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【外伝】異世界私立探偵 〜 厄災の魔女篇 〜  作者: もちこみかん
Season 1 Episode 1 「アルトリウスの日常」
13/15

Scene-2 / 訪問者

 ノックされたドアに目を向けると、ガラス扉のむこうに、デリンの姿が見えた。

かなり長い事情聴取を受けていたはずだが疲れは全く感じさせていない。若者らしい生気に満ち溢れている。普段から落ち着いた所作だが、その目は好奇心旺盛な子犬のように落ち着きがない。

 ジョルデが手招きすると、室内に入った。

 ジョルデは空になったグラスを軽く指さした。デリンは首を振った。

「お久しぶりです。分隊長。」デリンはしなやかな身のこなしで敬礼をして答えた。

「ああ。デリン。去年の夏以来かね。久しぶりだね。近頃はお前さんの活躍をよく耳にするよ。冒険者ギルドのクエストをだいぶこなしているようじゃないか。Aランクももう間近だとか。」ジョルデはいつもの表情に戻りながら、デリンに話しかける。「周辺の村々での討伐も相当こなしているようじゃないか。」

「いえ、自分なんてまだまだです。時々、ジムにも手伝ってもらってますからね。それに、今回は何も出来ませんでした。」悔しさを滲ませた表情でデリンは答えた。

 デリンは立ったまま、エミルとの最後の会話をジョルデに伝えた。最後まで孤児院のこと、孤児の子たちを心配していたようだ。息が途絶えるまで、孤児の一人一人に言葉を遺したそうだ。死が訪れる直前まで弱者に目を向けられる人間はそうはいない。平民から富豪になるものの多くは、あまり良い噂を聞かない。しかし、エミル・ローレンスは多くの市民から敬われ、慕われる存在だった。数々のチャリティーやボランティア、孤児院や学校の運営など、知らぬものは居ない名士だった。孤児院を出たエミルの里親となったウィル・ローレンスは没落寸前の貴族だったが、エミルの才覚がローレンス家を復興し、発展させてきたのだった。今はエミルの息子が家業を引き継いでいる。

 エミルは最後にサラとジョルデに対しての感謝の言葉も遺していた。

 ジョルデは静かに頷いた。再びグラスに酒を注ぎ、エミルに酒坏を捧げた。

「そういえば、デリン。もし、お前さんにその気があれば、いつでも隊に戻って来てもいいんだが。魔獣の討伐も大事な仕事だが、街も大忙しでね。悪人どもでこの街が埋め尽くされそうなんだよ。」ジョルデはわざとらしく困ったような顔をしてデリンに話しかけた。

「王弟公が倒れられて、だいぶ街の様子が変わりましたね。警備隊の雰囲気も。」デリンは静かに答えた。

 ジョルデは頭を振って応えた。両手を拡げ、肩をすくめる。

 私は立ち上がり、ジョルデに別れの挨拶をして部屋を出た。デリンは同じくジョルデに言葉を掛け、再度の敬礼をしてから部屋を出た。

 私達は警備隊の建物を出た。


 夕暮れが終わっていた。空はすっかり暗くなり、魔力灯の明かりが通りをぼんやりと照らしている。

 デリンは私の横に並んで歩いた。足元を見ているようなふりをしながら、周囲をそれとなく観察している。

「ジム。あいつら、隊室にいましたね。」

「ああ。」と私は応えた。

「何食わない顔で仕事するふりしてましたからね。正直、自分は思いきり殴ってやりたかったですよ。衝動を抑えるのに精一杯でした。奴らが余計なことをしなければ、エミルさんだってまだ生きていたかも知れないのに。」

「ジョルデに任せよう。」と私は答えた。

 裏切り者の隊員を捕まえるのは容易い。しかし、末端を捕まえたところで根本的な解決には至らない。そして彼らにも家族がいる。養っている子どもたちがいる。ジョルデなら時間がかかってもうまく対処できるだろう。

「自分らが警備隊にいた頃とはだいぶ様子が変わってきていますね。知ってた顔もだいぶ少なくなっています。王弟公が病に伏してから、なにもかも次第におかしくなっている気がしますね。カテリーナも王宮がおかしくなってきているってよく言ってます。軍も腐敗しはじめているっていう話です。」

 カテリーナとは、5年前、私がこの世界に現れたころ、街道で私の肩を弓矢で貫いた女騎士だ。デリンとは婚約関係にあり、近々結婚をすることになっている。

「ああ。」とだけ私は短く答えた。

「アリアンナ様もお会いしたいと申されているようです。ただ、最近は何者かに監視されているらしくて、今は身辺警護を増やしたところだそうで、王宮の外には出れそうにないそうですが。」

「アリアンナ様か。懐かしいな。」

「今度、王宮に入れないか、カテリーナと相談してみます。」

 私は頷いた。

 デリンと私は人通りの多い通りを選びながら、住居兼事務所のあるブロックに向けて歩いた。アルトリウス市内には魔力を利用した路面電車が走っている。それに乗れば数分とかからず事務所に帰れたが、遠回りをしながら歩いた。尾行されているような気配は感じられなかった。

 オフィス街を抜け、人通りが多い飲食店街を抜け、町工場が多い地域を抜け、倉庫街に近い事務所に向かった。次第にすれ違う人が少なくなり、喧騒が遠くに離れていく。

雑多な職種の事務所がある建物の3階に私達の事務所はあった。たどり着くころにはすっかり夜となっていて、そこかしこの建物の窓から明かりが漏れている。

 事務所の建物は半分はレンガで、半分は木造でできていた。短いアプローチを上り、建物のエントランスに入る。エントランスはかなり薄暗い。照明が間引きされていて、魔力灯が半分もついていない。エレベータは設置されているが、入居した時から動いているのを見たことがない。

 やたらと軋む木造の階段を3階まで登った。いつ崩れ落ちてもおかしくないような音がするが、今のところ持ちこたえていた。

 階段を上がりきると、眼の前に事務所の待合室のドアがある。廊下を進んだ左の奥には住居用の扉がある。廊下は一つだけの魔力灯が照らしていた。

 待合室のドアが微かに開いていた。

 私は振り返ることなく、右腕で後方に居るはずのデリンに合図を送った。デリンは素早く扉の左側に身体を寄せ、静かにドアを細く開いて中を覗き込んだ。しばらく、覗き込んだまま動かずにいた。私は右腕を左の懐に伸ばし、スミス・アンド・ウエッソンの感触を確かめた。

 デリンは静かに、ドアを細く開き、中に身を滑らせて入った。すぐに待合室の魔力灯が点灯した。私はデリンに続いて室内に入った。

 待合室には壁際に粗末な椅子を4つほど並べている。クライアントを落ち着かせるためだ。このあたりの人間なら、大抵は豪華なソファーに座るとすぐに居心地悪くなるものだ。

 その待合室用の椅子にもたれるようにして女が腰掛けている。布の袋を胸に抱えて寝息を立てていた。眉間に皺が寄っている。幸せそうな夢を見ているわけではなさそうだ。衣服は華美な飾りは一切なかった。きちんとアイロン掛けされているようだった。それとも着崩れをしないための特別なコツを知っているのかもしれない。20代前半から半ばというところだろうか。左耳には既婚を示す飾りを付けている。

 デリンが無言で私を見つめた。私は手を軽く振って、任せると伝えた。待合室を抜け、執務室に入った。執務室の魔力灯をつける。コートと、上着を衣装かけに掛けた。デスクをまわりこんで、椅子に座った。

「奥さん、奥さん。・・・奥さん。」待合室からデリンの声が聞こえる。いつもどおりの優しい声だ。




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