第11話 新たな明日へ
(なんか、濃い一日だったな)
予定よりも遅くなった帰りの電車に揺られながら、行きの時と同じように洋介は窓の外を見つめている。しかし、行きと確実に違うのは暇を持て余していないことだ。
頭の中では、今日入ってきた情報を色々と整理している。膨大な量のそれは、この短時間ではまとめきれないほどのものだ。全力で、洋介の思考は回転している。
朝までの洋介には思いもよらない出会いだった。天宮海人という少年は、あんな風にシーリスと共に幻想に近い人間をずっと探しているのだろう。
自分も、幼い頃の痛みに耐えて行動していれば何か変わっていただろうか。そう、洋介に思わせるほどに、海人は活動的だった。もちろん、洋介に話しかけるのを躊躇していたことでも示される通り、本人の中に色々な葛藤はあるのだろうが、それを洋介に感じさせない。
それほどに、探している人物というのは海人にとって重要なのだということが洋介にもわかる。
(でも、どんな人で、なんで探しているのかは分からなかったな。最後まで、それは教えてくれなかった)
洋介に分かったのは、その人物が該当する相手かどうかはシーリスが顔を見て判断することができるということだ。見たことがある、と言っていたから捜索している相手の顔をシーリスが覚えているということだろう。別に、別れた相手を探しているというわけではないということは分かる。
そして、なぜ彼等が『幻遊剣士』に出てくる単語を過去の記憶から引っ張り出したみたいに言う理由も洋介は聞けなかった。
正確には尋ねようとしたのだ。そこまで発展ができなかっただけで。
『幻遊剣士』というワードを聞いた瞬間、海人の反応が予想を超えた勢いで洋介を殴りつけてきたので話が続かなかったのだ。
――そういえば澤田さん。母さんの小説、二冊も買ってくれてありがとうございます。
「母さん、て」
洋介は思わず、電車の中で独り言を呟いてしまう。一冊は知人のものだ、と言い出せないくらいに驚いてしまった。
確かに姓が同じなのだから、美空と海人が血縁関係なのではないかと、海人が自己紹介をしたすぐに予想していた。それであれば、本屋で作家名を探している時に海人が助け舟を出したくなった理由も洋介は理解できる。
しかし、まさか実の母親とは思わないじゃないかと洋介は嘆息する。
優香の母の若さにも驚いたが、美空の若さは次元が違う。美空は、もし同じ教室にいたとしても「これぐらいの高校生もいるよなー」と流してしまうくらいの容姿をしていた。
(えっと、実際に若いとしてもだよ。こう、最短を考えたとしても……三十代後半? いやいや、それは、ありえない、わけではないんだな。実際に目の前にいたんだし、天宮が嘘を吐くメリットもない。いや、でもなぁ)
どれだけ思い出しても、サイン会の短い時間で目の当たりにした美空と、海人が話してくれた事実が洋介の頭の中で一致しない。
そんな驚きのせいで、最初に聞きたかったことは完全に話題がすっ飛んでしまった。
――あんたはどこが気に入りました? 俺はですね……。
(そういえば、あの時だけだな。僕を「あんた」と呼んだのって。やっぱり、意図的に僕を「あなた」と呼んでたよね、天宮って)
その呼び方の違いで、洋介はじわじわと感じていた海人に対しての違和感に答えを得た気がした。
海人は終始、洋介に対して敬語で話していた。シーリスに向けて話していた口調こそが、彼本来のものだろう。それだけなら、洋介が年上だから気を付けてたと言えるかもしれない。
しかし洋介は、それだけではないのでは、と海人に対して思ったところがある。心を開いてくれたな、と洋介が感じた時にだけ「あんた」と呼び方が変わったことで、その思いに洋介は確信をもった。
(僕と似てるのかもね)
洋介が似てる、と感じたこと。それは、相手に合わせて「壁」を作っていることだ。
洋介が普段穏やかな言葉遣いをしているのも、面倒事から自身を遠ざけるため。そんな洋介と似ていると感じる部分は、海人はその丁寧な話し方で相手との距離を測っているという点だ。
海人に対して警戒を解いたことで、洋介は余計に海人との距離を感じることになってしまった。それが、海人に抱いていた違和感の正体だ。
海人は何も初対面の相手に失礼がないようにと敬語を使ってたわけではない。洋介があまり踏み込んでこないように予防線を張っていたのだ。
(もちろん、僕が信用しすぎってこともある)
洋介は自分が幻想に近いことを話すことに抵抗を覚えている。今よりも多く、同じ世界を見る人間と知り合ったとしても、それが緩和されるには時間がかかるだろう。
その反面、一度妖精が見える人だと知ってしまえば、その人を「なんでも話せるかもしれない人」にカテゴライズしようとしてしまう。実際に、今日も会話の途中から洋介は海人に親身になっている。
それに比べて、海人は一歩引いたところから洋介に接していたのだ。そんな彼が洋介に自ら近寄ってきたのは、母の著書である『幻遊剣士』の話題の時だけ。
海人は、今日一日だけでは洋介には分からない、「壁」の向こうに世界を持っている。
(そこに踏み込んでいいのは、少なくとも僕じゃない)
ちょっと寂しい気がするが、洋介も自分だって区別しているのだから仕方ないと思える。
(どちらにせよ、この話は今度会った時にどうするかだな。しばらくは、僕はあいつがいっていたことを気を付けるしかない)
海人は最後、別れ際に気になることを言っていた。
――澤田さんは黒い獣を見たことがありますか? いや、ないならいいんです。でも、もし、それが見えたとしても、絶対に近づかないでくださいね。
「黒い獣、ね。なんだよ、それ」
洋介の呟きは、電車の音にかき消されていった。




