10話
翌日、朝食に呼ばれてノルゥと二人で食堂に行くと母さんの前にひざまづいていたオランさんが目を赤く充血させていて、それを汚いものでも見るような目で見下ろしながらじょうお……母さんが待っていた。
「ギリス、イチローちゃんたちを没収しなさい」
「なっ、それは勘弁してください、リシャ様」
「黙りなさい! まったく」
大きなため息を吐いた母さんの話によるとどうやら朝方までやっていたらしい。
ナニをではなく、もちろんイチロー君たちの模擬戦だよ。
アホなんだね、オランさんたち。
「このままでは仕事に支障が出るわ」
母さんがそう言って俺たちの前に朝食の支度をしているメイドの女の子を見る。
あの子は昨日叫びながらガッツポーズを決めてた子だね。
確かにこの子も目が赤い。
「ですが、リシャ様よろしいのですか?」
「なにがよ」
「アレは稼げますよ、中毒性がありますからね」
「なっ?!」
「ストレス発散にもなりますし、ダイエット効果にも期待ができると思われます」
いやいや、どこの怪しい商品の謳い文句?
そんなので本当にストレス発散やダイエットができるなら病院に通って治療する人なんていないと思うよ。
そんなうまい話があるはずないんだから絶対に手を出しちゃダメなやつだよ、それ。
「賭場を作りましょう。かなりの集客を見込めるはずです」
「……だっ、ダメよ。民たちを破産させるわけにはいかないもの」
「そこは俺だってちゃんと考えてますよ。今でも一試合に賭けられる賭け金を低く設定しておりますが、一試合にかかる時間を長くするんです」
「長くするってあなたは簡単に言うけど、そんな都合よく行くわけないでしょ、勝負なんだから」
「そうですか?」
「そうですかって八百長でもするつもり?」
「いえ……そうではありませんが……」
歯切れが悪いね。
まあ、序盤は盛り上げるために接戦を演じてあとは流れで後半は本気で、ぐらいの筋書きを決めておくだけなら悪くはないかもしれない。
もちろんギャンブルなんだから勝敗まで決めて操作するみたいなのはダメだと思うけどね。
だけど……そんな八百長まがいなことなんてしなくてもやれるかもしれないね。
そもそも剣と盾を使うスタイルにこだわる必要なんてないし、ボクシングスタイルにして三分間の十五ラウンド、イチロー君たちは気絶とかしないんだからより多く相手をダウンさせた方が勝ちみたいなルールでやれば、一ラウンド三分ごとに三十秒のインターバルを入れつつ選手入場などの演出と賭ける時間を確保すれば一試合を約一時間とかに設定できる。
十五ラウンドで決着がつかなければ延長すればいいだけだし、試合の合間にトイレ休憩を挟みつつ一日五試合程度で賭けられる金額さえ低く抑えてしまえば、さすがに破産する人なんて出ないよね?
その話を三人に説明したんだけど、オランさんが渋い顔をした。
「坊ちゃん、それって楽しいんですか?」
「うーん、どうだろうね、その辺は人それぞれなんじゃない?」
ボクシングにのめり込む人もいればまったく刺さらない人もいる。
それはどんなものでも一緒だよね。
野球好き、サッカー好き、バスケ好き、さらには学生リーグは見るけどプロリーグは見ないとか、プロリーグは見ないけどワールドカップは好きとかいろんな人がいるもんね。
「でもギリス、仮に娯楽として楽しめてもそのやり方では稼げないんじゃないかしら?」
「じゃあ、ギャンブルで稼ごうとしないでスポンサードで稼いだら?」
「スポンサード?」
「うん、たとえばイチロー君たちの胴当てとかにデカく商会の名前を入れる代わりに商会からお金を出してもらうとか」
母さんが目を見開いた。
お金ってのは広くちょっとずつ集める方がいいとか聞くけどさ、あるところからごっそりともらった方が良くない?
