9話
部屋で考えていても埒が開かないので、とりあえずやってみようかということで訓練所に移動することにした。
あのまま母さんとイチャイチャしたり、ノルゥ……うん、やっぱり俺としてもイチロー君たちの主人として少しは働かないといけないと思うんだよ。
今日も訓練所ではアイアンスケルトン家のしっかり者の長男ことイチロー君が働いているからね。
「なんか人が多くない?」
「そう?」
「そうですね……なにかあったのでしょうか?」
俺が母さんたちと一緒に訓練所に近づくと、訓練所の端で木箱に乗っかって周りを見回しているオランさんの声が聞こえてきた。
「おうおう、兄さん、姉さん、さっきの分を次で取り返そうか。イチロー君たちの調子と連戦の流れ、足りないのはお前さんたちの度胸だよ。さあ、ここが勝負どころだ、賭けた、賭けた。今のところアルファの方が人気だ、穴狙いならベータだよ」
オランさんが乗っかっている木箱の横に立てかけてある木の板に、別の騎士が小さな板をたくさん掛けていく。
あれで誰がどちらに賭けたのかわかるってことなんだろうけど……オランさんたちはなにをやってんの?
賭けの胴元にでも転職するつもりなのか、イチロー君たちの模擬戦は初めてまだ日が浅いはずなのにやたらと板に付き過ぎじゃない?
「母さん?」
「なに?」
「これって取り上げた方がいいかな?」
「どうして?」
どうしてって、この状況はどう考えてもまずいよ。
だって騎士や兵士たちだけじゃなくて明らかにメイドみたいな女の子とか調理場のおじさんやおばさんたち、庭師のおじいさんまでいるよ。
「ギリス様は使用人たちの心配をなさっているのですか?」
「うん」
「大丈夫よ」
「そうですね、ひと試合に賭けられる金額もかなり安くしているみたいですし、最悪負け続けてオケラになったとしてもおやつやお酒を買うような小遣いの話で生活ができなくなるとかはありませんので」
「本当に?」
「はい、伯爵家は給金もいいですし、使用人たちはみんな住み込みで生活にかかるような物は全て支給されますので」
確かに賄いとかあるから食べられないことはないんだろうと思うし、服は制服だし、住むところもあるんだけどさ。
なんかみんな目が血走ってて怖いんだけど……。
賭けが締め切られてイチロー君たちの模擬戦が始まると、少し身を乗り出したメイドの女の子が、「いけぇ、ベータ、アルファをぶち殺せ!」と叫ぶ。
それを皮切りにおじさんやおばさん、おじいさんまでが次々に「いけぇ」とか「やれぇ」とか「ぶちかませぇ」とか拳を振り上げながらそんな叫び声を上げた。
これはもう声援とかではなく、間違いなく怒号だよね。
「母さん、本当に大丈夫なんだよね?」
「大丈夫よ」
「賭け事なんてどこもこんなノリですから問題ないと思われます」
「そっ、そうなんだ……」
オランさんからノルゥの実家のルオディアンの領地でもいい感じに稼げたとは聞いてはいたんだけど……こんなノリだとは知らなかったよ。
「なっ?!」
ベータと呼ばれているイチロー君が打ち合いのあいだに少しふらついたところに、アルファと呼ばれている方が隙をついて斬り込む。
それで決まったと思ったのに、転がりながらベータがそれを避けた。
「おおぉ、すごいね」
そこからもしばらく続く戦い、お互いに盾を使っていなしたり、避けたりしながら戦う様子は実に様になっているんだけど……俺がクリエイトスケルトンで生み出したアイアンスケルトンであるイチロー君たちの基本スペックはまったく変わらないはずなのに、動きになんか個体差があるような気がする。
「うっそ、まじか」
「ギリス?」
「どうかしたのですか?」
「いや、イチロー君たちも戦闘の経験を個人として蓄積しているんじゃないかと思って」
「「えっ?」」
だとするとアレか、新たにチタン合金製のスケルトンたちを生み出すよりも倉庫に入ってもらっている大きく欠損したイチロー君たちを生まれ変わらせた方が強いのかもしれないね。
生まれ変わる……グローアップとかかなぁ。
「ライズスケルトン」
俺たちの前の地面に魔法陣が浮かび上がると、ボロボロになっているイチロー君がズズズっとせり上がってきた。
「ギリス、この子は?」
「うん、ちょっとこのイチロー君を生まれ変わらせようと思ってね」
「えっと……」
「ギリス様の魔法はそのようなことまでできるのですか?」
「わかんない。だけどたぶんできるんじゃないかと思うんだ」
これはもしかしたら願望みたいなものかもしれないけど、もしイチロー君たちに個体差みたいなものがあるのだとしたら、動けなくなったままストレージに入れておくなんてやっぱりかわいそうだからね。
「グローアップスケルトン」
うんともすんとも言わないね……となるとスタートオーバーとか?
