第17話 異端な存在
ライツはふわりと浮かび上がると、少しだけ高いところから、より濃い気配のするところを探索している。
地面に近いところほど、ライツにとっては気持ち悪い。それを我慢して、より気持ち悪くなってくる箇所を探し出そうとしていた。
空にこぼれる七色の光を見ながら、海人は大きく息を吐く。
(でも、ライツがいてくれて、ほんと助かったな)
こういった事件が起こる度、それを探知したシーリスの力を借りて現場に急行している。それこそ、何も起こっていないことを願って。
しかし、基本、海人が駆けつける頃には何人か犠牲者が出てしまっていることがほとんどだ。
幸運にも死者が出ていないのに加え、大抵は事故として処理され、しかも誰が起こしたものなのかと責任が曖昧になっているとあっては、あまり大々的に報道されることはない。
それでも前の新月の時に起こった事件は、海人も対処が後手後手に回ってしまったこともあって、規模がとても大きくなってしまった。マスコミも取り上げ、集団自殺未遂としてしばらく世間を騒がせたほどである。
あと一歩、海人が遅れてしまっていたら何人の命が奪われてしまっていたか分からない。そんな惨状を目の当たりにする度に、海人はそれを自らの罪として背負ってしまっていた。
それがどうだ。
今回も規模は前の新月の時と同じくらい。しかし、この場に誘い込まれ囚われた人間は一人もいない。
ここにいるのは銀色の髪をして誘惑に対抗する力を持っている海人と……あの、金色の髪と虹色の翅をもつ星妖精だけだ。
ライツはなおもキョロキョロと周囲を見渡している。一刻も早く、この事態を解決したいのだろう。
海人に教えてもらった「世界の裂け目」を、目を皿のようにして探し回っている。
「それにしても、妖精族ってあんな戦えるものなんだなぁ」
探索中、再び現れた黒い獣にいち早く気付いたライツは杖を振り回して一掃してしまった。海人も気づいて剣を構えたが、もうその時は大勢は決していたのだ。
ライツは見た目と装備はどちらかというと魔導士っぽい。それなのに、戦い方がやけに武闘派で海人は驚いた。
『悪かったわね。戦闘能力皆無で。私がいなかったら、貴方、この場に立ってることすら無理なくせに』
海人の呟きに対して、耳元よりも近い場所で非難の声があがる。この状態のときはシーリスと体を共有しているような感じなのだ。心に想っていることを読み取られることはないが、内緒話はできない。
今も独り言のつもりだったが、思いのほかシーリスを傷つけたようだ。
「そんなこと言ってないだろ。それに感謝してるって」
『どうかしら?』
「そうだって。それでも、単純にささ。ライツに手伝ってもらえたら助かるなぁって思っただけで」
そんな海人の願望に『それこそ無理じゃないかしら』とシーリスは返してきた。
「どうして?」
『カイト、見てたでしょ? 黒い意志に、あの子が引きずられそうになっているとこ』
もちろん見ていた。あんな状態になったら、もう戻ってこれないのが普通だ。
だからこそ、自分で恐怖を跳ね返したライツに海人は称賛を贈ったのだが、そもそもシーリスの見解ではそれ以前に問題があるらしい。
『普通、妖精族ってあんな声に引っ張られないのよ。人間に比べると純粋な存在だから、人間に向けた黒い意志にはなびかない。でも、あの混ざ……』
「ん?」
シーリスが再び差別用語を口にしようとしたことを察して、海人はわざとシーリスの言葉を遮った。シーリスはそれに気づいて、仕切りなおす。
『あの星妖精ってのは、闇と光が一緒に存在してるの。だから、その混沌の部分が共鳴して引っかかっちゃうの。あの子、きっとここにすっごく思い入れがあるのよ。だから、戻ってこれた。何とかなった。でも、次はないわ』
次はない、とシーリスは断言する。
サソリとライツが対峙している時。見下ろしていた海人が感じていたよりも、ずっとライツは綱渡りの状態だったようだ。
『あんなの取り込まれたら、貴方じゃどうしようもない敵が爆誕するけど。それでも良かったらお好きにどうぞ』
そんな危険な状態にライツを放り込もうなどとは海人は思えないし、余計に苦労するからとシーリスが諦めさせようとしている状況でライツを勧誘する意思も海人にはない。
それよりも、ライツの力、それそのものは認めているようなシーリスの言葉が気になった。ライツが敵に取り込まれ、その力を黒い意志が得たら、海人ではどうしようもない敵が誕生する。それだけ、ライツの持っているものは凄まじいということか。
「なに。ライツって、そんな凄いの?」
『凄いの何のって。確かに未熟なんだけど、あれ、中身だけなら妖精王クラスよ。なんで、そんなのが、こっちの世界にうろついているやら……』
そんな風に言われると仲間にするのは諦めた海人であったが、俄然ライツ個人に興味が湧いてくる。