贅沢できるほど余裕のある人からもらった方が心も傷まないし。
「アルファはなんちゃら商会、ベータはなんちゃら商会とかみたいにイチロー君たちごとに入れる商会名を変えたら商人たちも盛り上がると思うよ。ついでに会場内で食べたり飲んだりする飲食物の販売許可とかも収益になるかもね」
うんうん、スポンサーになってくれた商会にだけ飲食物の販売許可を出す形にして、イベントがある程度盛り上がって飲食物の販売でそれなりに利益も出れば、みんなスポンサーになりたがると思う。
「あとは命名権とかでもいいね、今はイチロー君たちを仮でアルファとかベータとか名付けているみたいだけど、選手に名前をつける権利を売るんだ、一年契約とかにしたら酔狂な人たちが買うんじゃない?」
「……やっぱり私の息子は天才ね」
「確かにギリスはすごいと思います」
女性陣二人はそんな感じでほめてくれたのだがオランさんがまだ渋い顔をしている。
オランさんはあくまでも剣闘を見たいのであって拳闘が見たいわけじゃないんだもんね。
「別に剣闘でも同じことができると思うよ」
「本当ですか?」
「うん、ただ試合時間を長くしたりすると防具やイチロー君たちの損傷が大きくなると思う。つまりイチロー君たちを修復することのできる俺がいるときしかできないと思うから収益化のための会場を用意したり、スポンサーを集めたりするには時間もないし、現実的には夏季休暇が終わったあとだろうけどね」
「えっ?」
今度はオランさんが目を見開く。
「さっきのボクシングとかいうスタイルなら、坊ちゃんがいない間もできるのですか?」
「うーん、たぶん」
「たぶん?」
「やってみないとわかんないけど、イチロー君たちは小さな損傷なら自然治癒するからできるんじゃないかと思うんだけど?」
ばっと素早くオランさんが立ち上がる。
「見せてください」
「なにを?」
「そのボクシングとやらです」
「うん、わかったけどまず朝食を食べないと」
「なっ、食事などしている場合ですか?」
「している場合だよね、母さん」
「控えなさい、オラン。今までの話は全部なかったことにするわよ」
「ぐっ」
またその場にひざまづいたオランさんがガックリと頭を落とす。
どんだけギャンブルが好きなんだよ……なんか不安になってきたね。
「坊ちゃん、話が違うじゃないですか?」
「っん?」
「朝食が終わったら見せてくれるって……」
「言ってないよ、まずは朝食を食べないと、って言っただけだし、俺は学園に行かないといけないし」
「ちょっと遅れても」
「ダメだよ」
「本当にちょっと」
「ダメ」
「さきっ……」
そこまでオランさんが言うとバシッと母さんがオランさんの頭を叩く。
「オラン?」
「リシャ様……」
「殺すわよ」
「……申し訳ありませんでした」
オランさんがきれいに土下座した。
「帰ったら見せてあげるよ」
「本当に、本当ですね」
「うん、その代わりにちゃんと仕事してよ。あと、徹夜とかしたり仕事が疎かになるようならもう貸さないからね」
「わかりました、お任せください」
にかっと笑ったけど本当にわかったのかなぁ、心配だ。
まあ次やったら母さんに殺されるだろうし、大丈夫だと信じよう。
馬車に乗り、学園に着くとなんか昨日より俺を見てひそひそ話をする人が減った気がする。
昨日の噂が影響しているのかもしれないね。
「なんか、こうやって見るとかわいくない?」
「そうだよね。自分を陥れた者たちを庇ったって聞くし」
「あの子も酷いことされているようには見えないもんね」
「乗っ取るために義理の弟を自称してたやつが嘘の噂を流してたって聞いたぜ」
かわいいだと……おい!
チビって言いたいんじゃないよな?
さすがに温厚な俺でも怒るよ。
それにしてもあの義弟のメッキも剥がれて来ているみたいだし、どこまでいい奴のフリができるのか見ものだね。
「ギリス様」
「っん?」
「黙らせますか?」
「ノルゥ?」
「今更ギリス様の良さに気づくなど遅いのですよ」
なんかノルゥが怒ってんだけど……どうした?