なんかしっくり来ないね。
となると戻すのリターンか、リバース?
ちがうよねぇ……うーん。
生まれ変わらせる……リボーンだね。
「リボーンスケルトン」
新しい体となったイチロー君をイメージしながら呪文を唱えると、イチロー君の足下に魔法陣が浮かび上がってイチロー君が一度その魔法陣にズズズっと沈み込んでからまた戻ってくる。
銀灰色の表面に虹色みたいな被膜を持つイチロー君が俺の前にひざまづいた。
「よかった、本当に……」
なぜなのかはわからないけどできるような気がしていたから、正直言ってホッとした。
「悪いんだけどまた戦ってくれる?」
俺が聞くと顔を上げたイチロー君が顎をカタカタと鳴らしながら笑うから、それがまるで任せてよ、とでも言てくれているような気がして泣きそうになった。
いつもイチロー君たちに頼ってばかりだからね。
すると母さんが横から抱きしめてくれた。
「ギリスが一人で心を痛める必要はないのよ」
「そうですね、私もそう思います」
「ありがとう、母さん、ノルゥ」
ああ、これはダメなやつだ。
独りよがりな感傷で母さんとノルゥに心配をかけるなんてダメだもんね。
イチロー君たちはあくまでも俺の魔法なんだ。
大事に使おうとは思うけど、かわいそうだと惜しんでしまっては元も子もない。
とりあえずリボーンで蘇らせることもできる様になったんだから、これからもイチロー君たちに頑張ってもらおう。
「やっぱり母さんに抱きしめてもらうと安心できるね」
「そっ、そう? それなら遠慮などしないで言ってくれればいつでも抱きしめるわよ」
「ありがとう、うれしいよ」
やっぱり悪役令息ってのは、控えめに言って最高だよね?
そんな感じで訓練所の隅で母さんとイチャイチャしていたら、イチロー君たちの模擬戦が終わったみたいで、「よっしゃあ」と叫んだメイドの女の子が両手の拳を突き上げた。
ベータと呼ばれていた方が勝ったんだね。
「ギリス、このイチローちゃんは色が少し違うのね」
母さんが声をあげると訓練所内にいた人たちがハッとして、こちらに体を向けて頭を下げた。
「気にしなくていいわよ。私たちは別の用があって来ただけだもの」
いやいや、そんなの気にするに決まってるよね、と思ったんだけど……。
「そうですか、わかりました」
「でも、ほどほどにしなさいよ」
「「はい」」
嘘っ、この世界ってちゃんと無礼講が通用するんだね。
もしかしたら移動中に野宿とも普通にあったりするわけなんだし、そんなことを言っていられない場面とかも多いのかもね。
「それでギリス、なんでこのイチローちゃんは色が違うの?」
「うん、素材を鉄よりも軽くて硬い金属に変えてみたんだよ」
「これが軽くて硬い金属なの? 見たところ魔鉄とかミスリルではないようだけど……」
「うん、チタン合金って素材なんだけどね」
あれ? こっちってもしかして……チタン合金はなかったりするのかな?
「へぇ、チタン合金ねぇ」
俺のことを見つめる母さんの目が細くなった気がする……。
「ギリス」
「……はい」
「チタン合金ってのはどんな金属なの?」
「えっと……腐食や錆に強いんだよ。だから今回は塗装せずに出してみたんだけど、やっぱり黒い方が強そう?」
「そう、腐食や錆に強いのねぇ……?!」
おどろいた母さんが俺の二の腕を両腕でがばっと掴んで、僕の顔を覗き込む。
おおう、食いつきがエグい。
だけどそうだよね、腐食や錆は鉄の弱点なんだからそんな反応になるのもわかるよ。
「イチローちゃんの武器と防具をくれないかしら?」
「だっ、ダメだよ、そんなの」
「リシャ様、さすがにそれはイチロー君がかわいそうです」
「ぐっ、確かにそうよね」
「でもなんに使うの?」
「実はな、うちが持ってる鉱山に酸を吐き出すモンスターが棲みついてしまって困っているのよ」
「そうなんだ……」
だけどチタン合金って酸化被膜を持っているから酸には強いけど一部の酸には耐食性を発揮しないことがあるとか聞いたことあるし、俺がイメージできるチタン合金って広く一般的に普及しているアルミニウムとかパラジウムとかを混ぜたバランス型のチタン合金なんだけど、それがどの程度の耐食性を持ってるのかまではわからない。
もっと融点が高いモリブデンを含んだ合金とかの方がいいのかも……だけど、あれって結構重いんだっけ?