「なぁ、あんた」
ちょうど海人の頭上、少し浮かび上がって周囲を見渡していたライツに海人は声をかけた。自分が呼ばれていると気づいたライツは海人のところまで戻ってくる。
動く度に色とりどりの光の粒子がこぼれる。その粒子、一つ一つが強い力の塊だと海人は気づく。
なるほど、確かにこれは凄いかもしれない。この小さな粒でこれだけなら、彼女の力の総量はとてつもないものになる。
「なぁに?」
見た目は年上っぽいのだが、可愛らしく首を傾げるライツの仕草はとても子供っぽい。
「あんた、ここに大切な友達がいるって言ってたよな。そんな一生懸命なのって、それで?」
ライツがこんなだから、普段年上には敬語を使っている海人が本来の口調で話をしてしまう。
「うん、洋介がいるから。あたしは、この街を護るんだ」
尋ねた海人が恥ずかしくなるくらいに真っ直ぐな解答。なるほど、確かに黒い意志を跳ね返す、より強い意志が彼女にはあったようだと海人は納得する。
「うぅん、よーすけ?」
しかし、彼女が言った名前が引っかかった。星妖精と洋介、どっかで聞いた組み合わせじゃなかったか。
「え、洋介って、まさか、澤田さんのこと?」
「うん、そだよ」
ライツの返答を聞いて、海人は慌てだす。さすがに知り合いが事件に巻き込まれたとあっては、海人は気が気でない。
「それで、澤田さんは大丈夫なのか?」
ライツが事前に動いてくれていたから、犠牲者はいないはずだ。それでも確認のため、海人はライツに尋ねる。
「洋介が、大丈夫?」
その質問の意味が、最初ライツはよく分からなかった。なぜなら、洋介は最初からこの事件の蚊帳の外にいるのだから。
「あ、そういうこと」
それでも、海人が洋介の安否を確かめているのだと気づいてライツは笑顔で答えた。
「洋介なら、ずっと寝てるよ。家で」
「え、ずっと? ずっと、て、ずっと?」
「うん、ずっと。一緒の部屋で寝てて、あたしが声に気づいて起きてからも、ずっと寝てるよ。たぶん、今も寝てる」
ライツは洋介の現在位置を把握できる。彼は、ライツが飛び回っている間も一切動いていない。
きっと、近所がこんなことになってるなんて知らずに夢の中にいるのだろう。
(え、そんなのってあるのか)
ライツが声に気づいた、ということは洋介の部屋にまで汚染が広がっていたということだ。それなのに、ライツ曰く洋介に変わった様子はなかったとのこと。
海人の中に築かれだした、黒い靄に関する常識が崩れそうになる。そんな時に、すやすやと眠っていられる人間を海人は知らない。
「う、えっと、ということは、どういうことだ。こんな状況で寝れるの? 澤田さん、いったい何者だよ」
困惑する海人に『やっぱりね』とどこか冷めた口調のシーリスの声が届いた。
『私、カイトが気づいていなかったから言わなかったけど、あの人の周囲はそれこそ凄かったわよ』
「凄い? 凄いって何が?」
語彙力の回復していない海人はシーリスの次の言葉を促すことしかできない。
『有象無象の精霊達がね、それこそ良いのも悪いのも、あの人の傍に集まっていたのよ。あんなにたかられている人間、初めて見たわ』
精霊達を蠅か何かのように言うシーリス。彼女から見れば、それと何ら変わりのない光景だったようだ。
精霊、それは妖精達より自然に近い異能の存在。意思を持つが、思考はしない。本能はあるが、理性はない。自然そのものと言っていいものである。
光妖精は、妖精の中でも純粋な力に近く、他の妖精達よりも精霊との距離が近い。
だからこそシーリスにだけ見えていたのであろう。洋介に近寄ろうとする無数の精霊達が。
『あんなに集まったら絶対に体に悪い影響がある、とか思ってたら、もっとビックリ。あの人、そんな精霊達なんて絶対に寄せ付けない、もの凄く分厚い壁に護られてたのよ。あの感じ、絶対に闇側のやつが用意したのよ。それも、とてつもない実力者。私、そんなのと会いたくないわ』
シーリスの声は微かに震えている。調子に怯えが混ざっている。
そんなシーリスの声を聞いたことで、海人はようやく腑に落ちた。シーリスが、最初から洋介を敵視していた理由が。
「そっか。それで澤田さんに噛みついてたんだな。あんた、初対面の相手には猫被るもんな。ようやくスッキリした」
どうやら、あの不機嫌なシーリスは恐怖を隠そうとした精いっぱいの強がりだったようだ。
『悪い? 私にだって恐いものぐらいあるんだから。それだけじゃなくて、今度は妖精王クラスの子と友達って、本当にあの人何なの? 本当にただの人間なの?』
シーリスの疑問に答えられる知識は海人にはない。
(うん、こりゃ、また澤田さんに会ってみるしかないな)
その時はどうやってシーリスを説得するか。それが問題だった。




