第8話 異端な表情
「それで、彼女が光妖精族のシーリスです」
一通りの口喧嘩を終えた後で、海人はあらためてシーリスを洋介に紹介した。
「ふん、だ」
紹介されているにも関わらず、シーリスはテーブルの上に胡坐で座り込んで、あらぬ方向を見ている。頬は膨らんだままだし、目つきは鋭い。
シーリスは何が気に入らないのか、ご機嫌は斜めなまま、へそを曲げている。どうやら、洋介達の会話に参加する意思はなさそうだ。明確に、拒絶の意思を示している。
(光妖精、光妖精ね。どっかで聞き覚えがあるな)
初対面の相手に、そんな態度をとられているというのに、洋介はどこか懐かしいものを見るような目でシーリスを見ていた。
(そっか、あの時ライツを見たあいつが言ってたのって、この子みたいなのか。それは間違えても仕方ないよ)
昔、星妖精であるライツが光妖精だと間違えられたことがある。洋介はその時のことを思い出していた。
それを言われた状況も含め、一連の事件は強烈な記憶として洋介の脳に刻み込まれている。しかし、光妖精を知らない洋介に、その言葉の意味自体はいまいちピンときていなかった。
こうして、本物の光妖精を目の当たりにすれば、本当にライツ達とよく似ている。
(ライツの翅はちょっと特殊だから。えっと、ルーミをちっさくしたら、うん、こんな感じだ)
星妖精の大人を一人、洋介は知っている。彼女が縮めてみれば、ちょうどシーリスのような存在になるだろう。
そんな風に自身の記憶を絡めて洋介は、とても穏やかな視線をシーリスに向けている。海人はそんな彼を不思議なものを見るような目で見つめていた。
(うーん、どうしよっか。俺の話をしようかと思ったんだけど、いまいち調子出てこないぞ)
どうも洋介の反応一つ一つが、海人の想像したものとずれている。そのずれは、ことごとく海人のプランを崩してくる。次の行動が、どんどん取りにくくなる。
そもそも、だ。事の初めから、洋介は全てがおかしい。
(そう。澤田さん、シーリスを最初に見た時の表情から、どっかおかしいんだよな)
海人が洋介の存在を認識したのは、洋介がシーリスを見かけて追いかけた、その終着点である。その時に、シーリスを見ている洋介の表情は、今みたいな、どこか嬉しそうな表情である。
その感情が、海人には分からなかった。何で、そんな表情になるのか、思いもつかなかった。だから、ここまで彼に声をかけるまで時間がかかってしまったのだ。
(いや、結局、澤田さんが接触してきたんだろ。声かけれてねーじゃん。俺)
ここは、勇気を出して、その違和感に立ち向かってみよう。海人は洋介に向かって口を開いた。
「澤田さん、シーリスに会ったことあったりします?」
「うん?」
急に話しかけられた洋介は海人の疑問に疑問符で返す。
「いや、何か思い出してるっぽかったんで。今日以外で、どっかで会ったりしてるのかなって」
海人の言う通り、思い出し笑いくらいはしていたかもしれないと洋介は思う。しかし、シーリスに会ったことがあるのかと言えば、本屋に向かう際に見かけたくらいで答えは否だ。
それに彼女も洋介のことは知らないだろう。なにせ。
「さっき、『こんなモブ顔、見たことない』って言われたんだけど」
洋介は珍しく、他人の発言を根に持っていた。
「いや、その件は彼女によ~く言い聞かせておきますんで。あと、弁明するわけじゃないんですけど、見たことあるか聞いたのは俺なんで、彼女のことは許してあげてください」
「別に怒ってないよ。事実だし」
今度は洋介がヘソを曲げそうになっている。面倒になる前に、話を進めたい海人はシーリスにもう一度謝らせようとしていたが、それを止めて話を続けた。
「えっと、俺が言いたいのは今日よりも前に、こんなのに会ったことがないかってことで」
「ああ」
そういうことか、と洋介は納得する。
確かに、普通ならシーリスのような存在を見た時の反応は驚いたり、興味津々だったり多様であろうが、洋介のように久々に会った家族のような目を向ける者はいないはずだ。
――ひゃあああっ!?
「うくっ」
ライツを初めて見た時の優香の驚き様を思い出して吹き出そうになったが、さすがに失礼だと思って洋介は飲み込んだ。
「あるよ。光妖精は初めてだけど」
「へぇ~、俺、彼女以外の妖精族って知らなくて。いつ頃会ったんですか?」
いつ、と言われて思い出すのは、やはり自分が彼女らのような存在を認識した、あの夏の日のことだろう。洋介は海人に促されるまま、桔梗と出会った時の話をしようと口を開く。
「最初は幼稚園に行ってた頃かな、あれは」
「へっ!?」
しかし、海人の反射的な驚きの声で話は中断した。
「え、澤田さん、俺とそんな年齢変わらないですよね。むしろ、年上じゃ……」
何をそんなに驚くことがあるのか、洋介は意味も分からぬまま年齢については同意を示すために頷いた。
「えっと、ちょっと待ってください」
海人は頭を抱えつつ、洋介を別の手で制してくる。
「いや、僕はいいけど……大丈夫?」
大丈夫です、と一言口にして海人は両手で頭を支えだした。考えがまとまらない様子だ。短いうめき声さえ聞こえてくる。
そのまましばらく動きを止めていた海人が顔をあげる。視線は、テーブルの上に陣取っている翅の少女に向けていた。
「シーリス、そんな、十年近く前から見えてるってある?」
久々に話しかけられたシーリスは、少しだけ首を動かして顔を半分だけ海人に向けると大げさに溜息をついた。
「こっちの人間に、そんな力残ってるなんて思わなかったけど、あるでしょうね。だから言ったじゃない。このモブ、カイト達とは違うって」
あくまでシーリスは洋介をモブ扱いすることを貫くらしい。さすがに洋介はムッとしたが、それよりも海人の様子が気になった。
「はぁ、そっか。そういうのもあるんだ」
明らかに落胆している。それも、洋介のせいで、だ。
(なんか、悪いことしたかな)
海人の事情は分からないが、おそらく洋介は彼にとって期待外れだったのだろう。自分は同類に会えて嬉しくなっている分、洋介は海人を気の毒に思った。




