明日へ続く道筋
ー登場人物紹介ー
桜田風晴・・・田舎の農業高校2年生。
桜田風子・・・風晴の母親。民宿を営む。
桜田晴臣・・・風晴の父親。市議会議員だったが、6年前から行方不明。
桜田孝臣・・・晴臣の実弟。ミステリー同好会顧問。地学教師。
大道正火斗・・・ミステリー同好会部長。高校3年。実家は大企業の財閥グループ。
大道水樹・・・ミステリー同好会メンバー。正火斗の妹。高校2年。
安西秀一・・・ミステリー同好会副部長。高校2年。父親は大道グループ傘下企業役員。
桂木慎・・・ミステリー同好会メンバー。高校2年。
神宮寺清雅・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
椎名美鈴・・・ミステリー同好会メンバー。高校1年。
西岡幸子・・・桜田家の隣人。
井原雪枝・・・風子に屋敷を貸す民宿オーナー。
夕暮れとなり、民宿では夕食を迎えていた。
ミステリー同好会メンバーは、ここで顧問の"自慢の甥っ子"を認めざるを得なくなっていた。
桜田孝臣の甥ー 風晴は、ほうれん草のキッシュや自家製のソーセージ入りの野菜ポトフ、スペアリブとエビやイカのシーフードパエリアをテーブルに並べていた。
勿論いくつかは前日から準備していたものだし、母親と共同で作っている。でもデザートは自分1人で手掛けていて、それは溶かしたマシュマロとミカン缶を混ぜたムースのそれに、重ねられてできた二層のレアチーズケーキだった。
女性陣からは嬉しい悲鳴すら上がった。
特に椎名美鈴は甘いものには目が無いらしくて、この、ここでしか食べられないだろうオリジナルスイーツを一切れでは小さいと嘆いた。それで、風晴が自分の分を譲ってあげることにまでなった。
(結構簡単に作れるんだけどな、、、、コレ。)
女子に感謝の目で見上げられて風晴は、このことは胸に秘めておこうと決めた。
食事の中盤、
『謝るよ。正直、料理には何の期待もしてこなかった。』
正火斗はキッシュを口にしながら、一度フォークを置いて両手を挙げるポーズをした。
『大きくでたらいいよ風晴。部長がこんなに恐縮してるの1年に1回くらいだから、貴重なチャンスだよ。』
正火斗の隣りにいた安西が、向かいの風晴に忠告する。
風晴は彼が自分を呼び捨てにしたことに嬉しい驚きを覚えた。最も、叔父の桜田先生と区別するためにだけかもしれない。勘違いするな とも自らに言い聞かせる。
『安西、君にとって僕はそんな認識か』
正火斗の口調は、ふざけて言っていることがすぐに分かった。
『僕もパスタとかはできるよ。』
神宮寺は少しムキになって話に入ってきた。
『母の日にはケーキも焼いて、自分でデコレーションしてみんなに食べてもらったんだ。褒められたよ!』
なんとなく、彼の必死さが 一つ年下どころでなく幼く見えてきて、悟らねぬよう 風晴は浮かんだ笑みを消すことを努力した。
農業高校では様々な動物を飼育しているが、自分が構ってもらえないと噛みついてきたり、つついてきたりする馬や鶏も結構いる。もうだいぶ大きくなってきたけど春にたまたま風晴が立ち会って産まれたヤギの子もまだまだ甘えん坊で、風晴はついそのヤギのハナと神宮寺を重ねてしまうのだ。
風晴の母も思うところがあったのか
『お母さんそれは嬉しかったでしょうね!写真とか、、、あったりするの?』
と話しを広げた。
神宮寺は意気揚々とスマホの写真を開いてみんなに見せた。そこには、飾りに飾り付けられ"お母さんありがとう"の文字が大きく掲げられているケーキのような雪(生クリーム)山が映っていた。
『デカさが努力の証しだよな。』
『これは、、、(食べる方も)大変だったでしょうね。』
『気持ちは、、、こもってるの伝わるんじゃないでしょうか?』
『結構 費用がかかってそうなケーキだよ』
『アレだな、世界にひとつだけ ってヤツ』
