振り返るとき2
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが、6年前から行方不明。
◆桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆西岡幸子・・・桜田家の隣人。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸す民宿オーナー。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆真淵和弥・・・耕平と実咲の次男。
祖父の家の剥き出しの縁側に座って、風晴は時が止まったように動けなかった。
大道正火斗の実の父親と自分の父親が知り合いだったなんて、夢にも思っていないことだった。と、言うか、
彼と自分に、親を通じてであっても、何らかの繋がりがあったことさえ、現実とは思えない。
『君のお父さんとお母さんが、高校の同級生だったことは聞いている?』
風晴はうなずいた。なんとか記憶をつなぐ。そう、父と母は社会人になって再会して、そして結婚した。
『僕の父も同じ高校だった。3人は仲が良かったらしい。君のお母さんに神城総司と聞けばきっと同級生だと言うはずだ。』
正火斗は続けた。
『彼は、、、父自身の職業は弁護士だった。東京で母に出会って、父の実家がそれなりの血筋の名家だと分かると、バックアップするからと関東地方で議員選挙に立つようになり、やがて故郷のA県陽邪馬市で市長にまで当選した。』
『その、、あの、、えーっと、大道さん、、の お母さんって、、、、』
と言うと、正火斗は笑い出した。風晴はキョトンとした。
この話の流れで笑うとは、、、
『いや、ごめん。そんなふうに呼ばれると一気に歳を取った気になるからやめてくれないか。君は僕の正式な後輩でもないしね。呼び捨てで構わない。正式な後輩の秀一も隠れては 正火斗と呼んでるんだ。』
風晴は、初日に麦茶を運ぶのを手伝いながら、確かにそう呼んでいた安西を思いだした。
風晴のその顔に何か浮かぶものがあったのか、
『僕らは幼馴染みだから。』と
正火斗が付け加えた。
風晴は少し考えて、
『分かった。じゃあ、オレのことも呼び捨てで。』
と申し出た。そうしないと むしろ変だ。
正火斗はうなずき、そして、彼はその端正な顔を瞬く間に深刻なものに戻す。話も戻すのだろう。
あたりは朝日で明るくなってきていると言うのに、風晴は自分達2人の周囲だけが、闇の霧に覆われていくかのように感じた。
『僕らの母親である宝来真夜呼は色欲と金を生き甲斐にしてる女だ。彼女はそれしか興味がない。』
厳しく、冷やかな口調。風晴は思わず固まった。
『一見して、投資だとか手助けだとか時にボランティアという言葉でまで、彼女のしていることを もてはやす連中もいる。でも、そうじゃない。』
正火斗は両手を握り込んだ。
『元々資産家の生まれで、金はあった。彼女はそれを優秀で将来性のある若い男に注ぎこむ。善意や応援ではなく、最も効率良く両方手に入るからだ。
そして、彼女には常にそういう男達が複数いる。』
そこで正火斗は風晴を見た。
『何故母が神城総司と大道英之とは籍を入れたか分かるかい?』
風晴はただ正火斗を見返した。これは、返答を求めた問いではない。
『彼女が会った中で1番見栄えが良かったのが神城総司。そして、1番金があったのが大道英之だ。母が大道英之と再婚したのは父の死後だが、生きていたとしても離婚したと思う。僕らの家族は本当に酷いんだ。君とは、君の家族とは、、、、まるで比べものにならない。』
風晴は、この、、、会ってまだ数日だが、それまでの間で家族の話題が出たときの正火斗と水樹の顔を思いだした。
そして、あの、、、、あの瞬間、、、、
風晴が父親のことと母親の言葉を話した時ー
《母さんはそいつらに言った。
"あなた方は何も晴臣さんを知らない。私は、私の知っている晴臣さんを信じる。これからもそうやって風晴と生きていきます" って。》
そして自分は言ったのだ。
《だから オレはそう言った母さんを信じていく。
死ぬまで。》
あれは、たまたま目の前にいた正火斗に向けた形になった。受け止めて衝撃を受けていた姿は、、、彼のそんな家庭環境にあったのだろう。
朝日は登りつつあったが、空気はまだひんやりとしていた。風が辺りの葉を揺らし実を揺らし、閉じたオオマツヨイグサを撫でる。
ほんのわずかな無言の時ー
、、、、、、、風晴はそれをひどく長く感じた。
『母についてはここまでにしよう。』
正火斗の声は気楽なものに変わっていた。
そして、いつもの彼に戻る。
『君に話すべきは陽邪馬市長だった頃の''宝来総司"だ。
それでも細かく話していたら昼までかかってしまうと思う。端的に説明するから、聞きたいところは質問してくれ。』
『了解。』
答えた風晴にうなずき、正火斗は始めた。
『ここA県では、昭和の半ば頃から2022年まで大倉度産業という老舗企業が幅を利かせていたはずだ。あちこちに子会社を持っていて、海運業、船舶、木材、医療、家電製品と手広く事業を行っていた。だが、大倉度産業は強引な商法で評判が悪い。陽邪馬市の子会社に至っては、、、、反社会的な人間達が出入りしている噂もあったんだ。』
風晴は近隣での、聞いたことのない世界の話しに驚いた。
