第010話 教室
南の魔族領の中央都市に発つ3日前。
私は主人の前に礼儀正しくお辞儀した。(*魔族語*)
私「*お断り致します。*」
主人「*ならぬ、お前の中央都市行きは決定事項だ。*」
私「*辞退致します。*」
主人「*幼体ながらその語彙力と作法に脅かされるばかりだ。この半端な田舎で埋もれさせるのは惜しいと思わんかね?*」
いいえ…(バン!)
否定的な声を出したところで主人が机を叩き両手を机について前のめりになると顔を歪ませて「*エナフッ!*(「いい加減にしろ!」また「十分だ!」という意)」と私を怒鳴りつけた。同時に口を大きく開けると、長い舌をちらつかせ「キシャー」と言う空気を吐く音と昆虫を思わせる口をギチギチ鳴らした。
やべぇ、見た目がリアルにプレ⚪︎ターだ。
私は恐怖で震え半眼(瞼を半分閉じて)で後退る。
「*申し訳ありませんでした。御主人様。*」
と謝罪して逃げるように執務室を後にした。
医務室に戻るとドクトルに「己の主人に何してくれとんの!アホか!」と棒でケツを叩かれた。
ぐぅ…段々難易度が上がってきている気がする。
魔族怖い。
私は母にダークエルフ語で泣きついた。
私「都市に行きたくない。ムームーと一緒にいたい!」
オフィメイ「ダメよ。ママも貴方がいなくなるのは寂しいけれど、
これは御主人様が決めた事だから逆らえないわ。ズラー……ズラー。」
エンザレン「そうだぞ、御主人様の言うことは絶対なんだ。ズラー…ズラー。」
お前らそんなに頭良くないだろ?
「ズラームクス」だよ!
その逆らえないプレデターの御主人様からお名前を頂戴して一週間経ってるよ。
あっ!プレデターって言っちゃった。
捕食者という意味でセーフ?
エンザレン「大きな街に行けばお城もあるし綺麗なお姫様に会えるかもしれないぞ?」
私「いやだームームーが世界一美人だもん。大きくなったムームーと結婚するー」
如何だろう諸君?幼児なら許される発言に反抗期。
落ちるか?落ちてくれ!都市に行きたくない!働きたくない!ママぁー!
母「ごめんなさい、ズラー。
私達にはこればかりはどうする事も出来ないわ。
今夜はママが一緒に寝てあげるからそれで許して。ね?」
もうズラーで名前が定着してしまったな。
両親に泣きつく作戦もダメか。
後は中央都市で「帰れ」と言わせるしかないか。
この時私の中で不思議な感情が働いていた。
みんなの困った顔を見た時、私は少し快感と満足感を得た。
この夜はまだ目的を達成できなかった敗北感が強く、
優しく抱きしめてくれる母の柔らかい胸に顔を埋めながらネットサーフという眠りに着くしか成す術が無かった。
そうして中央都市に発つ当日。
私は主人や両親の説得を諦めていたが直前になりその衝動が暴走していた。気がつけば駄々こねる自分がいたのだ。
嫌だァ!と母親の足にしがみつき泣き叫ぶ私に突然母の爪先が目の前に迫ると地面の砂の香りが鼻をついた。
何が起きた?体が動かない…?
主人に抱き抱えられ私は馬車に運ばれる。
この時、体が一瞬で麻痺すると母親の足元に倒れのだと馬車に乗せられて漸くしてから気がついた。
主人が私に舌から分泌される麻酔を背後から音もなく打ち込んだのだ。
身動きも声も出すことが出来ずに馬車に乗せられた私が見た物は、
両目に涙を浮かべる母と…
嬉しそうに力一杯手を振る父役エンザレンの姿だった。
なんだあの嬉しそうな顔は!
