第16話 共に有りし者
「ああ、もう、本当に妖精使いが荒いっ!」
シーリスは文句を言いながらも、仕事は手早くこなしていく。開けっ放しだった扉を閉じ、急いで海人を追いかける。
落ちていく海人にまで伸びていく一筋の光。海人が重力に引っ張られるよりも速く、シーリスは海人の背に追いついた。
「いくよ、カイト!」
そして、そのまま、シーリスは海人の背中から、海人の精神へと飛び込んだ。
シーリスはこのために、海人と共にいるのだ。滅びに向かう里を救ってくれた恩人の願いを叶えるために。海人の精神、心の中にある鍵を開けに行く。
「幻に遊び、夢にまどろむ者を導くために」
海人はシーリスの合図で、重々しくも涼やかに歌い始めた。その歌に合わせて海人の体に、自分ではない、誰かの力が流れ込んでくる。
落下地点はサソリの背。そのまま、まっすぐ速度を速めて落ちていく。
そして、ドン、と確かな音を響かせて海人はサソリの背に着地する。彼の右足が、その黒い体に突き刺さった。その足は、知らぬ間に白金の靴に包まれている。
ライツの杖に当たっても、かき消えるだけだった黒の獣が、海人に踏まれて痛みに体を震わせている。悶え苦しむ様子は、これまでなかった生物感を感じさせていた。
あまりに大きすぎる苦しみから逃れるために、海人の踏んでいる場所が裂け、サソリの姿をしていたそれは二頭の犬へと姿を変える。勢いよく海人から少し距離をとったかと思えば、二頭が一斉に彼に向かって飛びかかった。
「我は剣を持ちて、闇を斬り拓く」
海人の右手が発光する。その光をぐっと握りしめると、光は細く伸びていった。ぶん、とそれを振るうと細身の剣が海人の手に握られている。
飛びかかってくる白い牙。その一つに、海人は左腕をぶつけた。ガチッ、と金属の音が響く。獣の牙は海人の左腕には届かない。それを護る白金の鎧に阻まれていた。
海人はそのまま、左側の獣の腹を蹴り飛ばす。獣は自身の勢いが加わった一撃に、反応もできずに吹き飛ばされた。
「しかし、この手に未だ光の剣はあらず」
体勢の崩れた海人を襲う、もう一つの黒い影。海人は慌てず、剣を獣の顎に向けて切り上げる。
手にしたのは、英雄が操る伝説の剣なんて仰々しいものではない。この世界では珍しくも、乱世では一般兵が手にする代物だ。
それでも獣は音もなく、首をはねられ絶命して霧散した。
「されど、我が心は常に光を宿す」
仇を討とう、などという意思は獣にはない。それでも、海人に蹴飛ばされて転がっていたはずの獣が、間髪入れずに海人に襲いかかる。
その動きを注視する海人の瞳の色が薄くなっていく。そして、紫紺に輝き出したそれにクッキリと獣の姿が映る。海人は低い姿勢から、被さってくる獣の喉をめがけて剣を突き上げた。
ピクッと、獣は体を震わせる。海人がそのまま剣を横に薙ぐと、獣の身体は跡形もなく粉砕された。
「我が名は『光の剣聖』」
実際には剣についていない血をふるい落とす仕草をすると、海人は「ふぅ」と大きく息を吐く。
彼の髪が揺れた。銀を思わせる、そんな糸のような髪が風もないのにふわりと舞い、ゆっくりと元の位置に戻った。
「ま、こんなもんかな」
「おおー」
海人の流れるような一連の動きにライツは感嘆の声を上げる。あんなに大きかったサソリが見る影も無くなってしまった。
それに、ライツの時と違い、確実に獣が屠っていることが認識できる。周囲に充満する黒い気配は相変わらずだが、ライツが杖で殴り倒した時と違って濃くなっている感覚はない。
思わず拍手をするライツに、苦笑いを浮かべながら海人は駆け寄った。
「俺は天宮海人。よろしくっ!」
右手を伸ばす海人。その身は白金の鎧に包まれ、髪はその輝きに負けないほどに銀色に輝いていた。黒かった瞳は紫に染まり、そんな変化をしたというのに、それでも変わらない笑顔をライツに見せている。
差し出された海人の手を握り、握り返されながら、ライツはどこか懐かしい感覚を覚える。
(どっちかというと、妖精界のみんなに近いよね)
そう、海人の今の姿は幻想に足を踏み入れた姿。
『共有者』として、別の世界にいるもう一人の自分から力を借りている姿が今の海人なのだ。
あれは今から二ヶ月前のこと。
海人は街中で真っ黒な怪物に遭遇した。周囲の人間は、そんなのを気にもとめない。怪物も、海人しか見ていない。
そんな獣に追われ続けた彼を救ってくれたのが、他ならぬ『もう一人の自分』だった。
そいつは海人もよく知っているキャラクターの名前を騙るものだから、海人は最初全力で逃げ出そうとした。そんな海人を引き止めたのは、彼の必死な説得だった。
――怪しくない、怪しくない。ほら、よく見てよ。騙すためだけで、わざわざ君と同じ顔にはしないだろう?
