Scene-1 / 警備隊の日常
街道で意識を失い、アルトリウスに連れてこられてから、5年がすでに過ぎていた。
矢で射抜かれた右肩は、その後に治療を受けて、今では何事もなかったように動き、傷もかなり目立たなくなっている。
数々の出来事があったが、それらの話はまた別に語る機会があるだろう。
私はアルトリウスという街で生き延びることができ、自分の居場所を築くことができていた。
街の人間は私を便利屋と呼ぶ。今では便利屋ギルドと冒険者ギルドに所属している。しかし、私はいつも自分のことを私立探偵と名乗った。
この世界に探偵という概念の職業は無く、誰もが理解しなかった。
私立探偵という職業は私の頭が作り出した幻想なのかもしれない。
しかし、気にはならなかった。
「よう、ジム、珍しいな。またおこぼれでも探しているのかい」
白衣を着たふとっちょの小男がカエルのような顔で、カエルのような声で喋った。
私は自分がしかめっ面をしているのがわかった。
眼の前の階段を登り、すれ違いざまに男に近寄り、耳元で低く話した。
「ドーズ。身元不明の死体の衣服からよく金をくすむらしいじゃないか。」
そう言うと、私はわざとらしく右の口角を持ち上げた。
「ちょっ、ジム、そんな、」小男は調子の良い口調をやめて、慌てたように喋った。
私は小男の肩を軽く叩きながら先を急ぐように建物の中に入った。まるで感電でもしたかのようにドーズは身を固くし振り向いている。
ドーズは悪党でも、小悪党でもない。このアルトリウスという街ではただのお調子者の部類に入る。そして鑑識の腕は立つ。
アルトリウスは大都市だった。大きな港があり、貿易が栄え、海軍もあり、数十万人の人間が暮らしている。この大きな都市を警備するのがアルトリウス警備隊であり、私はその13分隊ビルの入り口に設置された階段を登っていた。
建物の中に入ると、1階は天井の高いホールになっていて、人と活気に溢れていた。繁華街に近く、昼夜を問わず、捕縛された人間と怒鳴る一団と泣きわめく集団、そして放心している人々で埋め尽くされている。不眠不休の盛大な市場のようだ。街のあらゆるごみクズが売られている市場のようだ。
人混みをかきわけながら進み、右手にある通路の前に立った隊員に目配せして、建物奥に続く廊下に出た。
明るいホールと比べて廊下は極端に暗かった。
このレンガづくりの建物は、魔法強化を施している。もう何百年という歳月が経過しているというのに、朽ち果てる気配などない。
といっても、以前は建物全体が強化魔法を掛けられていたが、近年は予算不足ということで、主要な構造躯体となる大きな柱や、外壁などの一部が強化されているのみで、内壁はところどころひびが割れたり、崩れかかっているような箇所も見えた。
廊下が暗いのも予算の関係かもしれない。以前は電灯が点いていたものだが、今は明かりはなかった。窓から入る夕刻の自然光だけが頼りだった。
近頃は電力が高騰していた。もともと高価ではあったものの、電力を生み出すための魔力タービン技術者が激減していることが理由だとも聞く。
取調室を横に見ながら廊下を奥へ進み、途中にある階段で2階に登った。
そこは隊員の執務室だった。多くのデスクがあり、100人近くの隊員が熱心にそれぞれの仕事に集中している。警備隊といっても暴力事件だけでなく、詐欺や商業ギルド内のビジネス上のトラブル、ギルドグループごとの事件なども扱っており、その業務は多岐にわたる。
ここでも電灯は使われていなかった。ところどころに旧式の魔力灯が立ち、部屋を照らしていた。
部屋の奥に階段があり、その上に分隊長と副分隊長のガラス張りの部屋があった。奥の階段に向けて、デスクの森を縫うように歩いた。
私に気が付き、あからさまに視線を避けるものがいれば、舌打ちをするもの、敵意を向けてくるものもいた。たまに親しく声をかけてくる者もいる。私は手を振って応えながら、副分隊長の部屋へ続く階段を登った。
副分隊長のジョルデが執務室で隊員と話していた。私は空いたままのドアのガラスを軽くノックする。
ジョルデは大柄な初老の男だった。よく頭が切れるが、そうした雰囲気を表に出さない。朴訥な農夫のような話し方で相手を安心させ、油断させるタチの人間だ。彼は私に気づくと、話を切り上げて手招いた。隊の制服の袖から伸びた腕が棍棒のように太い。
副分隊長と話していた若者が退出するのを待ってから部屋に入り、ドアを締めた。
大きなデスクの前にある、向かい合って配置された二人がけのソファーの一つに腰をおろした。
