第6話 接触する運命
(さて、こっからどうするかな)
洋介は傍目からは平静を装いつつ、何事もないように足を動かしている。しかし、その頭の中は色々な考えが迷走していて、次の行動を決めかねていた。
最初は用事を済ませて、そのまま帰宅しようと駅の近くまで来た。しかし、そこまで行ったかと思えば、改札近くですっと引き返す。駅から出ると右に曲がり、そのまま線路に沿って洋介は歩き出す。しかし、すぐに交差点で曲がると、立ち去った施設に向かう道に入って、さらに歩いていく。
自分でも洋介はどこに向かおうとしているのか、分からない。ただ、こうやって意味不明に動き回ってみると、洋介の中に生まれていた疑惑が徐々に確信に変わっていくのを洋介は感じ取っていた。
(う~ん、やっぱ誰か付いてきてるよな)
最初はちょっとした違和感だった。それを気にしてしまうと、自意識過剰を疑われるくらいの小さな違和感だ。
しかし、洋介の周囲を気にする感覚は普通の人より、ほんのちょっとだけ鋭い。動けば動くほど、違和感は大きく膨れ上がってきていた。
そして、明らかにおかしな人影を見たことで杞憂ではないことを洋介は悟る。
時折カーブミラーを確認する。
(やっぱりいるよなぁ)
明らかに変な動きをしている洋介に合わせて動く影を何度か見つけた。目的のない洋介の行動と一致する、なんてことはそうないだろう。
追跡者はその行動自体が不慣れなのか、あまりうまく体を隠せていない。今度ははっきりと姿が洋介の目に映る。
(子ども、だな)
洋介は内心で胸を撫で下ろす。
どういった人物が自分の背中を追っているのか、知らない状態で密室の電車内に入るのが怖かった。そのため、帰り道を外れて迂回を続けているのだが、その恐怖がほんのちょっとだけ緩和された。
誰かを尾行するときはどうするのか。プロの仕事を洋介は知らないが、ミラーに映る彼は明らかに素人の所作をしている。そこに、悪意はあまり感じられない。
(とはいえ、このままにしておくのは気味が悪いよね)
洋介から行動をおこすとしたら、さっき見た交番の近くか。悪意を持った相手でも、警察官が近くにいるのなら対処ができるかもしれない。
洋介は狙った場所まで進んでいき、真っ直ぐな道を逸る気持ちを抑えながら変わらぬペースで足を動かす。そして、急に右に折れて路地に飛び込んだ。
「よっと」
きゅっ、と足でブレーキをかけて洋介は壁に背中を預ける。そのまましばらく待つと、焦った足音が近づいてくるのが聞こえてくる。
(うん、やっぱり素人だ……さっきの作戦で行くか)
思いついたはいいものの、少しだけ躊躇していた洋介だったが覚悟を決めた。足音がすぐ近くで止まったのを見計らって、洋介は小さく息を吸い込んだ。
路地の方を覗き込もうとする追跡者の動きに合わせて。
「僕に何か用?」
洋介は自分から元の道に飛び出した。
「うひゃあっ」
一瞬、洋介の視界に映ったが、すぐに奇声とともに消えてしまった。
「いてて……なんだよ、もう」
洋介が視線を下げると、地面に尻もちをついている少年の姿があった。彼は、強く体を打ち付けたようで痛みに顔をしかめている。
しかし、すぐにじっとこちらを見下ろしている洋介に気づいて、ばつが悪そうに苦笑いを彼に向けた。
「すみません、怪しかったですよね」
開口一番に彼は謝罪を口にする。
「慣れないことはするもんじゃないなぁ。いつから、気づいてました?」
その物怖じしない口調に、洋介の警戒が若干薄れた。軽妙な語り口から、罪悪感が少年から伝わってくる。あまり悪いことは考えられなさそうな人物だ。
「だいぶ前からね」
何かしらの事情があって、自分を追いかけたのだろうと洋介は推測した。そうなると、話くらいは聞いてみたくなる。
洋介は手を差し伸べる。
少年は、その手を戸惑いなく握って、洋介が引き上げるのに合わせて立ち上がった。
「もしかして、えっと、本屋で話しかけてきたのも、おまえ?」
「はい、俺です。ホントは、その時に声をかけたくて……なぜか、隠れちゃいましたけれど」
洋介はこれでも恐る恐る話しかけている。緊張からか、言葉の端が少しだけ震えている。
それに比べて、少年の声は滑らかだ。恐縮は伝わってくるものの、スラスラと話したいことを話すことができているという印象がある。初対面の相手と会話することへの慣れを感じられた。
「こうなったら単刀直入に言います。ちょっと時間もらえますか?」
そこで初めて洋介は少年の顔をまっすぐに見た。
動きやしぐさ、そして声で男の子であると判断していた洋介だったが、真正面から彼の顔をみるとその印象に揺らぎが生まれる。
とても整っている顔のパーツが、どちらかといえば女性よりなのだ。振る舞いを女の子らしくしてみたら、どんな相手も騙せるくらいには美少女になるだろう。
そう、「騙せるくらいには」だ。落ち着いて見てみたら、やはり洋介の目には中学生くらいの男子に映るのだ。
(う~ん、悪いやつには見えないんだよな。でもなぁ、どうしよう)
彼の強い力を持った目に頷きそうになった洋介だったが、持ち前の人見知りと慎重さが顔を出している。大胆に声をかけてはみたものの、その後にどうするか洋介は考えていなかった。
(う~ん、せっかく接触できたのに、これじゃあ逃げられるか)
少年にも、そんな洋介の態度が伝わってきた。これは、興味をひかせることを言わなければいけない、彼はそう考えて、本当は落ち着いてから話したかったことを口に出す。
「最近、何か不思議なもの見ませんでした? たとえば……、|翅≪はね≫の生えた小人とか」
「えっ」
彼の一言は、洋介の警戒心を粉々に吹き飛ばしていった。




