第10話 友情よりも強く
「えっと、澤田さん。まだ見つかりませんか」
海人はちょっとそわそわしながら、洋介が写真を見せてくれるのを待っている。
「ちょっと待って。あれ、どこにあるんだっけ……」
洋介が端末を操作し始めてから、しばらく経つ。けっこうな時間をかけたというのに、まだ目的の写真の居場所が見つかっていない。
自分の端末で撮ったものではないから、写真のフォルダにはない。送ってもらったものはどこに保存されるのか。それがいっこうに見当つかない。
(俺も苦手なほうだけど、澤田さんのは筋金入りだなぁ)
指一本で、恐々と動く洋介の人差し指を見て、海人は短く息を吐く。
海人も連絡用に一つ携帯電話を持っているが、中身はほとんど新品同様で最低限の機能しかいれていない。その画面を見た友人に「おまえは会社員かっ」とツッコミを入れられた覚えがある。おそらく彼女は海人の電話を見て、営業職の父が持つ電話を思い出したのだろう。
制限されていないのに、自ら自主規制をかけている。彼女には海人の携帯電話がそう思えて仕方なかったのだ。
海人がそんな風に思いをはせていると、視界にあった洋介の顔が明るくなったのに気付いた。
「あった、あった」
洋介は嬉しそうに画面を触っている。
(おっ)
洋介のそんな弾んだ声に合わせて、海人は遠くにあった意識を引き戻す。そして、写真を選択した洋介がテーブルの上に置いた端末の画面を、海人はじっと見つめた。
その写真には、人物が四人見ることができる。海を背景に、洋介達が並んでいた。
洋介の左手側に、彼と同年代らしき女の子がいる。そんな二人の間に、外国人のように白い肌をした白髪の男の子が一人、良い笑顔をして立っていた。そして、彼とよく似た白髪の女の子が、洋介の空いた右腕にしがみつくように抱き着いていた。
(あれ、これって……)
海人は所見では気づかなかったが、洋介の頭の上にも人影がある。その小さな体は、小さめの画面だと非常に分かりづらい。それでも、よく見れば金色の髪をした女の子の姿がそこにあった。
(なるほど、この子は妖精族か。こんな普通に妖精写ってる写真差し出すくらいなんだから、シーリスにも驚かないはずだよ)
ライツの存在に気づくと、手前の血縁関係のありそうな小柄な白い子達も、洋介達とは雰囲気が異なって見えてくる。そうなると、シーリスに見てもらって探している人物かどうか検討する際に、可能性がある人は……。
「澤田さん、この人でいいですか」
海人が優香に指を合わせたことに洋介は安堵しながら、海人の疑問に頷いて答える。
(よかった。やっぱ、見えてるんだ)
洋介はこの写真を撮った時のことを思い出す。氷妖精の兄妹、リィルとロォルと別れる前に地元の人に頼んで撮ってもらったものだ。
その撮影者の「若いっていいわね~」の一言で洋介は状況を理解した。妖精の見えない人間から見たら、この写真は洋介と優香のツーショット写真だ。さすがにそれは恥ずかしくて、気に入っている写真なのに表に出さずにしまい込んでいた。
見えるところに置いておきたいが、他の人には見られたくない。
(印刷して自分の部屋にでも隠しとくか)
そのやり方は分からないので、また誰かに聞かなければならないと洋介は思う。
「シーリス、どう?」
海人に促されて、渋々といった表情でシーリスは海人の前に回り込む。彼女はその、金色の目を大きく見開いて、しばらく優香の顔を確認していたが、小さく首を横に振った。
「少なくとも、私の知っている顔ではないわね」
「そっかー」
先程、洋介の前で見るからに落ち込んでいた海人は、さすがに今度はそんな醜態を見せまいと、意識的に落胆を隠そうとしている。しかし、洋介から見れば気落ちしているのは明らかだった。
「そうだ、シーリス。この子って、あんたらと似てるんじゃないか」
洋介に察せられていることには気づかず、海人はさらに誤魔化すために、今度は写真の洋介の頭を指さす。
