前進のとき
ー登場人物紹介ー
◆桜田風晴・・・田舎の農業高校2年。
◆桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
◆桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが、6年前から行方不明。
◆桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
◆大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
◆安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
◆桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
◆神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
◆西岡幸子・・・桜田家の隣人。
◆井原雪枝・・・風子に屋敷を貸す民宿オーナー。
◆真淵耕平・・・灰畑駐在所勤務。巡査部長。
◆真淵実咲・・・耕平の妻。
◆真淵聖・・・耕平と実咲の長男。農業高校2年。
◆真淵和弥・・・耕平と実咲の次男。
天気は晴れ、いよいよ黒竜池に向かう。
風晴の父や、10人近いこれまでの行方不明者の遺体が眠っているかもしれない池の調査を前に、メンバーは、、、
意外にも 明るかった。
『やった!!ハイエースグランドキャビンじゃん!これならオレ達も乗っていけるぞ!』
桂木が民宿前に停まっている大きなレンタカーを見て叫んだ。来る車が軽自動車や普通乗用車なら、機材と運転手の桜田孝臣と女子生徒が優先されることになっていた。
嫌味なくらいにジリジリとした夏日になった今、歩くことになるかもしれなかった男子達は歓声を上げたのだ。
『まあ、狭いよりいいわね』
水樹はさほど興味がなさそうだ。どちらにせよ乗れる。
『サクラチャン、私達のためにフンパツしてくれたんでしょうか?』
椎名は眼鏡の奥の大きな瞳を輝かせて言ったが、正火斗と安西は冷静に斬り捨てた。
『たまたまだろう。』
『どうせ経費で落とす気だよ、レンタカー代金は。』
神宮寺は、素直に喜んでいる。
『ハイエースの中で1番大きいのは14人乗りのハイエースコミューターですから、10人乗りは2番目ですけどね。まあ、このタイプより大きかったら普通免許では運転できないので、サクラセンセの限界がここなんですよ。』
いや、喜んではいるが、素直とはまた違ったようだ。
『桜田も嬉しいだろ?この炎天下の中じゃ、歩いたら地獄だもんな?』
桂木が風晴の肩に右手をのせて聞いてきた。
『オレは自分のチャリ使う気だったから。』
風晴は心のままに述べた。
『お前っ、オレを灼熱地獄に置いていく気だったのか?親友じゃあなかったのかよ!?』
『友達にもなってねぇ!』
昨日から続くやりとりをしていると、玄関から顧問の号令がかかった。
『馬鹿やってないで機材と荷物を運べ。
それからこの車は確かにたまたま借りれて費用は研究経費に回すが、私は"中型免許"は持ってる。だからコミューターでも運転できる。以上だ。』
一堂は黙って指示に従い、 出発した。
黒竜池のある森には特別な名称はない。あえて言うなら黒竜池がある森だから"池の森"もしくは灰畑町の西に位置するので''西の森"と、話しをする時には呼ばれていた。
あっという間に街の風景はなくなり、林道に入る。砂利道になって、機材がガタガタと揺れた。
『借り物だぞ。抑えててくれ。』
運転席から孝臣が声をかけた。
本来歩かされるかも知れなかった男子生徒達は、流石に座席からすぐ動いて、取っ手のついた大きな2つの黒いハードケースを抑えた。
『何が入ってるんだ?これ』
抑えながら、隣りの安西に風晴がきいた。
『水中ドローン。こっちも、あっちも だよ。』
手は塞がっているので、安西はアゴで方向を示した。
風晴はまた聞かなければならなかった。
『2つも?』
その問いに安西がうなずく。
『高性能カメラや高照度ライトがついている汚水点検用のヤツと、推進力が強くて安定性のある河川調査用のヤツ。』
『東京でサクラセンセから聞いたんだよ、安西先輩は。』