きっと母と二人だけで暮らせる日を待ちわびていたのだろう。
幸せそうな…エンザレン許すまじ。
◆◇◆
馬車の中で麻痺が解けると私は主人に膝をついて謝った。
主人は私の態度を見てため息をつくと魔族語で
「*これ以上私の手を煩わせないでくれ*」
と一言投げかけると何事もなかったように私を隣に座らせた。
馬車に揺られる事1日。
馬車は幾つかの拠点を巡り、中に人が段々と増えてきた。
乗車客は卵を抱えた人や赤子を抱えた魔族でごった返した。
それはまるで前生の地球で毎日のように通勤で揺られていた満員電車が赤子連れでいっぱいになる様なそんな光景である。
もちろん結果として車内は泣き叫ぶ赤子や飯をせがむ声の大合唱である。
犬の獣人が突然上着を捲り上げ腹を出すと五匹の子犬に同時で乳を与える場面は衝撃的であった。
そんな馬車の旅も中央都市の防壁をくぐり城下町の石畳にしばらくガタガタ揺られると終わりを告げた。
前世の古代ローマの奴隷も初めてコロッセオやローマの街を見た時はこんな気分だったのだろうか?と巨大な防壁と街の中心の高台に城壁の更に奥に聳える長方形の赤い屋根の宮殿を見つめて映画のワンシーンを思い出すのだった。
街に着き主人について歩くと小ぢんまりとした家に入る。
家では主人の様に白い顔をしたメイド風の女性が出迎えてくれた。
恐らくはこの家はギガカリウス領の中央都市駐屯所の様な役割を持っているのだろう。
その日は湯浴みをするとご飯を食べてネットサーフ(眠り)に落ちた。
翌日私は主人に連れられて中央都市の宮殿の前に集められた。
多くの赤子連れがごった返しておりやはりここでも泣き声とざわめきの大合唱である。
1人ずつ何かの木札を渡されると兵舎と前に建てられた小さなテントの前に並ばされた。
殆どの者がテントに入っては逆の方向から出てくる。
ごく稀に兵舎の方に歩いていく人影が見えては奥の方に去っていった。
私の番が来てテントに入ると美しい女性と彼女の甘い香りが私の鼻をくすぐった。
彼女は私の姿を見ると光を当てた猫の瞳孔の様に突然縦に細く凝縮すると、その淡麗な姿形に似合わず汚い声で「ゲェ」っと鳴いた。
女性が出す音とは思えぬ音を聞いて私はマナーを忘れて嫌らしく笑みを作ると彼女は悍ましい物を見る目で私を見下し、あっちへ行けと言う様に手だけを振って私と主人を兵舎の方に進む様に指示を出した。
私は主人と目が合い「やりました!否定されましたよ!」と無言で拳を挙げてガッツポーズを見せると主人も嬉しそうに頷くのだった。
なんだ〜主人も私と離れるのが寂しかったんだな〜と思っていたが直後に裏切られた。
主人は兵舎の途中で何かにサインをすると千両箱の様な物を2段、3段、4段と渡され。
重そうに、しかし嬉しそうに持ち上げると
「*それでは、達者でやれ。皇帝陛下に揺るぎない忠誠を誓い我らが魔族の為に精進せよ。*」と言って去ろうとした。
おい!待て!っと声をかけようとした所で、主人は振り向き「*忘れる所であった。*」と言って私の目線に腰を下ろすと
「*誠に大義であった。共に戻る事は叶わぬが、そちの家族について希望があれば良しなに取り計らうが?*」
と言われて拍子抜けしてしまった。
私は「*母を健康なままに…*」と言うと
主人は「*うむ…父方は?*」
と聞かれたので「*できればダークエルフ全員の健康を保証して欲しい、代わりに父親役のエンザレンはギリギリまで血を抜いても構わない*」と伝えた。
主人が去ると私は使用人の様な魔族に連れられて兵舎の一室に入る。
そこには生前見た学校の教室の様に綺麗に並べられた椅子と壁一面を覆い尽くす一枚の黒板が壁に掛けられていた。
◆◇◆
後日「最近エンザレンが貧血でしょっちゅう倒れるの」と言うどうでもいい報告が愛する母から文で届いた。