「放っておけばよくない?」
「ですが……」
「噂なんてすぐに消えるよ」
「まあ、そうなのでしょうが……やっぱり気に入りません」
教室に着くとハルトたちのパーティは変わりなくアリアンナ公爵令嬢は距離を取るのを保留にしたらしい。
まあ、自分が幼い頃から面倒を見てもらっていたメイドの息子で幼馴染でもあるハルトを切るのは簡単なことじゃないよね。
相変わらずろくでなしのカインは睨んでくるけどハルトは俺たちの方を見ないようにしているみたいだし、まあ一歩前進かな。
「ギリス様」
「誰だっけ?」
「あの、寄子の子爵家の息子でジルです」
「そうなんだ」
こいつはカインの手下だね、前世のあのゲームの中でカインと一緒にノルゥをおもちゃにしていたやつであり、つまり俺の敵ということだ。
「あのさ、記憶がないからよくわかんないんだけど、下のやつは気安く声をかけてはいけないんじゃなかったっけ?」
「でっ、ですが、我々はクラスメイトでもありますので」
「そうなんだ。クラスメイトなら許されるってことだね」
ほほえむとジルは頬を引き攣らせた。
イラっとしているだろうね……わざとだよ。
だけど、あのろくでなし親子の側ついた家のくせに、どの面下げて来たと言われないだけ感謝して欲しい。
「それで、なんの用?」
「あのぉ、カイン様の件で……」
「うーん、あのさ、君もラグズリーフェルトの寄子の家の息子なら彼を様付けで呼ぶのはやめてくれる? 彼はうちの子供じゃないよ」
「でっ、ですが……」
「それとも君たちの家では、娘の婿に来た男がよそで作った子に爵位を継承させるの?」
そんなこと認められるはずないよね……自分たちは認めないのに俺たちには認めろと言うなんて本当におかしな人たちだと思う。
「しかし……」
「あのさ、ジル」
「はい」
「いい人ぶっても無駄だよ」
「えっ?」
「記憶のない俺ならチョロいと思ったのかもしれないけど、隠しきれてないよ」
「隠してなどいませんよ」
ジルがまだ演技を続けるので、思わずクックックと笑いが溢れる。
「君はまあまあ筋がいいけどさ、彼が下手くそだからバレバレなんだよ。あれだけ睨んできていたくせに、今はこちらを見ていないなんておかしくて笑えるよ」
もちろん嘘だよ。
俺はあのゲームのこいつを知ってて、いくらいいやつに見えても中身がゲス野郎だってことを知っているからね。
ジルがぎゅっと顔を歪ませた。
「……くっ、記憶を無くす前の方がチョロかったのに」
「あのさ、寄親の家の令息に対してチョロかったはないでしょ?」
俺は首をかしげた。
「それともアレかな、もうラグズリーフェルト家のことを下に見てるのかな? まあ、でもそうか、あのろくでなし親子に取り入っているように見せて潰す気なんだもんね」
「いえ、そのようなことは……」
「だから無駄だって、ノルゥの家のルオディアン男爵領に盗賊に扮した騎士を入れていたことも知ってるよ」
「なっ?!」
「ノルゥはかわいいもんね、だからっておもちゃじゃないんだから欲しいってねだるのはちょっとアレなんじゃない?」
俺がニヤニヤと笑ってノルゥの方に視線を移すとジルが、「お前だって!」と声を荒げた。
こいつらかぁ、まあそうじゃないかと思ってカマかけたけどやっぱりゲスはゲスだね。
ノルゥが冷ややかな目でジルを見て、「気持ち悪い」とつぶやく。
「調子に乗るなよ、ギリス!」
「おおぉ、こわっ。王女殿下がこんなやつらに肩入れするから、寄親も寄子もあったものではなくなったね」
俺が離れたところからこちらを見ている王女殿下にニコリと笑うと、王女殿下がうつむいた。
「ギリス!」
「どうしたの、ハルト」
「そんな言い方しなくても……」
「まあ、そうだね。王女殿下も君たちもこいつらに騙されていただけだもんね。ごめん」
「いや……わかってくれるならいいけど」
「でも、友達は選んだ方がいいと思うよ、カインもこいつも君と仲良くするのは、王女殿下やアリアンナ公爵令嬢が目当てだから」
俺が言うとハルトが、「えっ」と声を漏らした。
「違う! ハルト、こんなやつの言葉に耳を傾けるな!」
「なにを驚いているの? 欲しい女の子の家の領地に盗賊に扮した騎士を入れるようなやつらなんだよ」
「違う! こいつが勝手なことを言ってるだけだ!」
「二人が誘拐とかされないか心配だよ」
俺がかわいく首をかしげるとハルトが、「そんな」と目を見開いてジルを見た。
「誘拐などするものか、相手は王女殿下と公爵令嬢なんだぞ!」
「だって、この前の決闘だってなかなか止めなかったじゃないか」
「それは……そうだけど……」
「決闘は……」
「本当の友達なら、君が死ぬかもしれないのに止めないなんてありえないと思わない?」
「「……」」
うんうん、ハルトもどこかでおかしいと思っていただろうからカインたちに対しての疑惑は深まっていくよね。
本当に僕のことを友達だと思ってくれているのか、本当は僕のことを利用しようとしているだけなんじゃないか、そして、ギリスの言う通り僕のヒロインたちを狙っているんじゃないかってね。