「ギリス様?」
「ノルゥ、少し待ってあげてくれる。ギリスはたぶんどうしたらいいのかと考えているから」
「……そうなのですか?」
くっそぉ、モリブデンの比重とかは知らないやぁ、鉄の倍はあるタングステンとかよりは軽いんだろうけど、そもそも現物を見たことがないんだからうまくイメージできないよね。
こんなことならダーツのシャフトをタングステンで作ってた鋳物屋にモリブデンも見せてもらうんだった……。
いや、魔物がいる場所は鉱山なんだから坑内なんだろうし、この際だからタングステン製の大楯を持ったタンク型スケルトンを作ってまとめて押しつぶすってのもありか?
タングステンなら高温じゃなきゃかなりの耐食性を持っているって聞いたし、ダーツのシャフトとして使っていたから嫌と言うほど見ているし、触っているし、話だってたくさん聞いたからうまくイメージできると思う。
「うーん、やってみないとわかんないね」
「なにを?」
「いや、イチロー君たちにその魔物を狩ってもらえばいいかと思ったんだけど、その魔物が吐く酸がどんな物かわからないから……」
「いいの?」
「えっ? ああ、そっか学園に通わないとまずいよね」
やばい今日まさにふらふらっと学園をサボったりしていたら、本当に卒業が危ういということを実感したばかりだったね。
「それは大丈夫よ」
「母さん?」
「あと少ししたら夏季休暇があるじゃない」
「あっ」
「それなんですが」
「っん?」
「ギリス様は記憶を無くされておられますので」
「夏季休暇は……」
「無いの?」
ニコニコと笑った母さんが俺たちを見回す。
「母さん……」
「どうしてそんなことになっているのかしら?」
「いやぁ、いちおう取り戻そうとがんばっているんだけど……」
「なんでギリスががんばらないといけないのかしら?」
「えっ?」
「落ち度はあちらにあるんだもの、誠意をもってことに当たっていただかないとね」
だんだんと笑みが深まっていくのに、それに比例して目から光が失われていってる気がする。
「えっと、ちゃんと個別で教えてくれてるよ」
「だから?」
「ほら、教え方も上手なんだ」
「それで?」
「一日で12歳ぐらいまでの勉強はわかるようになったよ」
「ギリスは本当に優秀ね」
ああぁ、これはあかんやつだ。
俺がノルゥを見るとノルゥは黙って目を逸らした。
さもありなん。
「母さん、俺がなんとかがんばって休みを取るからね」
「ギリス?」
「やっぱり夏季休暇は母さんと領地に遊びに行きたいもんね」
「そっ、そうよね」
「楽しみにしててね、がんばるから」
ユーゴス先生ががんばるとも言うけど……。
母さんが殴り込んだりしたら超過密なスケジュールとか、超高飛車な教師が来るとか、超ふじや……これは違う、超どどん……これも違った、まあそんな感じで酷いことになるに決まっているよね。
そんなことになるならあのおっさんな先生ことユーゴスさんとわいわいやってた方がいいよ。
とりあえず卒業さえできればいいんだし。
「楽しみねぇ」
「そうだよね、記憶がないから初めてみたいなものだし、母さんが案内してくれる?」
「もちろんよ」
「どんなところなの?」
「それは行ってからのお楽しみね」
「そうだよね、楽しみだなぁ」
僕はニコニコしながらノルゥ……はぁとため息が聞こえた。
これで、退路は断たれた。
だけど俺は追い込まれるとやる男だからね、追い込まれないとやらないとも言うけど……ならばやらねばなるまい。
伯爵家のおいしい夕食をいただいてから部屋に戻るとまた母さんに膝枕をしてもらいながらイチロー君たちのリボーンを進める。
まずはボロボロで動けなくなってしまっている子たちから、順番にライズスケルトンで呼び出してからリボーンスケルトンでチタン合金製のイチロー君ことチチロー……ここで名前を変え始めるとキリがなくなるし、俺が混乱するからチタン合金製のイチロー君に生まれ変わらせる。
「なんだかイチローちゃんもうれしそうね」
「そうかなぁ」
「そうよ」
「そうだといいな」
「これでまたギリスの役に立てるのだからイチローちゃんもうれしいに決まってるわ」
「うん……」
生まれ変わらせたばかりのイチロー君が俺を見ながら顎をカタカタと鳴らして笑う。
それはたぶん偶然だとは思うけど、母さんの言った通りだと思うことにしよう。
俺の精神の衛生的にもそれがいいよね。
「私はギリスがいてくれるだけでとても幸せよ」
「ありがとう、母さん」
母さんがいなければ、俺がこの世界の伯爵令息としてやっていけるのかとかたぶん不安になったと思う。
なにを捨ててでも全力で愛してくれる母さんの存在は大きい。
もちろん学園で側にいてくれるノルゥの存在も大きいと思うけど。
本当にあのクソゲーは嫌いだったけど、この世界に転生できてよかった。
二人を幸せにしたい、いや、僕も一緒に幸せになりたいだね。




