第012話 教師
結論から言おう。
先生はスフィンクスであり、極悪令嬢である。
先生は亜人種の姿で教壇に立つと、片手に馬用の長鞭を握り、片手の掌に鞭の先端の腹をペシペシと手遊びしながら魔族語で自己紹介から始めた。
「*初めまして。私、ドラッケンホルド中央大陸・北方帝都シスターン・シティ 特別区侯爵ノルゼイロス・ファーヘイロー卿が次女デルフィラ・ファーヘイローでございます。トロッターの皆様の教員となりますのでどうぞよろしくお願いしますね。*」
先生の自己紹介が終わると、ウサギのメイドが1人手を挙げる。
先生はビュっと風を切る音を立てて鞭を振り、手を上げたメイドを指すと「*どうぞ*」と発言を促すが、メイドが一言「*先生は…*」と切り出した所で先生の鞭の教壇を叩いた。
パァアン…と乾いた音が教室にこだました。
先生は威嚇するようにゆっくりと教壇を降りると怯えたウサギの長い耳を乱暴に掴み上げ、もう一度口上を口にした。
*特別区侯爵が次女デルフィラ・ファーヘイロー。トロッターの教師をする為に参りましたの。よろしくて?*
ウサギのメイド「*はいィっ!大ひぇん失礼致しました。レディ・デルフィラ・・・*」
遅れて理解した。『スター・トロッター』(=転生者)の教師役であってメイド達の指南役ではないと言うことか。面倒くせぇな。
初めは噛んだり声が上擦っていたがメイドは最後の方で言い切った。なるほど、侯爵令嬢だから「レディ」が敬称ね。
先生は満足すると可愛らしい笑顔を振り撒き「*初日ですもの!緊張するのは無理ありませんわ。トロッターの皆さんはまだ幼児、『ブレイブワン』になるのはまだまだ先の話。仲良くして下さいね。*」
まもなく正午に差し掛かろうかと言う時刻にやや傾いた日差しが斜め上から降り注ぐと、兵舎のガラス窓を通って教壇を明るく照らしていた。
先生は窓から挿し込む暖かい日差しを肌に感じると、
目の瞳孔を猫科の動物を思わせる縦線のように細めた。そして自分のネイルを確認する仕草で人差し指から一本黒い獅子の爪を出すとキラリと陽の光を自分方に反射させ整った顔を照らしながら眩し気に目を細めた。
先生「*幼児にはお世話していただく世話係を当てがってますの。同時に授業も受けていただくことになりますがあくまでもお世話係はトロッターのサポート。身の程を弁えて下さいね…さもなくば…*」
教室に挿し込む陽光がキラキラと黒く艶のある獅子の爪に反射して、教室の隅から一閃、光は横に移動すると、レーザーポインターの様にメイド達の首を撫でる様に通り過ぎ、最後に一番端に座っていた首一つ足りない私の頭の上を掠めた。
先生「チッ・・・」
この女舌打ちしたよ。
私が視界に入ったからなのか、
もしくは先生には今の演出で全員の首が飛ぶ場面を想像したのに一匹生き残ったモノが居たからなのか…
何れにしても私に良い印象を持っていない事は確かだ。
私は抑え難い衝動に駆られ半眼(瞼を半分閉じて)になると手を上げた。
メイド達が青ざめ「ここで初めて血を見ることになるのか!!」と誰もが心の中で悲鳴を上げる。
先生が驚いたように目を見開いて私を見た。
っと言っても先生の表情は半眼で見えないので正確には驚いた視線を感じている、先生の腕が逞しい獅子の腕に膨らむと両手で掴んでいた馬用の長鞭が真ん中でバキッと音を立てて折れた。
先生はハッとして獅子の腕をスベスベの亜人の腕に戻すとゴミ箱に折れた鞭を投げ入れ、どこからともなく新しい同じ形をした鞭を取り出した。
代わりがあるのかよ!
