第7話 光の少女
――最近、何か不思議なもの見ませんでした? たとえば……、翅の生えた小人とか。
そう言い放った少年の瞳は不思議な輝きを放っていた。
(相手が善人にしろ、悪人にしろ。そっち方面の話なら聞いておくしかなくなっちゃうんだけど)
しかも、今日見たばかりの妖精を話に出されては、洋介はたとえ危険があったとしても飛び込みたくなる。ここにきて、消極的な心根を抑え込むように洋介の行動力が発揮されてきた。
どうせなら座って話を聞きたいと近くの喫茶店に席を借りてみたのが、ついさっきの話だ。
「はぁ」
洋介は大きく息を吐いて、テーブルを挟んで向こう側にいる少年の方を見た。
「やっぱり、このリッターパフェにすれば良かったかな。いや、でもさっきシェイク飲んだばっかりだし」
注文を済ませた後も彼はメニューの写真を見てぶつぶつと独り言を続けている。その集中力はすさまじく、すでに目の前にクリームソーダが置かれているというのに、気づいていない。
ちなみにリッターパフェとやらは、この店の名物の巨大なパフェだ。ライツだったら、中に飛び込んで、全身クリームまみれになりながら食べられるんだろうなと洋介は初見で想像した代物である。
(ライツと同じ目をしちゃって、まぁ)
先ほどまでのミステリアスな空気が弾け飛んだ少年は、規格外の甘味を前に目を輝かせていた。
「天宮くん。アイスクリームが溶けますよ」
「はっ」
洋介の一言で我に返った少年、天宮海人はようやく洋介と視線を合わせた。
が、すぐにちらちらとその目線が動く。テーブルに置かれたクリームソーダに海人の心が浮気していた。
「いいよ、食べてからで。クリームソーダは溶けるけど、僕は逃げないから」
ライツと重ねて見てしまったからか、洋介の海人に対する警戒心はほぼゼロになった。どちらかといえば、親身に海人を促している。
海人はペコリと頭を下げて、一口二口とアイスクリームへ集中攻撃をしかけると、すぐにただのメロンソーダにしてしまった。
食べ終わって、改めて海人は洋介と視線を交わす。
「まずは、すみません。尾行なんてしてしまって」
海人は深々と頭を下げる。その大げさな動きに気付いた周りの人が何事かと注目してくるのに、洋介は焦った。
「い、いや、それはいいって」
早く頭を上げさせようと洋介は周囲を気にしながら海人に引きつった笑顔を向ける。
そもそも、悪意をもって人の後をつけようなんて人物は見つかった時に謝罪しない。洋介としては、そんな話はいいから話を進めてほしいというのが本音だった。
「お詫びと言っては何ですが、俺の話の前に澤田さんが気にしている『翅の生えた小人』について先に話しましょうか?」
「……」
急に洋介の表情が凍り付く。
(あれ、聞きたくないわけじゃないと思うけど)
海人は内心、はてなと首を傾げた。洋介を引き留めた口説き文句で、かつ彼が一番気にしていた話だ。きっと食いついてくれるだろうと予想していたのだ。
海人の予想は当たっていた。洋介はこの街に来て見かけた、小さな妖精をずっと気にかけていた。そんな時に、そのままズバリな内容の話をしようとする人間がいたら、その針に食いつかないわけにはいかない。
しかし、海人は澤田洋介という人間の背景を知らないから、彼の今みたいな反応は予測できなかった。
「む……」
洋介は険しい顔で黙り込んでしまう。
彼の心に生まれているのは、葛藤だ。自分が「妖精が見えるのだ」と、口に出して良いのか否か。
優香がライツの姿が見えるのでは、と思った時も同じような状態に洋介は陥った。口に出そうとすれば、どうしても幼い頃にできた心の傷が邪魔をしてくる。それを口に出した瞬間に、これまで築いてきた自身の世界が崩壊するのではないかという恐れが洋介の口を塞いでくる。
海人も海人で、黙られてしまったら反応を待つしかない。そんな硬直状態を打ち砕いたのは、意外なところから発せられた声だった。
「だからぁ~、私、さっきから言ってるじゃない。こんなモブ顔、向こうで見たことないんだから声かけたってムダだって」
「モブっ!?」
最近知り合う者の容姿が優れているからか、密かに自分の顔を気にしだしていた洋介は反射的に声の方向を見る。その、辛辣なのに鈴の音のように凛と通る声は、海人の胸元から聞こえてきた。
海人は無言で服の下に隠していたペンダントを取り出す。それには見る者に不思議な印象を持たせる、美麗な意匠が施されていた。
「おい、さすがに失礼だぞ」
その一見取扱いに慎重さが必要そうなペンダントを、海人は何も気にせずに指で弾いた。ペンダントが大きく揺れると、「いったーいっ」という先ほどと同じ声がそこから発せられる。
そして、次の瞬間。そこから光の珠が、そこから二人の前に飛び出した。
「私が中にいるときは、絶対に揺らすなって言ったじゃない。カイト!」
(あっ)
頭上で海人を睨みつける、小さな瞳。背中には、光の粒子をまとった二対の翅。
目の前にいるのはまさしく、本屋に行く前に見かけた小さな妖精だった。
「シーリス、あんたが変なこと口走るからだろ。せっかく話を聞いてもらってるのに澤田さんが機嫌損ねたら、どう責任取るんだ」
海人は洋介に対してのような敬語ではない、おそらくこれが彼本来の話し方である砕けた言葉で、不満気に頬を膨らませる妖精をたしなめている。
「ふん、だ。モブにモブ顔って言って、何が悪いのよ」
そして彼にシーリスと呼ばれた妖精は、洋介に対しての悪態を止めようとしない。苛立ちに翅を揺らすたびに、周囲に光の粒子をまき散らしている。
通りがかった店員が、不思議なものを見るように海人を見る。その視線に気付いた海人は自分の声を小さくする。しかし、そんな彼にお構いなしなシーリスは舌戦を続けようとしている。海人はしばらく、返したい言葉をぐっと我慢していた。
店員の視線は一切シーリスに向くことなく、海人の我慢が功を奏したのか、何も気にしない様子で彼女は立ち去って行った。
「へっへー、カイト。また、街中で大声出して睨まれたいのかな~」
「あんたなぁっ」
そして、店員の目が離れると、再び海人の声が大きくなる。
洋介はぱちくりと瞼を動かして、自分に対しての悪口で口論になっている二人を眺めていた。
そんな光景を見ていると、先ほどまでの不快な感情が消えていき、代わりに徐々に幸せな気持ちが込み上げてくる。
(ああ、よかった。見えているのは僕だけじゃない)
生涯で二人目。
自分が隠していることを、堂々と話してもいい存在が目の前にいる。そんな幸福で洋介は満たされていた。




