第20話 曇天を割く
(しかし、挨拶一発かますとは言ったけど、どうしたらいいもんかね)
海人の見上げるそこには、ドラゴンがその巨体を休めていた。その巨大な体を、比較的細い足二本で鉄骨を掴み、器用に支えている。骨組みに比べれば足も十分に大きいというのに、細やかなものだと海人は何故か感心した。
(とりあえず、あそこに登っていくのは却下として)
ビルを建てるために高く組み上げられた骨組みを駆け上がるのは、正直に言えば避けたいと海人は思っている。ドラゴンに対する恐怖は薄れたが、あんな不安定な場所で十二分に立ち回れる自身が海人にはない。
「任せておけ」とライツに言ってしまった手前、何とか自分の役割だけは全うしなければならない。
さて、どうするべきか。
(そういや、あれって使えるのかな)
一度、気を失った海人をシーリスが、海人の精神世界から海人の体を操って逃してくれたことがある。その時に、シーリスは得意の空間転移を海人の体を使って行使したと後から聞いた。
その話を思い出した海人は、自分がシーリスの術を使えるのではないかと思い当たった。
それができるなら、一つ考えが海人にはある。空間転移ではない。そもそも、転移したとしても結局足場の上で戦うとなったら意味がない。
できるなら、ドラゴンを地上に下ろしたい。それをするには、あれがいいだろうと海人は思っている。
海人が知っている、シーリスのもう一つの得意技。
「シーリス、『曇天貫く光一条』。俺が使えるようにできる?」
『ぶはっ』
予想外の単語を聞いたシーリスから吹き出す音が聞こえる。
そんな破裂音の後、シーリスは何も発言しない。海人はシーリスが反応を返すのを、じっと待っている。そこから間を置いて、観念したようにシーリスが口を開いた。
『なんで、貴方がその術名を知って……。もしかして、バレてた?』
バレないでか。そもそも、バレていないとシーリスが思っていたことが海人には驚きだった。
「あんた、俺の頭小突く時に呪文唱えてるだろ。聞こえてるぞ」
海人がシーリスの意にそぐわない言動をとったとき、彼女はよく彼の頭を叩いてくる。『曇天貫く光一条』は、そんな時に聞こえてきた言葉だ。
実はもともと非力な彼女が、彼女が住んでいるペンダントごと水槽の中に入れるという酷いことをしてきた海人に何とかやり返すことができないかと用意した術だ。
その後、そんなに海人が悪くないときにも撃ってきたりしていたが、一度、学校内で生徒達が密集した場所で使って以降、シーリスはその術を使っていないようだ。ちなみに、その時に頭を撃たれた拍子に盛大にずっこけた海人に巻き込まれた周囲の人間が持っていた荷物を周辺にぶちまけるという大惨事を引き起こしたものだから、さすがにシーリスも自重していた。
ちなみに、その事件の時、シーリスは海人から少し離れた場所にいた。だから、きっと『曇天貫く光一条』は飛び道具なんだろうと海人は目星をつけている。
『あ~、あのときはちょっとした悪戯のつもりで……ううん、そうじゃないわね。ごめんなさい。私が悪かったわ』
最後に使ったときのことを、シーリスはずっと海人に黙っていたことを気に病んでいた。そんなシーリスが、海人は何も言っていないのに弁明を始めている。彼女にしては珍しく、素直に自分の非を認めていた。
基本、彼女は裏表がなく曲がったことが嫌いだ。それを自分がしていた、という事実がシーリスの心を苛んでいたのだろう。
海人は小さく息を吐くと、口の端を歪めた。
「いいよ、そういうのは後で聞く。それで、俺にも使える?」
『使えるようにはできるけど、いったい何をするつもり? まさか、アレに当てようってんじゃないわよね』
「ああ、そうするつもり」
そのまさかである。海人の即答に、シーリスは目眩を覚えた。
『そんな、アレに何とかできる出力なんて出せないわよ。それこそ、遠距離戦はあの子に任せたほうが』
「あんた、話聞いてたか。ライツはまだ準備中なんだよ」
ちらりと、海人はライツの方を見る。彼女は静かに、術の構築を続けている。先程よりは具体的に形になってきたか、力の流れの向かう先がライツの左手に集中し始めていた。
ライツがあの様子なら、そこまで時間はかからないか。いや、長めに見積もっておいたほうが得策か。
「あの子の準備が整うまで。それまで舞台の上に立っているのは俺とあのデカブツだけだ。俺と、そうだな、シーリス。俺達で、主演が登場するまでは場を盛り上げておかないと」
海人の決意は、もう揺らぐことがない。
(本当、あの人の言っていた通り)
シーリスは、自分を助けてくれ、そして海人のサポートを頼んできた恩人の言葉を思い出す。
――彼は僕なんかよりも、よっぽど大きな英雄の器を持っている。生まれた時代、生まれた世界が違っていたら、乱世をひっくり返せるくらいにね。恐れながらも、戸惑いながらも、それでも誰かを救うためなら動ける。
だからこそ、「危うい」のだと彼は言っていた。そうなった時、海人は自分を勘定に入れていないのだから。
『自分を救わない英雄なら、まだ、偽善の方が私の好みよ。カイト』
海人に対しても出会った頃から、その性根が気に入らなくて噛み付いていたシーリスは溜息混じりに言った。
「ん、何か言った?」
シーリスが伝えようとしていない言葉だったから、海人には伝わらなかった。
『何でもない。いいわ、私もあの子に倣って全力つぎ込んであげる。たぶん、撃ち方は勝手に思いつくから、したがってちょうだい』
せめて、恩に報いるために、それに加え段々と好ましい部分も多くなってきた海人のために自分のできることをしよう。シーリスは納得していない自分に言い聞かせるように、心で唱えていた。
「ありがと、助かる」
海人は、右の中指と人差し指を伸ばし、ドラゴンに狙いをつける。
動く様子がなければ、このまま待っていてもいい。しかし、海人のそんな淡い期待はすぐに打ち砕かれる。
ただの黒い壁だった顔の部分に切れ目が入る。歯のように、真っ白なそれは光もないのにギラついた。
それは、目だ。どうやら、目覚めて活動の準備に入ったらしいことを海人は悟る。
もう少しすれば、あの大きな顎で人の精神を喰らうために羽ばたくつもりだろう。そうはさせるか、と海人は大きく息を吸う。
(あんたには、こっちだけ見てもらわないと困るからな!)
その、分かりやすく的になっている、ドラゴンの白い目を目掛けて。
「『曇天貫く光一条』!」
黒い世界を貫く、一条の光が、海人の構えた指から放たれた。