「ジム、すまんな。エミルの件は残念だった。」
ジョルデはデスクの引き出しから酒瓶とグラスを取り出しながら話した。デスクから立ち上がり、私の正面のソファーに座った。向かい合ったソファーの間にある小さなテーブルに2つのグラスを置き、グラスを酒で満たした。
「エミルに。」そう言って、ジョルデはグラスを上に掲げた。
私もグラスを手に取り、エミルに捧げた。誇り高い老女だった。助けることができなかったことが悔やまれる。
「事件の聴取は下でデリンが受けてくれてる。あいつのことだからうまく話すだろう。あとの処理はこっちでやれるだろうさ。」グラスの中身を一気に飲み干しながら、ジョルデは声を落としながら話した。「サラが聞いたら、と思うと、不安でね。この話はサラがエミルから聞いてきた話だから。」
私は頷いた。サラはジョルデの妻だ。トラブルに巻き込まれた資産家のエミルと同じ孤児院育ちで旧知の間柄だったようだ。年は離れていたが、互いに深い理解者だったようだ。エミルが悩みをサラに打ち明け、サラが夫のジョルデに相談し、そしてジョルデが私に非公式に依頼した事件だった。
「うちの分隊の隊員の中にも港湾マフィアに買収されている奴らが居るだろうとは思ってた。だが、まさかヴィルタームのマフィアに買収されている奴らまでいるとは。この分隊もいよいよゴロツキばかりになってきちまった。」ジョルデは吐き捨てるように言った。いつもの農夫のような仮面が剥げ、正義に熱い警備隊員の素顔を見せた。真剣な表情でグラスを見つめていた。
今回の事件の発端は、マフィア同士の抗争だった。この街アルトリウスに巣食うローゾ一家と、工芸と芸術の街ベルガルドで暗躍するザン・シンジケートとの間のトラブルがきっかけだった。取引上のいざこざから覇権争いに発展し、ある土地の所有権をめぐって死人が出る状況にまで発展していた。
元の依頼主であるエミルが望んでいたのは2つ。その問題の土地で自ら運営している孤児院が存続し続けるように問題を解決すること。そしてその土地を亡くなった義理の父親 ー エミルの里親となった人物だ ー がマフィアの仕事に加担して貰い受けたという事実を誰にも知られず、証拠を残さないようにすることだった。そのどちらの依頼も果たすことはできた。しかし、警備隊にまぎれていた敵方の内通者によってエミルの存在が漏れ、ザン・シンジケートとの戦闘に巻き込んでしまった。
私はエミルが巻き込まれた状況を簡単に説明した。私と相棒のデリンがエミルを護衛していたところ、屋敷にザン・シンジケートの手のものが現れた。銃撃戦になったが、なんとか防戦していると、一人の魔道士が突如あらわれて、魔法攻撃を始めた。
デリンは結界を張ってこらえたが、相手の実力がはるかに上回り、エミルは半壊した屋敷の柱の下敷きになり、私達は助け出すことに失敗して逃げることしかできなかった。
魔道士はおそらく暗殺ギルドの手の者だろう。それも、教団お抱えの魔道士だ。しかし、そのことについてはジョルデには話さなかった。
この世界では一部のものだけが魔法というものを扱えた。周囲にある魔素を集め、炎をつくりだしたり、結界をつくったりと、魔素を操る力 ー 魔力 ー を用いて魔素を物理現象に変換させる技術のことを魔法と呼ぶ。多くは王族など、古くからその血流を繋いだ一族が魔力を帯びて生まれ、その扱い方を代々受け継いでいる。一方で都市に生きる大半のものは魔力を持って生まれることはなく、いまや魔法を目にすることもない。工業化が進むこの都市の住民の多くは魔法は古臭いもの、非進歩的なものと感じている者も多い。特に街から出ることがない仕事についているもの、飲食業や小売業といった仕事に従事しているものの中には、魔法を扱う魔道士を得体のしれない存在と忌み嫌う風潮ができつつあった。
人は目に見えない存在を恐れるものだ。それでも、古代から伝わる魔力を備えた魔導具の存在によって、一般の市民も魔力の恩恵は受けていた。不思議なようだが、市民の感覚から言えば、電力も魔力も、その元となる仕組みは違うとは言え、目には見えないが役立つものとして等しく認知されていた。
私はこの件で知り得た2つのマフィアの情報をジョルデに話した。また、警備隊の中で怪しい動きをしていた隊員の名前も告げた。その名前を聞いてジョルデは納得のいかない表情をしていたが、調べるとは答えた。信用のおける内部監査官も今では少ない。内通者のあぶり出しや裏取りは容易ではないだろうと思った。
軽いノックの音が聞こえ、ジョルデと私はドアに目を向けた。