神宮寺が横から言う。まるで、風晴が安西を感心するのを妨げるような素早いタイミングだった。風晴が安西を見ると、彼はかすかに眉をあげ、ヤレヤレという顔をした。
神宮寺の隣りから、桂木も風晴の方に顔を出した。
『オレ普通のドローンならやったことあるけど、多分同じ感じかな。結構簡単だから、桜田もきっとできるぞ』
『ドローン操作って免許とか要るんじゃないのか?』
桂木がフルフルと首を左右に振る。
『認定資格とかはあるらしいけど、それも民間だから。免許が必要ってルールは無い。だから問題無し。』
不謹慎ながら、風晴は少しワクワクしてしまった。立派なラジコンカーを預けられた子供の気分だ。だが、操作して調べるのは、、、、、
ガクンと 音がして、車が止まった。
車内は何故か、一気に静まり返った。
『車はここまでだ。あとは歩くぞ。』
孝臣がシートベルトを外しながら言った。
『成人の平均体重って、どれくらいだっけ?』
汗をぬぐいながら、神宮寺が誰にと言うわけではなく問いた。もはや敬語にする余裕はない。
しかし答えは、最も敬語にすべき相手から返ってきた。
『成人男性がだいたい70キロ程度で、成人女性は55キロ程度だ。今回は65キロでやってみようと準備しておいたんだが。』
『サクラセンセ重すぎますよこれー』
神宮寺の悲鳴に近い声に、孝臣は今度はちゃんと振り返り、生徒を見て言った。
『運び易いように20・20・25キロで分けてリュックにも入れてやったんだぞ。頑張れ、何のために来たんだ』
彼らは今、ハイエースから降りて荷物と機材を持って池に向かっている。
話題になっているのは、成人男性を模したデコイ(囮)に使うためのシンカーという重しのことだ。シンカーはよく釣りの際の重しに使われる。孝臣は今回のために、最重量級の一個1キログラムのシンカーを65本用意したのだ。
それを今、生徒達は3つのリュックサックに分けて運んでいる。
手順は午前中に確認してあって、孝臣はこれを ニ重にした全身タイツに、人型にそって詰めるつもりでいた。途中途中を縛れば、形もある程度維持されるだろう。チップを取り付けてロープをつけて、それを池に沈め、どこに流されるかを確認するのだ。終われば、引っ張って回収する。
『できるだけ、起こったことを再現したいからな。』と
説明しながら孝臣は言った。彼は本気で、自分の兄への手がかりを見つけようとしている。風晴は内心、叔父にとても感謝していた。
ザックザックと歩きながら、安西がふと顔をあげた。
『さっき、、、神宮寺に"なんのために来たんだ"って言いましたよね?』
先頭を進む孝臣は、聞こえているはずなのに今度は振り返らなかった。
『まさか、、、、』
正火斗もいち早く気づいた。桂木まで、珍しく勘が働いた。
『オレらって荷物運び要員として連れてこられたんじゃないですよね?』
『ええ⁉️』
『桜田先生、そうなんですか!?』
女子からも抗議の声が上がる。彼女達も当然、パソコンやら飲み物やらを持たされている。
『こういう時だけ''桜田先生"呼びするな。世の中にはな、解き明かさなくていい疑問もある。』
孝臣はさらに足を進めた。後ろからは文句が投げつけられる。
『大人って、、、汚い』
『ひでぇよ、サクラチャン!』
『''この謎を解くために力を貸してほしい''とか言ってたのに、人手のことなんですか?』
『うーもう歩くのやだー』
風晴は水中ドローンのハードケースを一つ持っていた。シンカーのリュックよりは軽いのかもしれないが、暑さで息が乱れる。だが、彼は神宮寺に教えた。
『大丈夫。もう着く。』
『『え?』』
と、神宮寺だけではなく、皆の声がそろい、そして誰もが前方を見つめた。
孝臣が足を止めている。
道のすぐ先は開けていて、そこに黒々とした水の光る池が現れた。周りの草は、不思議と短いものばかりで、来るものを遮ってもいない。風晴はそれがむしろ不気味に見えた。まるで、池が自分達を招いているかのようで。
そして、彼は目を見開いた。
池のすぐ近くの赤い布を巻いた地蔵のそばに、人が立っている。風晴がひどく驚いたのは、それが、自分の見知った人物だったからだ。
『真淵、、、、、、!』
風晴は思わず声をあげた。
クラスメイトは、ゆっくりとこちらに振り返った。
黒竜池編スタートです。
読んで頂きまして、ありがとうございました。