第006話 覚悟
母は私に対する躾を徹底していた。
母と一緒にこの建物の2階に住み込んでいる男は時折私に対して静かに敵意を向けてくるので私も警戒し自己防衛するべく思考を巡らせると彼女は「ゲー!」「フェボ!」と否定的な声と単語口にして私を叱るのである。
母さんあいつが敵意を向けてくるんですよ!
とは言えず日本語で口にしたところで通じるわけもない。
とりあえずこの母親の元を離れなければ危険はなさそうなので、
常に母親のそばを離れずにやり過ごすのだ。
また不思議なのは私が警戒していたりすると彼女は敏感なほど私に対して反応を示すのである。
なんだろう?本能的に私の思考読み取っているのだろうか?
取り合えず言葉を覚えるべく あー あー と声を出す。
実は私は生後わずか5時間で一人歩けるようになっているのだが冒険はしない。
彼女らの目をかいくぐり人目のつかないところで男だけに見つかれば何をされるかわからないからだ。
同族であっても子殺しは一応自然界で当たり前のように起きるのだ。
ましてや今、私は母親とも肌の色が違うとなれば手を下すのにも躊躇いが出るのか怪しいところである。法律があるのかもわからないこの異世界で幼児を事故死として葬り去るのは容易いことであろう。
母は自分を「ムームー」と呼び男を指して「ファーファー」と教えてくれた。
うむ恐らく父という意味であろう「ファーファー」は命の危険を感じた時に使うとしよう。
私は母を嬉しそうに「ムームー」と呼び抱っこをせがみ、甘えるようにする。
たまに母の目の届くところで敵意のないことを示すために男にも「あーあー」と愛嬌を振りまいてみるが今のところあまり効果はなさそうだ。
生まれてから1週間。ここは異世界で間違いなさそうだ。
褐色肌のエルフの元に生まれ落ちたが、その際に同棲している男がこぼした単語を私は忘れていない。
私は「ゴブリン」なのだ。
そして残念なことに脳内がつながるのはなぜか別世界の西暦20xx年のインターネット。
現在では単語記録帳以外に使い道がない。
言葉を覚え早急に意思疎通をせねば異端児として処分されるかわからない。
母は私を育てることに決めたようだが果たしてこれからどのような人生・・・
いや小鬼生が待ち受けているやら。
私は台に上り窓の外を眺めてみた。
建物の外は一面荒野が広がっていて、ここに住まう住民がどうやって生きているのか不思議であった。
まぁこのままこの部屋に引きこもっていても親はエルフだしあと100年は余裕で生きるのではないのだろうか。
ぼんやりそんなことを考えていると、ガラスに映る自分と目が合う。
肌は濃い緑色に褐色肌にも見えなくないが緑色が強く結局ゴブリンにしか見えない。
長くとがった耳は母や伴侶と思われる男と同じ。
髪のは産毛だが母親譲りだろうか黒い毛が生えている。
ゴブリンのイメージとは異なるが鼻は高くない。目は丸い瞳孔に虹彩は金色だった。
口を開けるとまだ生えそろっていないがすべてが犬歯のような尖った白い歯が歯茎から少し頭を出していた。
うーむ、歯を見せるように笑うとこの生えかけ歯では不気味だなーと思いながら窓で百面相をしていると背筋に寒気が走った。
その時、私はガラスに映る自分の丸い瞳孔が長方形に変形するのをみた。
そしてガラスに映るのは怪しい笑み浮かべるゴブリンの顔。
その後ろに母の伴侶と思われる男が私が怪しい笑みを作る行動を見ていた。
私はすぐに口をすぼめたり、頬を膨らませたり変顔を作る。
男から敵意が消えると背中の寒気が引いた。うまくごまかせた様だ。
この時、私は母が叱るように否定的な言葉を口にするのは、決まって警戒したときの瞳孔の形に敏感に反応していたのだと知った。
恐らくゴブリンの本質だか本能が働くことを彼女と男は恐れているのかもしれない。
私は歯を見せずに笑みを作り楽し気にふるまう練習をした。
同時に男が敵意を見せるとき私は瞼を半分まで閉じて瞳孔を隠すようになっていた。
その夜、私はうっかりしていた。
母の伴侶の男が食事を持って部屋に来る。
母は「ダッケ」と伴侶の男にお礼と思われる言葉を贈ると彼は優しく微笑んで食卓を用意する。
私はテーブルの椅子を引いて椅子の上に台を置き台の上にちょこんと座って食卓に着いた。
生後1週間の新生児である。
母と伴侶の男が驚いたように私を見る・・・・。
私は、はっとして食べ物を両手で持ち歯を見せずに口をパクパクさせる。
食べるというジェスチャーをしてみるとその姿が滑稽だったのか、
母と伴侶の男は腹を抱えて笑い出した。
伴侶の男が皿に平たいトルティーヤのような薄いピザの生地を焼いた食べ物を載せて3人分の食卓を用意した。
母はそれを一口サイズにちぎり上品に口に入れると、
私は母の真似をして一口サイズにちぎり口に入れる。
(おお、原料はトウモロコシを粉末にしてパンのように焼いたものかな?)
二人は驚いたように食べ物を口にする私を見ていた。
しばらく和やかな食事が続いたが男が母に対して何かを伝えると彼女の表情が暗くなるのが見えた。
男は何かを強く訴えているようで母は困惑している様子だった。
食卓に重い空気が淀むなか私は身を乗り出して二人の手にそっと触れた。
私は恐れていたので瞳孔を隠すように半眼になり、不安で手が無意識に震えていた。
母は私の手を握り返してくれた。
それに答えるように「ムームー」と私は声に出して答える。
そして伴侶の男から戸惑いの気配がする。
私は彼に向けて「ファーファー」と声を出すと彼は母へ振り向いた。
そして私の手を強く握り返し、母に意を決した声で何かを伝えるのであった。