確かに幼少の頃から暮らしていて、大倉度産業の名は度々耳にしていた。そういえば、いつの間にか聞かなくなって、、、、
『大倉度産業と陽邪馬市議会は何年も、、、何十年も前から繋がっていたんだ。正式でない違法なやり方で、彼らは双方で甘い汁を吸っていた。
摘発されたのが2021年だ。癒着が明るみに出て、逮捕者が山ほど出た。当時の市議会は当然解散したし、大倉度産業と暴力団にも捜査のメスは入った。それから一年後には倒産してる。』
『でも、それじゃあ、、、、』
風晴は思わず手を口にあてた。
『そうだ。僕の父と君の父は、その真っ只中にいた。だが、、、、、君の父親はほとんど関わってはいなかったのだと、僕は思う。何故なら、大倉度産業と"桜田建設"が犬猿の仲だったからだ。大倉度産業の息がかかった議員がいても、君の父親を誘おうとはしないだろう。実家なのだから。』
風晴はうなずく。そして、正火斗を見た。
続きを促したつもりだが、正火斗は、目をそらした。それでも、話は続けられた。
『だが、そこに宝来総司が市長として来てしまった。A県史上最年少 新人市長として。かつて同級生で親しくしていた、神城総司が。』
2人は今度こそ向き合った。正火斗はゆっくりと口をひらいた。
『宝来総司は、、、市長だからと暴言やパワハラを強いたわけじゃない。そういう記録はない。
出身はA県でも、彼は東京で弁護士をしていて家族も、、、僕らも向こうにいたんだ。
選挙活動に宝来の金をつぎ込んで、"地元に戻って参りました"の売り文句で当選した。地元にいくらかは後援者がいても、議員にそんなに知り合いはいなかったはずだ。
いや、そのわずかばかりの後援者や有力議員達に、父はむしろ命令されていたんだ。
"これまでどおりの付き合いを大倉度産業としていけ" 、、、、、と。』
正火斗はうつむいた。
『すまない。』
どうしてか彼が謝る。どうして?
『それで、、、、悩んだ僕の父親は、君の父親に、、、、頼ってしまったんだと思う。かつての友人に。そして僕らの父親達は、相談した結果、彼らと手を切りたいと思ったはずだ。』
風晴は気がついた。気がついて、しまった。
『2人は殺された?』
その言葉をどうしても確かめなければならなかった。
正火斗は苦しげな顔をした。彼は考えてから言葉を慎重に紡いだ。
『2人共今まで証拠は無かった。
僕の父親は警察の発表では転落死で事故扱いになっている。
だが、東京とA県に離れているとはいえ、知り合いの二人が同日夜に亡くなっているのは、、、、どうしても、計画性を感じる。』
『しかもオレの父さんには銃痕があった。』
正火斗は首を振った。ごく、わずかに だが。
『まだ君のお父さんかは分からない。司法解剖の結果が出るまでは。』
それから、彼は姿勢を変えて、膝に手を置いて前を向いた。
『君に言わなければいけないのは、ここからなんだ。』
『え?』
思わぬ展開の話しが続いて、風晴は身構える。
これ以上の事実はないと信じたかった。
『僕はあちこちに残っていた資料やデータや記事からこの話を推理、、、悪く言えば空想しただけだ。
かつての不正な事業や金の流れは立証できても、その時その時の人の行動と心理まで届くような手がかりは残ってなかった。
今回予想以上に黒竜池の調査結果が出てしまって警察もミステリー同好会メンバーも動きだす。
新たに浮かぶ事実が僕の"空想"を超えるもので、逮捕できるような犯人が存在するのならそれが1番いいだろう。
だが僕のすでにした推理が当たっていれば、追う先に待つものは 一般人ではなく反社会的集団の可能性もある。』
『そういう人達は、、、全員捕まったんじゃないのか?』
『いいや。彼らは 表面上差し出すべき人員は割いても頭は残す。一掃されたわけではないと思う。』
正火斗の否定は説得力があった。
『万が一にも、万が一にも、同好会メンバーが犯人探しをしているとばれて狙われ出したら、僕らはこれを全てメンバーにも打ち明けるべきだろうし、、、、』
一度話しを止めて、彼は風晴を見た。
『最悪、僕らの父親達が陽邪馬市の癒着事件に関わっていたことを世間に公表しなければいけなくなるかもしれない。
隠したいものをバラまいてしまえば、追求する意味が向こうにも無くなるからだ。直接関連した犯人は抵抗を続けるかもしれないが、組織としては手を引くはずだ。』
正火斗はここでため息を一つ ついた。
『だが公表は、、、諸刃の刃だ。
どんなに詳細に練って ''僕らの父親は不正と手を切ろうとして殺されたと思っています" と高校生が訴えても、邪推する輩はどこにでもいる。
水樹にはもう全てを話してあるが、あいつは もしそうなっても公表の判断は君に任せると言っている。
正直、僕らにとっては宝来総司も思慕募る父親では ないんだ。彼は、会う時は優しかったが、たまにくる母の男の1人でしかなかったから。
しかも、僕と水樹は姓も変わっていて、宝来総司がどう話題にされようと、影響はおそらくほぼ無い。』
確かにそうだ。
『でも君や桜田風子さんは違うだろう?自殺を認めたくないからじゃないか だとか 愛人の件を揉み消そうとしてる だとか、、、、蒸し返す必要のなかった言われない噂にまた晒されるかもしれない。』
風晴は呆然としながら話を聞いていた。
正火斗は最後の一言を告げた。
『君はそれでも この事件を追う覚悟があるか?』