第9話 落胆と浮上
「なんか、ごめんね」
「へっ」
洋介の謝罪を、海人は間抜けな声で受け止めた。自分の世界に閉じこもってしまっていた海人を、洋介が引き戻したのだ。
「おまえが探している人じゃなかったんでしょ、僕」
そんな洋介の恐縮した言葉でようやく、海人は他人から見ても明らかに落ち込んでいる自分自身に気づいた。さすがに失礼すぎだろうと反省して、海人は大きく息を吐いた。
「いや。俺の方こそ、すみません。澤田さんの気分悪くさせてしまって」
急に目の前に現れて、自分勝手に落胆している。誰が、そんな人物を前にしていい気分になるだろうか。
それなのに、洋介は小さく首を横に振ってから穏やかに微笑んだ。
「どういった人を探しているのかは分からないけどさ、なんとなく気持ちは分かるよ。うん、きっと見つからなかったら僕もおまえみたいになるだろうね」
洋介は、思い出す。おそらく、洋介が期待した通りに事が運ばなかったら、がっかりと落ち込むどころか自分を失って戻ってこれなかったのではないかと思う出来事を。
(井上さんにライツが話しかけた時、もし反応すらなかったとしたら)
洋介は想像だけで身震いしそうになる。そんな事態になっていたとしたら、今、笑えているのか、洋介は全く自信がない。きっと、見える世界も灰色に染まっていたことだろう。
そう考えれば、素直に落ち込む海人は可愛いものだ。
「それで」
「はい?」
「何で僕は『期待外れ』なのかな?」
洋介はわざと強い言葉を使って、海人の苦笑いを引き出した。そこまで気持ちを読み取られていたら、海人は素直に答えるしかなくなってしまう。
(あんま巻き込みたくないんだけど、今更だよな)
海人は、ある程度、洋介には話しておくことに決めた。
「俺が探している人には共通点があって。まずは、最近、変なものが見えるようになった人間なんです」
海人は、最近、という言葉に力を込めて言った。
「なるほど。それは確かに僕は外れるね」
さすがに、十年単位は最近の範疇ではない。
「ええ。澤田さんは正直、初めて見る反応で驚きました。俺の知ってる人って、不思議なのが見えたとしても、まず自分の目を疑うんですよ。こいつが目の前に現れたときとか」
「こいつ言うなっ」とシーリスが抗議している。海人は聞かないふりをして、洋介に説明を続ける。
シーリスに付き合ってしまったら、また長時間の口喧嘩が始まってしまう。海人はそれを避けたかった。
「一人、反応が面白いのがいましてね。シーリス見て、最初は目玉真ん丸にしてたんですけど、そのあと『こんな作り物用意してぇ』とか言って、彼女の翅をむしろうとするんです」
海人の話を聞いて、シーリスはその時の感触を思い出したのか、ぶるっと背中を震わせた。ライツの翅は小さい姿の時は隠れているが、シーリスのそれは自己主張が激しい。
確かに、ちょっと引っ張りたくなるかもしれないと洋介の悪戯心が目覚めようとする。
「ん、ちょっと待って」
そこまで黙って海人の話を聞いていた洋介だったが、海人の話がどんどん具体的になっていることに気づいて口を挟む。
「おまえの言い方だと……シーリス見れるやつって、けっこういる?」
初めて見る、だの。その中の一人という言い回しだの。海人の記憶には多くの具体例があるような言い方だった。
そんな、恐る恐る口にした洋介の疑問に「はい、いますよ。何人か」と海人は簡単に答えてしまった。
「マジかよ。なんだよ、それ」
洋介は、今日一番の衝撃に打ちのめされそうになっていた。普段、周囲に棘が刺さらないように抑え込んでいる乱暴な言葉遣いが表に出てくる。
「えっと、澤田さん。大丈夫ですか? なんか俺、変なこと言いました?」
今度は海人が心配になるほどに洋介は見る見るうちに沈み込んでいく。
(そんなに妖精が見える人がいるなら、僕の数年間は何だったんだ)
誰か分かってもらえる人はいないのか、洋介は長い雌伏の時間を過ごした。その年月が、この一瞬で全て無駄になってしまったような錯覚を洋介は覚えていたのだ。
しかし、ふと、別の考えが生まれて洋介の気持ちは持ち上がってくる。
(そういや、『最近』って言ってたな。昔、探していたとしても、少なくともこいつの知っている人は、それまでは見えていなかったのか)
さらにもう一つ、洋介にとっては重要な要素がある。
ライツと出会えた。
それがなければ、例え周囲に自分と分かり合える人がいても何も始まっていなかった。
彼女との出会いが、洋介に外界に働きかけるための勇気を与えてくれたのだ。
ライツがいなければ、きっと周囲に自分と同じような世界を見ている者がいても、洋介はずっと自分の殻に閉じこもっていただろう。
(うん、落ち込むことじゃないな。これ)
ここにいなくても、瑠璃色の瞳はいつも彼の心を支えてくれる。
「そういや、僕のこと『こんなモブ顔、見たことない』なんて言ってたけど、見たことあるやつとかいるのかな」
そんな、自分は根に持っています、なんてポーズをとれるくらいには洋介の心は浮上してきた。
「あー、それですね」
先のと違い、今度の洋介の台詞は冗談だと海人も気づいているので、そのまま話を続ける。
「シーリスが顔を知っている人がいたら完璧なんですよ。実は、これが見えるってことより重要だったりします」
「これとか言うなっ」とシーリスが再度抗議の声をあげるが、海人は無視している。
「これ」は、シーリスが顔を知っていることにかかっているのだ。今度はシーリスを指して物扱いしたわけではない。濡れ衣にもほどがあるので、海人は反論すらしたくなかった。
「顔かぁ」
洋介が何やら思い出すような仕草を見せたので、海人はそこに食いついた。
「澤田さん、もしかして、知り合いにシーリス見えてそうな人っています?」
海人も必死だ。ちょっと可能性を見つけたら、すぐに飛び掛かってくる。
洋介に心当たりはもちろんあるが、友達を売る、なんて光景に現状が思えてしまって気が引けていた。しかし、海人の目の輝きを見て観念したように洋介は息を漏らす。
「……写真でもいいの?」
海人はこくこくと何度も頷いている。洋介は渋々、カバンの中から携帯電話を取り出した。




