなるものだし。』
その声は水樹だ。顔をあげなくても こんなセリフを吐ける人間は予想がついた。
『流石です。2億なんて水樹さんは聞き慣れてるんですね。大道グループは動かしてる金額が違うでしょうから。』
うんうん、とメガネ女子がうなずいている。
『だが、実際手にするのは、、、、、難しいかもしれないぞ』
腕を組んで右手でその端正な顎をさすりながら、正火斗が言った。彼は孝臣と視線を交わした。
『そうか!』
あの高飛車な一年生男子も何かに気づいたように手を叩いた。
『失踪宣告より先に死亡を立証するには遺体が絶対条件なのに、死体の上がらない黒竜池からは見つけられないかもしれない。それにもしも見つけられたとしても、、、』
『死因が自殺の場合には一銭も保険金は支払われない』
後半は正火斗が引き取って言った。だが一年生のーー神宮寺はそれが嬉しかったらしい。彼は輝く瞳で信仰する部長を見ている。
『それなら、、、』
風晴は口を開いた。
妙なことに、気が楽になって、むしろ言葉は出やすくなっていた。
『たとえ父さんの、、、、遺体が見つかっても、生命保険はおりないかもしれない』
『どうして?』
すばやく水樹が反応して きいてくる。
『父さんは行方がわからなくなった時、このあたりの人みんなに噂されたんだ。‘’後追い自殺"じゃないかって。』
『"後追い"ってどういうこと?』
水樹はその美しい顔の眉間にしわを寄せて、ごく自然にきいてきた。本当にわからないのだろう。
『もういい水樹。答えなくていいんだ、風晴』
叔父の声が遠くで聞こえたが、風晴は答えた。
『父さんは先に黒滝池で死んだ秘書の後を追ったと言われてるんだ。その秘書が愛人だったから。』
沈黙が降り ーーーーーー る と、風晴が覚悟した時
力強い声が響いた。
『それでも遺体さえ上がれば新事実が分かる可能性だってある。事故も有り得るし、殺された場合も、だ。』
そして、正火斗は風晴を見てニッコリと笑った。
『君は2億円を受け取れる。』
だいぶ登場人物が増えて参りました。次より登場人物紹介を載せたいですね。前書きに書いていいのでしょうか。チャレンジしてみます。続きも宜しくお願い致します。