第003話『逃走』
『』は主人公以外の他者視点です。
私の人生の始まりは最悪なものだった。
この世界トライユーンの中心はヒューマンが建ち上げた王国がゴールドグラスという大陸にある。
その中心から東に行くと主に魔族達が生息する魔族領がある。
その魔族領の端に褐色肌のエルフ達が住まうの小ぢんまりとした里に生まれ60年ほど生きた後、
ヒューマンが里を荒らして土地を奪い、原住民を奴隷商人に売り払った。
奴隷商に売られた私たちのグループは特殊な首輪をつけられ魔法も筋力も封じられた。
20人ほどいたエルフたちは4人乗りサイズの馬車のような檻に詰め込まれ魔族領からヒューマンの住む中央へ西に向けて運搬されたが、途中商隊はゴブリンの襲撃に合いヒューマンは殺された。
奴隷たちはそのまま奴らの巣に連れていかれた。
無力化され鎖でつなげられていた奴隷たちはゴブリンたちには扱いやすかった。
そして巣の中で男も女もおもちゃにされた。
この魔物はよくわからない言語で指示を出しているようだが、
野蛮で低能なケダモノは「ガゥガゥ」と言っているようにしか聞こえない。
ごはんかしら? 彼からの命令を推測して食物庫へ食べ物をもって来ようとすると殴られた。
「ちょっと何するの! 乱暴にしないで!」
叫んでも抵抗しても奴らにも通じず、この時奴らが何を求めていたのかも未だにわからない。
忌々しい首輪がなければ焼き殺して消し炭にしてやるところだが「鍵」を持つ奴隷商の主が殺された今、私たちにはできることがなかった。
私はできるだけダークエルフのグループに紛れるようにして身を固めた。
エルフたちもできる限りお互いをかばい合い中でも若い私を覆い隠すようにしてくれた。
ある日、事件が起きた。
ゴブリンの一人が快楽の薬の粉末を洞窟の中に持ち込むと袋が避けて粉末をぶちまけたのだ。
洞窟の中は乱れに乱れ、私たちは肉団子になるようにお互いに覆いかぶさり中には下敷きになって快楽のまま押しつぶされて圧死した者もいた。
翌朝私は数人のダークエルフの男女と共に手を引かれ、朦朧とする意識の中、快楽の宴の後の惰眠を貪るゴブリンの巣穴から逃げ出すことに成功する。
私達は少しでも巣穴から遠ざかる様に距離を稼いだ。
逃走初日は夜通し歩いた。日が暮れて暗闇に何度も躓いたが、夜空に瞬く星々が現れると沢山の星が明るく地上を照らしながら流れた。私達は流れる星々に導かれる様に歩き続けた。
そうして私たちはさらに魔族領の奥へ入り込むと、私を含めた8人はとある魔族の一族に拾われた。
色白い肌を持ちその一族は誰もが優れた美貌を持っていた。彼ら求めていたのは私たちの「血」であった。
一族は吸血する魔族だった。
だが彼らは礼儀正しく頭もいい。
掃除や洗濯に料理、彼らの獣人のメイドに混じってせわしなく働かされた。
首輪のせいもあってかかなりの重労働を強いられたが寝床と食べ物を与えられただけゴブリンの巣よりマシであった。
彼らが必要とする血も一か月に一回ほどで吸血行為もはじめは皆に抵抗があったが慣れたころに誰も気にすることはなくなった。
そして何故か一族の統領は私の血を取る事だけは禁じた。
この世界においても吸血と聞いて思い浮かべるのはやはり蝙蝠の魔族たちであろう。
蝙蝠の魔族は狡猾で飛行能力を有する上に耳もよい。
優れた能力に加え知能も発達していれば優秀な一族として栄えるのは生き物として道理。
そんな彼らのお仲間とみられているのが「吸血」魔族の偏見である。
では私を快く迎え入れてくれたこの吸血魔族はどの一族か?
彼らは「ダニ」であった。
この世界の魔物たちの信仰において知恵のある生物の始祖は4足獣であるとされる。
魔物や魔族の姿、形は様々だが巨人族、ヒューマン、エルフ種も例外にもれず4足獣とみなされ
違いは2足で歩くか4足で歩くかだけという考え方が魔族達の中で一貫した意見である。
また2足歩行は知恵と技術を有するため、
威嚇や権力の誇示に使われてきたと始祖の時代から信じられてきた。
そのような種族背景の中、姿形が違う魔族達はどうするのか。
一つは骨格がそもそも2足歩行に向いていなくても無理矢理にも生まれた時から2足歩行を仕込む種族と、
2足歩行しているように見せる擬態を使う種族に分かれるのがこの時代の魔族達の在り方であった。
このダニの吸血一族は後者である。
メスは昆虫でいうところの腹の部分が大きくいかにも「虫」であることがわかるが
これはドレスによって隠すことができる。
そしてオスは腹をぴったりと折り曲げ獣で言う背中につけることで「虫」が2足歩行の4足獣のようにふるまうことができる。
だが彼らは「虫種」であることを隠すことはしない。
擬態は彼らにとってマナーであり他種に対する威嚇でもある。
長い魔族の歴史の中で最も栄えたマンティス一族やアラクネの一族(蜘蛛)が魔族領の王になることもあった。彼等もやはり擬態とマナーを重視して魔族と言う種の頂点に立つまでに至ったと言う。
そんなダニの一族だが幸い私が聞きかじったエルフ語を理解できるとあって、
血を提供する代わりに衣、食、住を用意してくれるという願ってもない条件で安定した暮らしを手に入れることができた。
そうしてこのダニの魔族に保護され今は8人と住み込みで働かされている。
しばらくすると血を一滴も取られなかった私の妊娠が発覚した。
その時初めてお腹の子のためにダニの魔族の統領は私の血を取る事を禁じたのだと理解した。
私はお腹の子が私を救い出してくれると信じて止まず、
この子は私の希望だと、元気な子を産んでみせると大きくなるお腹を撫でて誓うのであった。
◆◇◆
新しい母ちゃんは働き者だなー♪
お腹の中で忙しなく動く母体の振動を感じてそんな悠長なことを考えている時期がありました。