確かによく見れば、彼は不気味なほどに海人にそっくりだった。違うのは、その紫水晶のように透き通った瞳と、光を浴びてきらめく銀色の髪だけだった。
落ち着いては聞けなかったが、切羽詰まった様子の彼の話を海人は驚きを持って受け止めることになった。
彼が言うには、彼の住んでいる世界で大きな戦争があったということ。それも人間同士ではない、魔界に住む魔族と呼ばれる存在との死闘を勝ち抜いたそうだ。
しかし、その世界同士の衝突により、大きな歪みが生まれた。その歪みは、本来なら関係のない隣接する世界にも影響を与えた。
その世界というのが、海人達の住んでいる世界だという。
黒い獣は、ぶつかりあったが故に生まれた世界の傷跡から生まれている。封じられた魔族の怨念が、こっちの世界に噴出しているのだ。それが願うのはただ一つ、こっちの世界に生まれることだ。そのために、生命力を欲していた。
今日のような新月の時は月の護りも少ないから、その動きは活発化する。
彼はそれを何とかしたかった。しかし、彼にはどうすることもできなかった。世界による制約がかかって、彼はこっちの世界では存在を維持することさえ困難だったのだ。
それで白羽の矢が立ったのは海人の存在。自分と同じ精神世界に「共に有りし者」であれば、彼の力をこちらの世界に引き出して使用することができる。同じ場所から心を生み出しながら、別の可能性を与えられた天宮海人という、もう一人の自分だったら。
当初、渋った海人だったが色々あって自分の役割を飲み込んで今に至っている。
そして、海人は光の神の加護を受けた聖戦士『光の剣聖』として、今日のように人知れず戦っているのであった。
しかし、やってみて分かったものの、どうやら光の神は海人をそこまで信頼していないようだ。『光の剣聖』の力を引き出すためには、彼に促されるままに契約したシーリスの力を借りなければいけないし、そもそも『光の剣聖』を名乗る根本的なアイテムである剣を貸してくれない。
この手に未だ光の剣はあらず。海人は、飛車角落とした状態で、それでも二ヶ月戦い続けてきたのだ。
それでも、そろそろ、一人で何でもこなすには限界がきていた。
洋介に声をかけたのも、自分と同じ「共有者」を探すため。とはいえ、自分と同じ聖戦士の「共有者」はまだ少ししか見つかっていない。それも、自覚はあるものの、力の引き出し方がうまくいっておらず、一緒には戦えていない。
他の「共有者」達も、海人の例のように、あちらの世界の聖戦士と同じ顔をしているはずなのだ。シーリスに顔を確認させているのは、そういった意味がある。
「あんたのおかげで、今夜はニュースにならずにすみそうだ。ありがとう」
「わっ、わっ、わっ」
だから、ライツの手をとってブンブンと振り回している海人は本当に嬉しいのだ。普段は初対面の相手に、ここまで感情をむき出しにはしない。
共に戦える者がいる。そんな状況をずっと願っていたのだから。
――じゃあ、おまえとあたしは秘密の「共有者」だな。
ふと、海人の脳内に知り合いの少女の声が再生される。
(いや、あんたの存在が嬉しくないってわけじゃなくてさ)
なぜか、後ろめたくなった海人はそっとライツの手を離すのだった。