先生は「*さて、それでは…*」と言葉を続けるので。
私はガタッと音を立てて立ち上がり手を上げた姿勢を保つ。
メイド達の「ヒィ!もう止めて!」と言う心の悲鳴が聞こえる気がした。
先生は言葉に詰まったが「*え〜…まずは〜…*」と言葉を繋ごうとする。
「私は眼中にない」または、「居ない者」として扱うスタンスか。
うむ、前世で小学生の頃、馬鹿騒ぎを起こしてクラスの女子に無視されるのは経験済みである。
私は手を上げたまま先生の横に移動した。
先生は正面を向いたまま、私の行動に明らかに意識を向けていた様だったがメイドと幼子の方を見て私の方には目だけをチラチラ動かしていた。
うーむ、ここまであからさまに無視されると此方としても引くわけにはいかんなぁ。
メイド達は前のめりになり私を止めるべきか声をかけるべきかハラハラした様子で、しかし席を立つ勇気もなく黙って成り行きを見ているしか無かった。
私は手を下ろし先生の足元にしゃがむと彼女の靴を見た。動きやすい様にブーツを履いている。格好がドレスなのでてっきりハイヒールなどを履いていると思ったのだが…。
チラッと上を向いて見ると先生はサッと私を盗み見ていた顔を視線を逸らす為に正面に向けた。
足を見ればどの様な種族かわかる気がしたがどう見ても亜人の姿では彼女が先ほど指に出して見せた鋭い爪が何の魔物なのか断定に至らなかった。
私は先生のスカートを捲った。
ダァアン!!!
バギッバキギッ!!!
私は先生の姿が変わる瞬間が見えなかった。
それほどに先生の変身は一瞬だった。
突然、後頭部を床に打ち付けられ、頭がクラクラしながら気がつけばライオンの前足が私を胸を押さえ地面に縫い付ける。
中指の爪が私の喉に刺さるまで数ミリに迫っていた。
先生は綺麗な亜人の顔をゆがませて私に怒鳴りつける。
「*クソガキゃあ!いい加減にしろよ!こっちはわざわざ無視してんのに好き放題やりやがって!ここで殺してやろうかぁあ!あぁあ?*」
先生が叫ぶと同時にウサギのメイド達は赤子を抱いて悲鳴を上げると教室の後ろまで逃げ出した。
教室の後ろの壁に寄りかかるとみんなで一塊になり隅の方で震えた。
私は両掌を先生に向けてで顔を庇う様に交差していた。
先生の額に青い血管の筋がぴくぴく動き、振り上げた亜人の手には鞭が握られていた。教壇はスカートから伸びるように露わになったライオンの後ろ足が粉々に踏み潰していた。
上半身は人間の様な体に、腰から下はメスのライオンの体。ギガカリウス家の屋敷の医務室で見た図鑑に載っていた「キマイラ種」。それは私が元いた世界でスフィンクスと言う名で知られている空想上の魔物に酷似していた。
先生は「フーッフーッ」と鼻息を荒くして唸ると、
今度は自身を落ち着ける為に「はぁ…」っとため息をついた。
「*その胆力に免じて1つだけ、質問を許しましょう。*」
そう言うと私は『ブレイブワン』とは何でしょうか?
と彼女に質問を投げた。
すると彼女はどんなつまらない質問が飛んでくるかと覚悟していたらしく意外にも「そこ?」と言う顔をして私をしばらく睨むとライオンの前足を退けた。
彼女は粉々になった教壇を払い、ドレスのスカートでライオンの体を被せられる範囲で隠すと、その獅子の体を床に座らせる。
私は自分の席に戻ると彼女の話を聞く。
先生「*『ブレイブワン』は「勇敢なる者」という意味です。皇帝陛下に絶対の忠誠を誓い、どんな作戦にも遂行すれば完璧な成果を出し完遂できる者のみに与えられる名誉ある称号です。*」
ふむ、英雄や勇者ということか。
出撃するなら必勝が義務と…。
トロッターを煽てて軍事利用する。無理難題を押し付ける。死んでも勝て。そんなところか?
私はまだ見ぬ皇帝陛下を思い心臓の位置に手を添えて礼儀正しくこの思いが届けばいいと願った・・・・
「『ブレイブワン』お断り致します。」




