8話
朝のホームルーム前にちょこっとトラブルはあったもののそこからは問題なくホームルームに突入して、それから授業が始まったのだが…….。
「おかしい」
「いや、おかしくねぇだろ」
「個人レッスンって言ったらさ、眼鏡をかけて指示棒を持った服がパツンパツンのお姉さんじゃない?」
「おい、それはどこの店の話だ? 先生にも詳しく教えてくれ」
おっさんな先生ことユーゴス先生がやたら前のめりになったが、こちらのそういう系のお店のことはよく知らない。
なぜなら……。
「記憶を失っているから知らないよ」
「お前さ、記憶を失う前もたいがいだったがなんか違う方向に行ったな」
「ほめてもなんも出ないよ」
「ほめてねぇ!」
「ああ、クッキーの詰め合わせぐらいなら」
「しれっと先生にワイロを送ろうとするんじゃねえよ」
「いらないの、結構いいところのだから奥さんがよろこぶと思うよ」
ユーゴス先生が、「ぐはぁ」と大袈裟に胸を押さえる。
さもありなん。
おっさんな先生なんてだいたいみんな日々のストレスとかで飲み歩いていたりするんだから、奥さんのポイントを稼いでおきたいに決まってる。
もちろん偏見だけど。
「しっ、しかたないな、お前がそこまで言うなら……」
「フッフッフッ、落ちたね」
「ニヤニヤするな」
ユーゴス先生が俺にツッコミを入れるとさらに女性の先生から、「ユーゴス、あんたも遊んでないで真面目にやりなさい」とツッコミが入る。
俺は今、みんなとは別の教室だったらよかったんだけど、同じ教室の端でおっさんな先生ことユーゴス先生の個人レッスンを受けている。
なにせこちらの勉強なんてしたことないので、王国語も魔導分析学も戦術統計学も王国史も大陸地理学も魔導学も魔法力学も帝王学もまるでわからない。
「記憶を失う前はそこそこできていたのに、本当にまるで覚えてないのか?」
「うん、ちんぷんかんぷんという言葉はこういうことを言うんだと理解したよ」
「それは、ドヤ顔で言うような言葉じゃねえな」
「どっ、どうしよう……」
卒業できないと爵位を継承できないからね。
「マカロンもつける?」
「いいからとりあえずやるしかないだろ?」
「そうだね」
ということで六才ぐらいの子がやるような勉強から始めたんだけど……。
「おい、恐ろしいほどに理解が早いな」
「そう? でも記憶がマルっとないってだけで頭が悪くなったわけじゃないからね」
「それもそうか」
まあ、単純におもしろいってのもあるんだろうけどね。
王国語と言っても読解に使われるのは優しい言葉で書かれた魔導書や英雄譚だし、魔導分析学は魔法陣の構造計算と魔力流算や効率の計算。
統計学に関しても戦場における消耗計算などだし、王国史は知らないおっさんの俺ツエエエだからつまんないけど、地理学はそこそこ、魔導学や魔法力学は完全にファンタジーだから上がる。
帝王学も絶対に必要だからなのか意外と集中できた。
まあ、まだ12歳ぐらいの子供が学ぶ範囲だからというのもあると思うけどね。
「あとは先生が教えるの上手いんだよ」
「ニヤニヤするなって」
「マフィンもつける?」
「だから、買収……頼む」
「奥さん、マフィン好きなの?」
「そうなんだよぉ」
「だから、あんたたち二人は真面目にやりなさいよ!」
みんなに教えているおば……お姉さん先生が怒ったが真面目にやってるんだよ。
ワンチャン手心を加えて欲しいという下心はあるけど……。
「やっぱり他の教室でやらせようかしらぁ……」
「ダメです。ギリス様から絶対に目を離さないようにとリシャ様から言われていますので」
「そうよね、息子を殺されかけたんだし、親御さんは心配よね」
先生は頬に手を当てた。
「しかも自分たちの不貞を隠すためだったっていうじゃない?」
「「?!」」
みんなの視線が俺に集まるとハルトが、「ギリス、君は!」と立ち上がる。
「知らないよ、そんな噂」
「シラを切るの?」
「あのさ、君が俺に怒るのは明らかなのに、俺がわざわざそんな噂を流してなんのメリットがあるのさ」
答えると一部の生徒たちがニヤニヤした。
なるほど、前から王女殿下たちと仲良くしているハルトのことをよく思っていなかったんだろうね。
いや、俺のこともかな……。
「だいたい友達のいない俺にどうやって半日足らずのこの短時間で噂を流せるって言うの」
「それは……」
「まあ、調べればすぐにわかることだよ、誰が伯爵令息を陥れようとしたかなんてね」
ニヤリとすると一部の生徒たちが顔を青くした。
もう少し釘を刺しておこうかな、またハルトに絡まれるのは嫌だし。
「特にそういうのに敏感な時期だから学園としてもちゃんと調査してくれるはずだよ。同じ轍を踏むような人たちじゃなければだけど……」
「わかってるよ。まったくくだらないことしやがって……」
ユーゴスさんが頭を掻くとハルトが、「すまない」と席についた。
顔色が青から白に変わっている子たちもいるみたいだけど、きっちりと怒られたらいいよ。
くだらないことをしたのは君たちだからね。
そんな感じで一日過ごして馬車で家に帰ると、伯爵家の屋敷の入り口で仁お……女神のように足を大きく開いて腰に手を当てた母さんが待っていた。
「どうかしたの?」
「かわいい顔してなんにもなかったよって雰囲気だしても無駄なのよ、ギリス」
「えっと……」
隣を見るとノルゥがギクっと肩を揺らす。