桂木、水樹、椎名、安西、正火斗は巧みな表現力で評価した。風晴は頭が良いことの利点を知った。自分は言葉が出てこない。とりあえず何か言わなければと思い、聞く。
『じゃあ 父の日は何を?』
神宮寺は一瞬 風晴を見て止まり、そして呆然として答えた。
『何も。忘れてた。』
しばしの沈黙の後、
『神宮寺!!!』
桜田孝臣は世の父親代表として、声を張り上げた。
その後、笑いあり怒りありの食卓の終わり頃、孝臣は自分から最も遠い場所に座っていた風子に向かって告げた。
『風子さん。確認しましたが、使う機材も皆無事に揃って届いていました。後はレンタカーが必要なので、番号を教えて下さい。それが手配出来れば明日の午前中に最終確認して、昼から黒竜池に向かえます。』
それは風子だけにではなく、風晴を含めた全員に言っているのだと誰もがわかっていた。先程までとは空気は変わり、緊張が走る。
『はい。分かりました。』
風子の答えは、全てへのゴーサインだった。
明日、自分達は森に入って黒竜池に行く。ついに。
(父さんを見つけだす。)
風晴はそっと自分自身に誓った。
夜
東京ならまだ人々の活動時間さながらな頃でも、灰畑町はすでに寝静まっているかのようだった。室内はエアコンが効いているので閉め切っているが、その窓にはかなりのサイズの虫が張り付いている。2階の共同スペースの窓辺に佇んで、正火斗はガラス越しの夜空を見上げていた。
(月も星も輝いている。明日は晴れそうだ。)
明日について思いを巡らしていると、背後に近づく人影を窓が映して知らせてくれた。
『思っていたよりずっと面白い1日だった。田舎なんて何もないと思っていたのに。』
妹だ。ガラスに映ると恐ろしいほど美しい。まるでこの世のものかと見紛うほどに。
正火斗はそのガラスを見ていたので、振り返りはしなかった。
『兄さんが 人に圧倒されてるところも 初めて見れたし。』
『お前で日々鍛えられているのにな。』
姿勢は崩さずに、呟く程度の声。
『サクラセンセのお気に入り、母親思いの健気な息子、、、でも、本当はどんな人間なのか、ちょっと興味がでてきたかも』
その言葉に、正火斗はゆっくりと だが 妹の方を向いた。彼女は待っていたかのように、ニッコリと笑みを浮かべている。
『僕はお前がどういうつもりでやっているか分かっているから黙って見てきたが。水樹、彼を試すのはやめろ。
お前にかまわれなくても、彼のこれからは充分困難だ。』
その時、
『部長、風晴には忠告はしておきましたから。』
と、安西が横から入ってきた。会話を聞いていたようだ。
水樹は眉をつり上げた。
『なんで?何を?何も関係ないくせに』
『関係ないけどこの5年間"犠牲者"を16人見てきたから。風晴を17人目にしたくはない。』
『その眼鏡の奥で盗み見てカウントしてきたってこと?』
水樹は顎を少し上げて安西を見下げた。さながら女王のように。そして、彼の眼鏡を指でつつきながらゆっくりと言う。
『へ ン タ イ ね?』
安西は少し頬を赤くはしたが、
『やめろ』と
手を払って距離を取った。
『君は 風晴が椎名に気があるかも知れないと思ったんだろ?だから彼を試さなければいけないと思ってる。』
名前を出された椎名美鈴がこちらを向いた。廊下の座椅子で桂木と話していたようで、こちらの内容にまでは気づいていないようだ。
水樹は一瞬目を見開き、そして次にはその瞳で安西を睨みつけた。それでも、彼は怯まなかった。
『もう そういうの やめた方がいい。それに風晴のことは誤解だよ。彼はただ親切なだけだ。それにきっと、今そんな余裕ない。』
言って、安西はその場を離れた。
その背を 水樹は 睨み続けている。
水樹の後ろから、正火斗はその身体を少しかがめて妹の耳元に囁いた。
『良い幼馴染みを持っているじゃないか。』
水樹はピクリとしたが、表情は変わらなかった。ただ一言
『最っっ悪』と
吐き捨てるように言った。