第21話 灼熱の息
海人の指から放たれた一条の光は、曲がることなく狙い通りに着弾する。
「おおっ」
そこには、撃った張本人が唸るほどの花火が大きく花開いた。その広がった火花の中央で、ドラゴンが苦しそうに悶ている。音のない叫びをあげながら。
(シーリス、なんだかんだ言って俺に撃つ時は手加減してたんだな)
自分には戦う力はない、と謙遜していたシーリス。確かに滅するほどの力はないが、これだけできれば十分戦い様がある。
単純な威力があった、ということもあるがシーリスの力は黒い獣にとって相性も相当に悪かったのだろう。ドラゴンは首を振って、何とか光から逃れようとしている。たまらず、ドラゴンは鉄骨から足を離し、上空に浮かび上がった。
その広げた翼が、再び星空を覆い隠す。ここで思うままに飛ばしてしまったら、せっかく犠牲者の出ていない今宵の今までの立ち回りが無駄になってしまう。それだけは避けなければならない、と海人は大きく息を吐いた。
逃がすものか、と海人は再度指に力を込める。
しかし、どうやら追撃の必要はなさそうだ。海人は構えていた右手を下ろし、左手に持たせていた剣を右手に持ち替えた。
ドラゴンの、その意思のないはずの白い瞳がギラリと輝いている。その視線は力強く、足元にいる海人のそれと交錯する。
真っ黒なドラゴンの顔に、表情が見えるような気がした。明らかに、海人に対して怒っている。
「なんだ、感情あるじゃん」
これは海人にとって嬉しい誤算だ。他の黒い獣よりも、より濃い力が集まっているからか、ドラゴンはより生物に近くなっていた。
怒り、苦しみ、苛立ち、怖れ。
そういった人間の持つ負の感情が、ドラゴンの目に宿っている。そして、真っ直ぐ海人にぶつけてきている。
そうなれば、ドラゴンの次の行動は決まってくる。羽ばたくのを止め、今まで無視していた重力に引かれるまま地面に向かう。ズドン、という心臓にまで響く衝撃と共に海人の前に落ちてきた。
もうもうと上がる土煙。そこから顔を出すドラゴン。その顔だけで、海人の背丈くらいはあった。
「さすがにこれだけ近づくと、威圧感半端ないな」
海人は、震えそうになった右手に左手で鞭を打つ。そのまま両手で剣を構えた。油断をすれば、視線をそらしてしまうほどに厳つい竜の顔を、海人は決死の思いで睨みつける。
(うわっ、結構奥の方にあんのな)
彼の目に映ったのは、黒い獣が持つ『繋ぎ目』である。それは本来別世界の悪意でしかない靄を、この世にまるで生物のように存在させている重要な要素となっている。
動物の関節のように、そこを支点として、あらゆる部位を支え、世界に固着させていた。
その『繋ぎ目』を突くことができれば、小型の獣であれば形を保っていられなくなり、大型の獣であればちょうどライツと対峙していたサソリに海人がやったように分解させることができる。
海人が黒い獣にとって天敵と言える存在になれているのは、この『繋ぎ目』を視認できるからであった。
しかし、目の前のドラゴンは今までと勝手が違っていた。今回の黒い獣の『繋ぎ目』の数は一度の視野に入れることができる数だけで十個ほど。そのどれもが体の奥にあり、近くで見るとはっきりと鱗のように硬質化している事がわかるドラゴンの肌が守っていた。
一つや二つ、切り崩したところでドラゴンはこちらの世界に存在し続ける。そして、その一つを叩くのも容易ではない。
(まぁ、今回はトドメ任せてるから動き止めれればいいんだけどさ)
『繋ぎ目』は急所でもあるから、そこを狙おうとするだけで黒い獣は対応をせざるを得ないし、もし剣が刺されば苦しむぐらいはしてくれるだろう。それだけで海人の役目は果たすことができる。あとは、どれを、どのように突くべきか、ということである。
そんな風に、ドラゴンの体全体を見回して対策を練っていたからか。海人は、ドラゴンの口の辺りに起きた変化に気が付かなかった。
ドラゴンは鼻らしき穴から、周囲に少しだけ残っていた黒い靄を吸い込んでいる。その周りの空間が軋むような音を出した。ドラゴンが生む圧力に押され、世界が悲鳴を上げている。
そして、黒い竜は大きく口を開き、叫んだ。
「ーーーーーーーーーーーッ!」
意味は分からないが、これまでとは違って音のある叫び。しかし、海人の耳に音として届くことはなかった。海人の視界が真っ赤に染まり、全てを覆い隠したからだ。
「!?」
叫びが聞こえた瞬間、ドラゴンの前に起こった爆炎に海人は為す術なく飲み込まれる。漆黒の闇の中、メラメラと燃え上がる火炎は周囲を焼き尽くす。
ドラゴンが口を閉じても、炎は燃え続けていた。全ての命を喰らおうとする紅い光。
「あっちぃっ、てのっ! なんだ、いきなり」
それでも、海人の魂は喰われずに輝き続けていた。炎の中から上空に、銀色の輝きが飛び出してくる。
『あれだけ力が充実している獣だと、古代言語魔術まで使えるのね。大したものだわ』
シーリスは頷くように、心から感心している様子で呟く。どことなく他人事なシーリスに一言言いたくなった海人であったが、彼女の作る障壁がなければ黒焦げだった事実があるので、その件については黙った。
古代言語魔術。シーリスの記憶にある中で、最も古い魔術の一つ。
自分が発する音そのものに力を込め、目前の世界に奇跡を起こす術法だ。シーリスも仲間から話に聞いていただけで、初めて目の当たりにした。
なにせ、彼女の故郷である大陸で、彼女の生まれる前に姿を消した古の竜種が使っていたという代物だ。
『あれを黒い獣が再現できるってことは、魔界には本物の古竜が生き残ってるのね。どうする、カイト。さすがにそのものが襲ってくることはないと思うけど……って、聞いてないね』
「ふぅ、ふぅ」
海人にシーリスの話を聞いている余裕はなかった。
全力で跳ね上がったから、海人が考えていた以上に高度がある。海人は普段なら恐怖に負けそうになるので、絶対に下を見ることができない高さだ。
その落下する際の浮遊感に冷や汗をかきながら、彼の目は一点を見続けている。ちょうど落下地点。そこには、ドラゴンの羽の付け根辺りにある『繋ぎ目』の一つがあった。
「やあっ!」
自身の全体重をかけて、海人は硬い岩のようなドラゴンの肌に剣を突き刺した。