「ネタは上がっているのよ」
「別になんの問題もなかったよ。あの男爵令息は大ダメージを受けただろうけど」
「だけど、ずいぶんと陰口を叩かれていたみたいじゃない」
「それだってこちらに正当性があるのは火を見るよりも明らかだし、そのうちに鎮火するよ」
「そうなの?」
「うん、王女殿下が距離取ったからね」
今回のやり方に不満があってそうしたのかはわからないけど、王女殿下がハルトから距離を取っていたみたいだし、その行動によって多くの生徒たちが噂の信憑性を疑うと思う。
「本当なの?」
「うん、少なくとも学園内では一緒に行動していなかったよ。それからアリアンナ・ハウゼンベルク公爵令嬢も離れたかも」
「はぁ? そんなこと、だって……」
「托卵の件を持ち出したからね」
「托卵?」
「元婚約者だった子爵令嬢とあの男爵令息に、男女関係の疑いがあるって話をしたんだよ」
「なっ? 本当なの?」
「わからないけど、アリアンナ公爵令嬢は、事実かどうかが大事なのではないのね、的なこと言ってたよ」
俺の言葉に母さんが目を見開く。
「アリアンナ様の婚姻相手は他国の王族だったりするのだから疑いをかけられるような行動はするなと脅しをかけておられました」
「脅してないよ。疑われないように注意してねとは言ったけど」
「あの場であんな言い方をされれば脅しと取られてもおかしくないかと」
ノルゥが苦笑いを浮かべる。
「あはは、いい気味ね」
「それなんだけどさ、なんでうちと公爵家は仲が悪いの?」
「昔うちのお父さんが王家と公爵家の顔を潰したのよ」
「なるほどね」
となるとやっぱりルオディアン男爵領に盗賊に扮した騎士を入れていたのは王家か公爵家の息のかかった者って考えるのが妥当なのかな……だけど、まだそう決めつけてしまうのは早いか?
まったく関係のない家の可能性もあるし、ラグズリーフェルト伯爵家の寄子の中でもいろいろあるだろうからね。
「じゃあ大丈夫なのね?」
「うん、まだくっついている者たちはいるけどとりあえず大きな後ろ盾の一つは失っているようだからね。どこかで挽回は計ってくるだろうけど、とりあえずは大丈夫だと思うよ」
「そう、わかったわ。あまり無理しちゃダメよ」
そんな母さんとの会話を終えると俺は自分の部屋で母さんに膝枕をしてもらいながら休むことにした。
普段は基本イチロー君たちに任せてしまうので俺はあんまり働いてはいないんだけど、今日はちゃんと働いたのでなんだかんだ疲れたもんね。
「やっぱりまだ足りないかなぁ」
「なんのこと?」
「ノルゥの領の盗賊狩りで盗賊にしておくにはもったいないような実力を持った人たちに、イチロー君たちがそこそこやられたでしょ?」
アイアンスケルトンである優秀なイチロー君たちは、ちょっとした破損であれば少し時間が経過すると自然治癒的な感じで傷が治るんだけど、魔法で溶かされたり、大きく破損したりすると治癒できない。
それにいくらまた作れるとはいってもやっぱりイチロー君たちがやられるのは見ていて悲しいし、かわいそうだからね。
「もっとイチロー君たちの素材の硬度を上げればいいのかなって思うんだけど……」
「硬度……鉄より硬いとなると魔鉄とか、魔法耐久力を上げるのならミスリルあたりね」
「魔鉄……ミスリル……」
武器や防具などに使われているのは知っていたんだけど、魔鉄やミスリル、アダマンタイトなどのこちらの世界の超金属はまだ見たこともないし、話を聞いてもどんな素材なのかいまいちよくわからなくてうまくイメージができないんだよ。
実物を見て触ったりできたりすれば、少しはイメージすることができるかなぁ。
それに前世のタングステンや超合金などの硬い金属は基本的に重すぎると思う。
壁役のタンクとかにするスケルトンの素材にするのなら返ってそれぐらいの方がいいのかもしれないんだけど……やっぱり攻めるにしても守るのにしてもある程度の機動力があった方がいいと思うんだよね。
……となると、チタンかな。
チタンは鉄の半分ぐらいの重さで硬い上に熱に強くて、腐食にも強いから酸みたいもので溶かされるのにも強いはず……氷魔法で冷やされて脆くされたイチロー君もいたけど、チタンにアルミニウムとパラジウムを加えたチタン合金にすれば低温状態での硬度もあがるはず……。
それにどうせ俺がイメージできるチタンって、一般的に普及しているアルミニウムやパラジウムを加えたチタン合金だし。
「ギリス?」
母さんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいて柔らかなふにゃんが……。
「ああ、ごめんね。美女と美少女が目の前にいるのにひとりで考えごとをするなんて失礼だったね」
「美女だなんて……」
母さんが顔を赤くして、「そんな本当のことを……」と小さく続けたけど本当に本当のことなんだからあえてつっこむ必要なんてないね。
「ノルゥも喜ばないと」
「リシャ様、そのぉ……」
「せっかくギリスがほめてくれているのに」
「……」
ノルゥが耳まで赤くなってうつむいたが、それもまたよし。
全力で受け入れて包み込んでくれるような母さんには母さんの、少し奥ゆかしいノルゥにはノルゥの良さがあると思うよ。
こういうのには甲乙はないよね、うんうん。
どこがとかじゃないよ。
「うううん」
なんか、ごめん。