正確に言えば、指さしているのはそこにいるライツに向けてだ。
「翅は見当たらないけど、もしかして近縁だったりしない?」
シーリスは前から見ても分かるくらいに、背中の翅が体に比べると大きい。それに比べて、写真のライツは見る限り、そんな特徴はない。
それでも、前にシーリスが「同族の皆は、私とよく似ていた」ことを思い出として語っていたことを海人は思い出して、シーリスに話題として提供したのだ。
「ふん」
しかし、シーリスはそんな海人の気遣いを拒絶した。
「それこそ知らないわよ。そんな『混ざり者』のことなんか」
(むっ)
洋介は、そのシーリスの言葉に反応して、微かな怒りが生まれたのを自覚する。シーリスの発した音はうまく聞き取れなかったが、明らかにシーリスから侮蔑の感情が伝わってきたのだ。
ライツを、友達を、貶める発言を洋介は許すことができない。さすがにこれは一言言ってやらなければならない。そう考えて、洋介が口を開こうとしたとき。
「おい」
海人は、そんな洋介よりも早く行動していた。
彼は右手をさっと横に動かすと、殺気に気づいて飛び立とうとしていたシーリスの体をつかみ取る。
「はーなーせっ!」
逃げ出そうと彼女はもがくが、もう遅かった。海人はさらに力強く、シーリスを握りしめる。
「あんたのそれ、聞こえなかったけど明らかに差別用語だろ。俺、そういうの嫌いって言わなかったっけ?」
「痛い痛い痛い」
まるで西遊記の孫悟空が悪さをした時のように、海人の右手はシーリスを締め付ける。その迫力は、洋介が持っていた怒りをどこかに弾き飛ばしてしまう。
「あんた、その変なプライドがなかったら妖精界の仲間のところ行けるんだろ。一匹狼気取るのもいいけどな」
「ふ、ふんだ。私の仲間はアルシリア大陸にしか、いないんですよーだ。誰が、頼まれたって、妖精界なんて行くもんですかっ」
(アルシリア大陸?)
剣呑な雰囲気に気圧されいた洋介はシーリスの発したワードが耳に引っかかった。
どっかで覚えがなかろうか。しかも、かなり最近の記憶で。
「シルクに助けてもらわなかったら、あんたも死んでたんだろうが。もっと早く、他の種族に助けを求めたら滅ばずにすんだって、あんた自身も言ってたことだろ。意地張るのもいい加減にしろっ」
「むぐぐ」
海人の言うことは当たっているのだろう、シーリスは反論できずに唸っている。
(シルクって、え~と、ちょっと待って。アルシリア大陸にシルクって『幻遊剣士』だろ。なんで、今、そんな話が出てくるんだ)
海人やシーリスは、その後も『幻遊剣士』に出てくる用語を口に出している。それも、過去の出来事の記憶として。それが洋介は気になって仕方がない。
一度引っかかってしまうと頭の中はそれでいっぱいになってしまう。洋介はその疑問を解消したいが、そんなことを問える雰囲気ではない。
「えっと、友達は、仲良く?」
結局そんなパッとしない言葉で仲裁に入ることしか洋介はできなかった。
「「友達じゃないっ」」
海人とシーリスの声が重なる。そんな二人を見て、仲良さそうに思えるのになと洋介は考える。海人の忠言も、シーリスのことを想ってのものだと洋介は感じ取っていた。
とりあえず、両者とも洋介の方を見たので言い争いは止めることができたようだ。続けて洋介は喧嘩が再開しないように言葉を続ける。
「友達じゃなかったら、なんで一緒にいるの?」
洋介の素朴な疑問に、海人とシーリスはお互いに顔を見合わせる。ちなみに、シーリスはまだ海人に掴まれたままだ。
しばらく見つめあっていたが、同時に洋介の方を向くと、同時に口を開く。
「「ビジネスパートナー?」」
「なかなか世知辛いね、それ」
どうしてそんな、学生ではなかなか出てこない単語で妖精と声が重なるのだろう。洋介はおかしさをこらえきれず、苦笑いを浮かべていた。




